笠岡で婦人服・洋服を探すなら|レディースファッション不二屋「気に入らないものは絶対に入れない」店主に聞いた仕入れと売り場の40年

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取材・インタビュー・文:MEDIA DOGS編集部
岡山県笠岡市、JR笠岡駅から歩いて5分ほどのところに、1958年(昭和33年)創業の婦人服店「レディースファッション 不二屋」があります。オーナー店主の小田能里子さんは、約40年にわたって、仕入れから売り場づくりまでを自分の手で続けてきました。気に入らない洋服は仕入れず、ウィンドウのコーディネートには時間をかけ、常連のお客様とは30年ほどの付き合いを重ねています。
笠岡で服屋を探している方にも、長く続く店の理由を知りたい方にも届くように、能里子さんにお話を伺いました。

レディースファッション 不二屋 オーナー店主 小田 能里子 さん
笠岡駅から徒歩5分。ウィンドウから始まる婦人服店
不二屋の売り場づくりで、能里子さんが時間をかけているのがウィンドウです。
—— 売り場や商品の見せ方で、大切にしていることは何ですか?


—— いいものを仕入れても、見せ方で失敗すると、その服の力が出ないということですね。
能里子さん:そうです。同じようにいい服を置いていても、見せ方が良くないと、「高いけど欲しくないな」と思ってしまいます。服が死んでしまうんです。
—— 改装でドアを付けたのは、なぜですか?
能里子さん:以前はドアがなくて、冬は寒かったんです。本当は、ドアを付けるとお客様が入りにくくなるので、すごく抵抗がありました。でも今は、夏は涼しく、冬は暖かく、気持ちよくお買い物していただくことが大事ですから、付けないわけにはいかないと思って、ドアを付けました。
扱っているのは、婦人服を中心に、靴、バッグ、小物までです。公式サイトには「たった一人のためのセレクトショップ」という言葉を掲げています。

「自分が気に入らない洋服は、絶対に仕入れない」
—— 商品を選ぶときの基準や、「これだけは譲れない」というものはありますか?
能里子さん:譲れないというか、自分が気に入らないものは絶対に仕入れないですね。自分の感覚でしかないのですが、これは嫌だなと思ったら仕入れません。逆に、高くても自分が気に入ったら、売れないかもしれないけど、仕入れます。

—— その感覚は、どうやって養われたのでしょうか。昔からいいものを見てきた、というような原体験はありますか?
能里子さん:小さいときから、どっちがいいと聞かれたら、やっぱりいいもののほうがいいなという感覚はずっとありました。質がいいものを必ず選ぶようにしていましたし、美術館にもよく行っていました。なんでもいいものを見るようにしていましたね。
—— 生活の中で質のいいものに触れ続けてきて、その基準がそのまま服を選ぶ目になった、ということですね。
能里子さん:そうだと思います。やっぱり感性がないと、この仕事はできないと思います。
義父が亡くなり、店を継いだ。在庫は500円と1000円で売り切った
不二屋は、能里子さんの夫の両親が営んでいた店です。
—— お店を継いだきっかけを教えてください。
能里子さん:義父が亡くなって、義母が病気だったからです。それで私が継ぐことになりました。
—— 継いだ当時、お店はどんな状態でしたか?
能里子さん:義父母はもう高齢で、店は生活していけるかどうか、ぎりぎりの状態でした。私が継いでからは、自分のやり方でやってみたいと思っていたので、それまでの在庫は500円とか1000円で全部売りました。それから、自分の好みのものを仕入れました。
—— もともとの品ぞろえは、ご自身の好みとは違ったのですか?
能里子さん:違いました。義父母は60代で、私はまだ30代か40代でした。趣味が違うのは当然です。だから少し若いものを仕入れるようにして、義父母が取引していた問屋さんの中で、いちばん高いラインのところを選んで、そこをメインにしました。そこの商品はすごく良かったですね。問屋さんですから、いろんなメーカーの一流のいいものが入っていたんです。
仕入れ先を変えていった経緯も、続けて話してくれました。
能里子さん:最初は問屋さんから仕入れていましたが、それでは満足がいかなかったので、自分でメーカーと直接取引するようになりました。義父母の代に扱っていた下着などの小物はもう全部やめて、お洋服をメインにして、バッグや靴をサブで入れながら、トータルでおしゃれに見せるようにしました。

