東口順昭、J1通算400試合に王手 前日に同級生・西川周作がJ1最多タイ672試合

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ガンバ大阪のGK東口順昭(40)が11月1日、敵地でのFC町田ゼルビア戦に今季のJ1で初めて先発し、J1通算399試合目の出場を無失点で終えた。試合は0-0の引き分け。前日の10月31日には、同じ1986年度生まれの浦和レッズGK西川周作が遠藤保仁と並ぶJ1最多タイの672試合に到達している。東口は次にJ1のピッチに立てば、400試合の大台に届く。
町田の攻撃を90分封じ、1212日ぶりの完封
試合は明治安田J1リーグ第13節で、東京都町田市の町田GIONスタジアムで16時にキックオフした。入場者数は1万44人。前節まで首位にいた町田に対し、G大阪はアウェーで勝ち点1を持ち帰った。
東口に出番が回ってきたのは、正GKの一森純が10月24日の京都サンガF.C.戦で退場となり、出場停止になったためだ。東口はその京都戦で途中からゴールを守り、33分間プレーしている。GK荒木琉偉も、10月9日の鹿島アントラーズ戦で左肘(尺骨肘頭)を骨折して離脱していた。町田戦の先発は1週間前に告げられていた。本人によれば緊張は大きかったが、1つのプレーですっと消えたという。
見せ場は前半アディショナルタイムと後半34分に来た。どちらも町田の日本代表FW小川航基が至近距離から放ったヘディングシュートで、東口はとっさに反応して防いだ。小川のほか西村拓真、ミッチェル・デューク、望月ヘンリー海輝ら高さのある選手をシンプルに使う町田の攻撃に対しても、何度も前に出てボールを処理した。試合後は、枠内シュートを止めた場面よりもクロスへの対応に手応えがあったと話した。
リーグ戦で自身が出場した試合を無失点で終えたのは、2023年7月8日の京都戦以来。日数にして1212日ぶりとなった。ここでの「リーグ戦」は、2026年前半に行われた明治安田J1百年構想リーグを除いた数え方だ。本人は「そんなに長いとは思っていなかった」と驚いた様子で話している。G大阪にとってもリーグ戦9試合ぶりの無失点で、リーグ戦の無敗は4試合(1勝3分け)に伸びた。
一方の町田は、10月から続く公式戦の連続無失点を8試合に伸ばした。両チームとも得点はなく、守護神が主役の90分だった。
399試合の内訳と、百年構想リーグを含めない数え方
東口のJ1初出場は、アルビレックス新潟時代の2010年3月13日。新潟で4シーズンに84試合、2014年に移籍したG大阪で2025年までに313試合を重ね、2026/27シーズンの2試合を加えて399試合となる。
| 期間・所属 | J1出場 |
|---|---|
| 2010〜 | 84試合 |
| 2014〜 | 313試合 |
| 2026/27シーズン | 2試合 |
| 合計 | 399試合 |
| 参考:2026年 | 12試合 |
秋春制へ移る前の2026年前半に行われた明治安田J1百年構想リーグを、Jリーグ公式サイトの選手成績はJ1の各シーズンとは別の「2026特別」として記録している。東口はこの大会で12試合に出場したが、399試合にはこの12試合が入っていない。西川の672試合も同じ数え方で、百年構想リーグの20試合は含まれていない。
300試合に王手をかけたのは2020年9月、350試合に王手をかけたのは2021年11月で、いずれもJリーグが「達成間近の記録」として発表していた。当時はG大阪の正GKとして毎年30試合以上に出ていた時期だ。
だが、350試合から先は歩みが遅くなる。2022年は19試合、2023年は23試合。2024年はリーグ戦の出場がなく、2025年も1試合にとどまった。一森が正GKとして定着し、ベンチから試合を見る時間が増えていた。
「周ちゃんの記録は素晴らしい」同級生の背中
前日に記録を作った西川は、1986年6月18日生まれ。東口は1986年5月12日生まれで、学年は同じだ。2人は日本代表で長くGKの座を争ったライバルでもあった。2018年のワールドカップ・ロシア大会では東口が背番号12でメンバー入りし、2014年のブラジル大会には西川が名を連ねている。
