西岡剛が31日から日本ハムに合流、新庄監督が明かす 内野守備走塁コーチ内定と現在までの経歴

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日本ハムの新庄剛志監督(54)が10月30日、エスコンフィールドHOKKAIDOで始まった秋季キャンプの初日に、前ロッテ1軍チーフ打撃コーチ兼走塁コーチの西岡剛(42)が2日目の10月31日から合流して指導にあたると明かした。報道によると、来季の1軍内野守備走塁コーチに内定している。球団の正式発表は10月31日朝の時点で出ていない。
秋季キャンプ初日、新庄監督が取材で明かした新コーチ
日本ハムの秋季キャンプは10月30日、本拠地のエスコンフィールドHOKKAIDOと沖縄県名護市の2か所で始まった。エスコンフィールドでの日程は11月8日までで、11月4日は休日になっている。
初日の練習後、取材に応じた新庄監督が西岡の名前を出した。ロッテを今季限りで退団したばかりの42歳が、キャンプ2日目から選手の指導に加わる。報道では来季の役職を内野守備走塁コーチと伝えており、試合では一塁ベースコーチを任せる構想もあるという。新庄監督は一塁に置く理由を、一、三塁の場面を作ってもらうためだと説明した。
日本ハムは10月16日、クライマックスシリーズ(CS)のファイナルステージでソフトバンクに敗れ、2026年のシーズンを終えた。NPBの公式記録によると、今季のチーム失策は88。パ・リーグの6球団で最も多かった。守備と走塁を立て直す役目が、ロッテで二遊間を守った西岡に回ってくる。
「人の気持ちも分かる」、新庄監督が挙げた理由
新庄監督が最初に触れたのは、西岡の歩んできた道のりだった。ロッテでチームを引っ張りながら米国に挑戦し、けがでうまくいかずに帰国して、さらに独立リーグへ移った。そうした経歴には学ぶものがすごくあったはずだという趣旨を語り、「人の気持ちも分かる」と続けた。
阪神時代の大けがにも話は及んだ。右翼手とぶつかったあの経験について、新庄監督は「彼しかできていない」と述べ、けがをした選手の気持ちや、そこからの立ち直り方を伝えられる点を評価している。自分はけがをするタイプではなかったので分からない部分がある、とも打ち明けた。
もう一つの柱が走塁だ。
新庄監督は、状況ごとにどう動けば先の塁へ進めるかを常に準備していた選手として西岡を紹介した。頭で分かっていても、その場面で実際にスタートを切る勇気が西岡にはあったという。思い切った走塁でアウトになっても自分は責めないとしたうえで、そうした姿勢を選手に伝えてほしいと期待を込めた。
2023年の対談で語っていた「コーチ案」
2人のつながりは今回が初めてではない。新庄監督は日本ハムの監督に就いた後、西岡のYouTubeチャンネルの企画で対談しており、2023年4月に公開された動画では、西岡にコーチとして来てもらう案があったと明かしていた。当時の西岡は独立リーグの北九州下関フェニックスで選手兼監督を務めていたため、話は「様子見」になったという。
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10月17日には、日本ハムが西岡を内野守備走塁コーチとして招く方向だと報じられた。同じ報道では、稲葉篤紀ファーム監督が1軍の打撃コーチへ回る人事も伝えられている。球団は10月28日に稲葉ファーム監督の1軍への配置転換を含むコーチングスタッフの変更を発表し、各役職の詳細と全コーチングスタッフは後日知らせるとした。この発表では、今季まで1軍内野守備走塁コーチを務めた谷内亮太がファームへ回ることも決まっている。10月30日には、宮西尚生投手の選手兼任コーチ就任も発表している。西岡の入閣はまだ発表の対象に入っていない。
大阪桐蔭高等学校からロッテ、大リーグ、阪神、独立リーグへ
西岡は1984年7月27日生まれの42歳。大阪桐蔭高等学校から2002年のドラフト1巡目でロッテに入団した。プロ3年目の2005年に41盗塁で盗塁王となり、翌2006年も33盗塁で2年連続のタイトルを手にする。2005年はチームの日本一に加わり、2006年の第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では優勝した日本代表の一員となり、2008年の北京五輪にも日本代表として出場した。
キャリアの頂点は2010年に訪れる。全144試合に出場して打率.346、206安打を記録し、首位打者と最多安打の2冠に輝いた。この年もロッテは日本一となり、西岡はそのオフにポスティングシステムでミネソタ・ツインズへ移った。
大リーグでは2シーズンで71試合の出場にとどまり、2013年に阪神へ入団して日本球界に戻る。1年目は122試合で打率.290を残したが、その後はけがに苦しんだ。2014年3月30日の巨人戦(東京ドーム)では、二塁の守備で飛球を追った際に右翼手の福留孝介と交錯して長期離脱し、2016年7月20日の巨人戦(甲子園)では左アキレス腱を断裂している。2018年限りで阪神を離れた。
| 年 | 所属・立場 |
|---|---|
| 2003〜2010年 | ロッテ(選手) |
| 2011〜2012年 | ミネソタ・ |
| 2013〜2018年 | 阪神(選手) |
| 2019〜2021年 | BCリーグ・ |
| 2022〜2024年 | 九州アジアリーグ・ |
| 2026年 | ロッテ(1軍チーフ打撃コーチ兼走塁コーチ) |
NPBでの通算成績は1125試合で1191安打、打率.288、196盗塁。阪神を離れた後は2019年からBCリーグの栃木ゴールデンブレーブスでプレーを続け、2021年11月には九州アジアリーグに加わる福岡北九州フェニックスの初代監督に選手兼任で就いた。
16年ぶりの古巣ロッテを1年で離れ、次の舞台へ
指導者としての本格的なスタートは2026年だった。ロッテは2025年11月3日、サブロー監督のもとでの2026年のコーチングスタッフを発表し、西岡は背番号77の1軍チーフ打撃コーチ兼走塁コーチとして16年ぶりに古巣へ戻った。今季のロッテはパ・リーグ5位。それでもNPBの公式記録で、チーム本塁打は前年の73本から131本へ増え、得点も441から492へ伸びた。若手の西川史礁は最多安打のタイトルを手にしている。
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ロッテは10月11日、西岡から退団の申し入れがあり、話し合いのうえ受理したと発表した。球団を通じたコメントで西岡は、人生のテーマを経験値を上げ続けることだと説明し、「西岡剛は、もう一度、経験値を上げる旅に出ます」とつづっている。それから3週間足らずで、新しいユニホームが決まる見通しとなった。
新庄監督は秋季キャンプが始まる2日前の10月28日にも、エスコンフィールドの秋季練習に予告なしで現れ、自ら持ち込んだバットを選手に試させていた。2027年は監督6年目。最下位から3年続けてAクラスに入ったチームは、まだリーグ優勝に届いていない。
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選手としても指導者としても、環境を変えながら野球を続けてきた42歳が、今度は北海道で内野の守備と走塁を受け持つ。合流はキャンプ2日目の10月31日に予定されている。
[文/構成 by スポーツ担当ライター 高瀬翔吾]













































































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