「ここに来たら、絶対に欲しいものがある」——30年来の常連と
—— どんなお客様が多いですか?
能里子さん:おしゃれな人が多いですね。
—— 接客で心がけていることは何ですか?
能里子さん:お客様に、帰るときに楽しく、気持ちよく帰っていただくことです。
—— お客様に言われて、いちばん嬉しかった言葉は何ですか?
能里子さん:「ここに来たら、絶対に自分の欲しいものがある」という言葉です。自分が選んだものが認められたということですから、嬉しいですね。
—— 長く通ってくださる常連のお客様とは、いい関係ができていますね。
能里子さん:うちはもう、全部長いんです。長い常連のお客様だと、もう30年ぐらいの付き合いになります。だから私も同じように年を取っていますし、お客様も同じように年を取っています。
お客様からの要望への向き合い方も、続けて話してくれました。
能里子さん:「こんなのが欲しい」「こうしてほしい」と言われたら、「ちょっとメーカーさんに聞いてみますね」と、できる限りお応えするようにしています。お客様に喜んでいただけるのが、いちばんですから。
10万円のコートが売れた時代から、はがきと電話の時代へ
—— お店を継いだばかりの頃は、きつかったですか?
能里子さん:最初は全然、苦しくなかったですよ。自分が仕入れて飾ったら、どんどん売れていましたから。売れないときには、苦しいという感じは確かにありました。そういうときは、お客様に自分から積極的に働きかけました。はがきを出したり、電話をかけたり、していましたね。
—— それで乗り越えてきたんですね。
能里子さん:そうです。たくさん仕入れて支払いが大変だなと思っても、「売ればいいんだ」と考えて、どんどん積極的に行く、という感じでした。
—— 昔と比べて、変わったことはありますか?
能里子さん:街自体も変わっていますが、高いものが売れなくなった気がします。バブルの頃は、コートが10万円でも売れていましたし、30万円のカシミヤも売れました。今は、そういうものは絶対に売れません。
私が継いだのは、まだ時代が良かった頃だったので、余計に売れたんだと思います。でも、何店舗も広げて大きくしたわけではないので、特別なことをしたとは思っていません。目標なども、あまり決めていませんでした。
続けてこられたのは「話すのが楽しかったから」
—— それでも約40年、続けてこられた理由は何でしょうか?
能里子さん:この仕事が好きだというのもありますし、結局は、お客様と話すのが楽しかったんです。

お客様と話す時間こそが、約40年にわたって店を続ける理由になっていました。
これから——「お客様に感謝して閉める」
—— 今後、お店はどこに向かうのでしょうか?
能里子さん:お客様に感謝して閉める、というところでしょうか。閉め方は、いろいろ考えているんです。変なことにならないように、本当にお客様に感謝しながら閉めたいと思っています。
店の閉じ方を考えている、と能里子さんは言います。けれど店は今も、能里子さんが自分の目で選んだ洋服を並べて、お客様を迎えています。40年かけて磨かれた目利きは、店に足を運んだ人だけが手に取れるものです。笠岡で婦人服や洋服を探すなら、一度、不二屋のドアを開けてみてください。「ここに来たら、絶対に欲しいものがある」という言葉の意味は、店に入ればわかります。

編集後記<MEDIA DOGS 編集部>
取材の間、能里子さんの話は、何度もお客様のことに戻っていきました。仕入れの基準を聞いても、売り場の話を聞いても、最後に出てくるのは、気持ちよく帰っていただけるか、欲しいものがあると思っていただけるか、という言葉です。
30年来のお客様と同じように年を重ねてきた、という一言に、この店が続いてきた理由が詰まっているように感じました。
自分の目で選び、自分の手で並べ、お客様と話す。その積み重ねが、笠岡の街で60年以上続く店をつくってきたのだと思います。
取材日:2026年8月
取材・インタビュー・文:MEDIA DOGS編集部



































































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