西川は10月31日、敵地での柏レイソル戦にフル出場し、J1通算672試合目を記録した。遠藤保仁が持つJ1歴代最多出場に並んだが、試合は0-4で敗れている。
関連記事:西川周作、遠藤保仁のJ1最多672試合に並ぶ 次の神戸戦で記録更新がかかる40歳の歩み
町田戦の後、東口はその同級生について問われた。「周ちゃんの記録は素晴らしい」と話し、自分と比べれば記録は「天と地の差」だと謙遜している。西川や横浜F・マリノスのGK飯倉大樹とは普段から連絡を取り合っており、試合に出た日には「ナイスキーパー」とやり取りをする間柄だという。同級生のFC東京DF長友佑都の名前も挙げ、この年齢になってより応援する気持ちが強くなった、自分も頑張らなければという気持ちをもらえる、と話した。
出番の少なかった時期について、東口は「悔しい思いもした」と明かす。「割り切れない時期」もあったが、サッカーを楽しむ気持ちや、もっとうまくなりたいという気持ちで毎日を過ごすうちに、気持ちが楽になったという。年齢を受け入れながらも「チャンスが来たらいつでも動けるように」と練習から準備を続けてきた結果が、町田戦の先発につながった。
明神智和監督も、ベンチに入れない時期があっても練習から変わらない姿勢を見せてきた東口を、選手の手本だとたたえた。試合中は心配も不安も全くなく、心強かったと評価している。
大阪生まれ、G大阪ジュニアユース出身の守護神
東口は大阪府出身。FC OWLS INTER. HIRONOからガンバ大阪ジュニアユースに進み、洛南高等学校を経て大学へ進んだ。最初に進んだ福井工業大学はサッカー部が解散し、新潟経営大学へ移っている。2008年にアルビレックス新潟の特別指定選手となり、2009年に新潟でプロのキャリアを始めた。
2014年、ジュニアユース時代を過ごしたG大阪へ移籍する。加入1年目からリーグ戦34試合すべてに出場し、チームはJ1、ナビスコカップ、天皇杯の3冠を手にした。J1優秀選手賞には2014年、2015年、2018年、2020年、2022年の5度選ばれている。日本代表の国際Aマッチ出場は8試合だ。
けがと向き合ってきたキャリアでもある。2018年4月21日、セレッソ大阪との大阪ダービーで味方と激しくぶつかり、右頬骨と右眼窩底を骨折した。それでも5月12日、32歳の誕生日に行われた横浜F・マリノス戦で先発に戻り、その夏にはロシアのワールドカップへ向かった。
400試合目の舞台は大阪ダービーになるか
G大阪の次の公式戦は、11月4日19時にアウェーで行うAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)のリーグステージ第4節、浦項スティーラーズ戦だ。ACLEはJ1の通算出場数には数えない。
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次のJ1は11月8日(日)15時キックオフの第14節。ホームのパナソニック スタジアム 吹田にセレッソ大阪を迎える大阪ダービーとなる。東口がこの試合のメンバーに入り、ピッチに立てばJ1通算400試合目。8年前に顔面を骨折したのと同じ相手との一戦で大台がかかる。ただ、一森が出場停止を終えて戻れば、ゴールを誰に任せるかは明神監督の判断だ。
J1の順位表(11月1日の第13節終了時点)では、G大阪は2勝6分け5敗の勝ち点12で16位。セレッソ大阪は勝ち点14の12位につけ、ダービーは順位を入れ替える可能性のある一戦になる。
同じ11月8日には、西川の浦和も14時キックオフの第14節でヴィッセル神戸と敵地で対戦する。会場はMUFGスタジアム(国立競技場)。西川が出場すればJ1通算673試合となり、遠藤を抜いて単独の歴代最多になる。
1986年度生まれの2人のGKが、同じ日に別々の節目へ挑む可能性がある。東口は町田戦の後、この勝ち点1を次の勝ち点3につなげたいと話した。
[文/構成 by スポーツ担当ライター Mika]








































































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