岩倉高等学校野球部、38年ぶりの秋季東京大会決勝進出 小林辰生が149球の完投勝利

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日大二を3対1で下し、1988年以来の決勝へ
秋季東京都高校野球大会の準決勝が11月1日、スリーボンドスタジアム八王子であり、岩倉高等学校が日本大学第二高等学校を3対1で破った。2年生左腕の小林辰生が149球、6安打1失点で完投。岩倉の秋の決勝進出は準優勝した1988年以来38年ぶりで、11月5日の決勝では今夏に敗れた二松学舎大学附属高等学校と戦う。
令和8年度秋季東京都高等学校野球大会の準決勝は、11月1日の12時30分にスリーボンドスタジアム八王子で始まった。岩倉は3対1で日大二に勝ち、1988年以来38年ぶりとなる秋の決勝へ駒を進めた。
| チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 日大二 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 |
| 岩倉(勝利) | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | × | 3 |
試合が動いたのは4回だった。二死一、二塁の好機に、1番の1年生・庄司トーマスが中堅へ適時二塁打を放って先制。5回は相手の失策をきっかけに、5番・指名打者の笹木大雅が適時内野安打で2点目を加えた。
日大二も好機は作った。5回は7番・早﨑隆士と8番・藤宮基世の連続安打、6回は2つの四球で走者をためたが、岩倉の外野手・矢澤徹平の好守もあって得点できなかった。7回に二死三塁から1番・大岡勇仁が左中間へ三塁打を放ち、1点差に迫る。
一打同点の場面は続いた。それでも小林は二死一、三塁から空振り三振を奪って切り抜け、8回に1点を加えた打線が再び2点差に広げた。小林は8回と9回をいずれも三者凡退に抑え、最後の打者を三塁へのフライに打ち取って試合を締めた。
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149球の中身、苦しんだ中盤と立て直した終盤
149球の多くは中盤に費やされた。5回に24球、6回に28球、7回に26球を投げ、この3イニングだけで78球に達した。走者を背負い続けた時間帯をしのいだうえで、8回と9回は三者凡退。豊田浩之監督は試合後、この終盤の投球を「本来の小林なんです」と評している。
前の試合からの立て直しもあった。小林は10月25日の準々決勝・聖パウロ学園戦で6回1/3を投げ、9奪三振無失点で8対0の7回コールド勝ちに貢献した。豊田監督は準決勝の小林について「先週はあまりよくなかったので、しっかり調整して、球質は戻ってきたかなと思います」と話している。
この日の小林は130キロ台の直球が主体だった。新チームが始まってから、投球フォームをインステップに改めている。試合後の取材には、7回のピンチを「強気でいけば抑えられる」と考えていたと明かし、自身の投球を「気持ちで強気にいけた」と表現した。
2回戦から準決勝まで4試合で546球、勝ち上がりの道のり
岩倉は9月の一次予選を勝ち抜き、本大会では10月4日の1回戦で杉並を8対1で破ったあと、2回戦から準決勝までの4試合を勝ち上がった。
| 回戦(日付) | 相手 | スコア | 小林の球数 |
|---|---|---|---|
| 2回戦(10月11日) | 創価 | 4対1で勝利 | 130球 |
| 3回戦(10月17日) | 明大八王子 | 3対1で勝利 | 154球(完投) |
| 準々決勝(10月25日) | 聖パウロ学園 | 8対0で勝利 | 113球 |
| 準決勝(11月1日) | 日大二 | 3対1で勝利 | 149球(完投) |
2回戦の創価は今夏の西東京大会で準優勝したチームで、3回戦の明大八王子戦は1回に本塁打で先制を許しながら、2回に追いつき、3回の犠牲フライで勝ち越した。2回戦から準決勝までの4試合の球数を足すと546球。準決勝の日大二も2回戦で前年秋準優勝の関東第一を6対2で破って勝ち上がっており、敗れた日大二は66年ぶりの決勝進出を逃した。齊藤寛文監督は「こういう試合展開にしたいという形にはできたのですけど、あと1本が出なかった。そこの悔しさはあります」と話した。
センバツ初出場初優勝の古豪、秋の決勝は38年ぶり
岩倉高等学校は東京都台東区にある私立高校で、野球部は1984年の第56回選抜高等学校野球大会で春夏通じて初めて甲子園に出場し、決勝でPL学園を1対0で破って初出場初優勝を果たした。相手は2年生の桑田真澄、清原和博を擁する強打のチームで、エースの山口重幸がその打線を完封した。その出場につながったのが、1983年秋の東京都大会での優勝だった。
秋の東京で最後に決勝へ進んだのは1988年で、このときは準優勝に終わった。それから38年、秋の決勝からは遠ざかっていた。
流れが変わったのは最近のことだ。2023年夏の東東京大会で4強、2025年夏は決勝まで進み、関東第一に1対7で敗れて準優勝。1997年以来28年ぶりの夏の甲子園にはあと1勝届かなかった。今秋は10月25日の準々決勝で38年ぶりの4強入りを決め、11月1日の勝利で決勝の舞台にたどり着いた。
小林個人にも、晴らしたい思いがある。今夏の東東京大会5回戦で岩倉は二松学舎大付に3対10の8回コールドで敗れ、小林はこの試合に2番手で登板して2回1/3を5安打2失点だった。試合後には、夏の敗戦はチームとしても自分としても悔しかったと振り返り、自らを「負けず嫌い」と話している。
決勝の相手は二松学舎大付、今夏の5回戦と同じ顔合わせ
同じ11月1日のもう一つの準決勝では、二松学舎大付が東海大菅生に2対1で逆転サヨナラ勝ちした。0対0のまま延長10回のタイブレークに入り、10回表に1点を奪われたものの、その裏に2者連続の適時打で2点を挙げた。先発の2年生左腕・川島連十が10回を4安打1失点、9奪三振で完投し、二松学舎大付は優勝した2024年以来2年ぶりの決勝進出を決めた。
関連記事:川島連十、延長10回完投で二松学舎大学附属高等学校を決勝へ 父・慶三がスタンドで観戦
二松学舎大付は3回戦で前年秋の優勝校・帝京に2対1で競り勝ち、準々決勝では日大鶴ケ丘を6対2で破った。川島はこの準々決勝でも9回2失点で完投していた。
決勝は11月5日に神宮球場で行われる。夏の5回戦と同じ顔合わせで、岩倉にとっては雪辱を期す一戦となる。
小林は相手エースの川島について「ナンバーワン左腕」と評されていることを挙げ、負けていられないと対抗心を口にした。決勝に向けては「先を見ずに一人ひとり全力で投げていきたい」と意気込む。豊田監督は二松学舎大付を「相当力があると思います」と警戒しつつ、夏からの小林の成長を認め、「何とか食らいついていきたいです」と語った。
優勝校は明治神宮大会へ、センバツへの道も開ける
秋季東京大会の優勝校は東京地区代表として、11月19日に開幕する第57回明治神宮野球大会の高校の部に出場する。東京地区代表は初戦で、四国大会を制した明徳義塾(高知)と11月20日の第1試合で対戦する組み合わせが決まっている。
秋の地区大会は翌春の選抜高等学校野球大会の選考資料になる。決勝は勝てばセンバツ出場が確実になるとみられる一戦と報じられており、岩倉が勝てば秋の都大会は1983年以来43年ぶり2度目の優勝で、甲子園の春は1984年以来43年ぶりの出場が見えてくる。
二松学舎大付が勝てば、2年ぶりの秋の頂点となる。11月1日に149球を投げた小林は、中3日で決勝を迎える。
[文/構成 by スポーツ担当ライター TAKU]








































































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