ラッパー・Z.I.O-RAMAさん死去、43歳 家族が報告、お別れ会は調整中 UMB東京予選ベスト8やアルバム『SEAL』を残した歩み

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
東京都練馬区で育ったラッパーのZ.I.O-RAMAさんが2026年10月13日、43歳で亡くなった。家族が11月2日に本人のXで報告した。葬儀は近親者で済ませ、お別れ会を調整中だ。MCバトルに挑み、アルバム『SEAL』を残した歩みをたどる。
10月13日に43歳で死去、家族が本人のXで報告
アンダーグラウンドシーンを中心に音源のリリースとライブを重ねてきたラッパーのZ.I.O-RAMAさんが、2026年10月13日に亡くなった。43歳だった。家族は11月2日、本人のXアカウントに「皆様へ」と題した文書を載せ、本人に代わって知らせている。
【本人に代わり、家族よりお知らせ】
— 𝙕.𝙄.𝙊-𝙍𝘼𝙈𝘼 (@ziorama0902) November 2, 2026
突然のお知らせとなりますが、ご報告がございます。
詳細につきましては、添付画像をご覧いただけますと幸いです。 pic.twitter.com/BqBpf9t2ra
文書の日付は2026年11月2日で、名義は「Z.I.O-RAMA 家族一同」。あまりにも突然のことで家族も気持ちの整理がつかず、報告が遅れたと詫びている。発表文に死因の記載はない。
葬儀は10月31日に近親者で、お別れ会は日程と会場を調整中
葬儀は10月31日に近親者のみで営み、荼毘に付したという。
ファンや縁のあった人が別れを告げられる場として、家族はお別れ会を開きたいと考えている。日程と会場は調整中で、詳細は決まり次第知らせるとした。
家族は故人を、ヒップホップを心から愛した「不器用ながらも真っ直ぐな人」と紹介した。人柄を慕う人が多く、多くの人に支えられたとも記し、親しくしていた人や音楽活動で関わった人へ御礼を述べる。残した音楽や思い出が皆の中で生き続けることを願う言葉で、文書は結ばれた。
練馬で育ち、渋谷のサイファーでラップを始めるまで
2017年ごろまでの活動を記した本人のプロフィールによると、1983年9月生まれで、東京都練馬区で育った。ヒップホップとの出会いは中学時代で、同級生に聴かされたKRISS KROSSの「Jump」がきっかけだった。16歳でBUDDHA BRANDの「DON’T TEST DA MASTER」を聴くと、日本のヒップホップに引き込まれていく。
ラップより先に選んだのは、ヒップホップに関わる仕事だった。21歳ごろから、NIPPSがプロデュースするアパレルブランド「nutsANDbones」の取扱店duelで、ストアマネージャーのDJ BLACK SAUCERの下で3年以上経験を積んでいる。
転機は24歳ごろ。渋谷ハチ公前のサイファー(輪になって順番に即興でラップを回す集まり)でラッパーの環ROYのフリースタイルに感化され、ラップを始めたと本人は記した。
UMB東京予選ベスト8を2度、本人は「中途半端な戦績」と記す
本人のプロフィールには、MCバトル(ラッパー同士が即興のラップで競う対戦)の戦績も並ぶ。全国で予選を開く大会ULTIMATE MC BATTLE(UMB)では、2014年と2016年の東京予選でともにベスト8に入ったとある。
| 大会 | 結果 |
|---|---|
| UMB2014東京予選 | ベスト8 |
| UMB2016東京予選 | ベスト8 |
| 大粒fight | 優勝 |
| ZERO池袋bed | ベスト4 |
本人はこの並びを「中途半端な戦績」と書いた。ライブは年間70本ほどという記述もあり、バトルとステージの両方に立っていた時期の記録だ。2017年の項には、偶数月の第1日曜に開かれていたMCバトル「大粒FIGHT」で司会を担当していたともある。
18曲の『SEAL』と、約5年後の『ARTIFACT』
本人のプロフィールに並ぶ音源の記録は、2012年3月のmixtape「月詠」から始まる。ダウンロードは2500を超えたという。2013年には、盟友と呼ぶ甘葉とのダブルネームで12インチのアナログ盤を出し、8月に5曲入りのEP「SOMA」をiTunesで配信している。
1stアルバム『SEAL』は2014年1月22日、ikinokori productionから発売された。全18曲で、黄猿やKTSROら多くのMCが客演に加わる。2009年に、ラッパーの不可思議/wonderboy(2011年6月23日死去)と作った曲「NIHILISM」も収めた。
約5年後の2019年3月13日に出したのが、2枚目のアルバム『ARTIFACT』だった。全12曲のCDで、bugseedやForty Fourらがトラックを手がけ、長年の友人レイトらが客演している。販売店の紹介文では「練馬のナポレオン」「戦慄の酒呑童子」という異名が添えられた。他の作品への客演には、MC HOPELESSの「酩酊模索人」などがある。亡くなる約4か月前の2026年6月には、シングル「IRIS OHYAMA」も配信している。
本人のプロフィールと配信・販売の記録をもとに歩みを時系列で並べると、次のようになる。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1983年9月 | 誕生 |
| 21歳ごろ | アパレル店duelで働き始める |
| 24歳ごろ | 渋谷のサイファーを機にラップを始める |
| 2012年3月 | mixtape「月詠」 |
| 2013年8月 | EP「SOMA」を配信 |
| 2014年1月 | 1stアルバム『SEAL』を発売 |
| 2014年 | UMB東京予選ベスト8 |
| 2016年 | UMB東京予選ベスト8 |
| 2019年3月 | アルバム『ARTIFACT』を発売 |
| 2026年6月 | シングル「IRIS |
| 2026年10月13日 | 43歳で死去 |
亡くなる前月もライブを報告し、次の出演を告知していた
本人のXには、9月も音楽活動を伝える投稿が続いていた。9月13日の投稿では、前日のイベント「導火線」で、たまちゃんとのコンビでタッグライブに臨んだと報告し、あと1ポイントで優勝だったらしいと書いている。
9月27日には、その日に「ナイフレ!!! VOL.222」で18時ごろと21時ごろの2回、DJ SEGAとライブをすると告知していた。会場は東京・渋谷の宇田川町にあるR Loungeで、フライヤーではBIRTHDAY LIVEの枠に名前が載る。
24歳ごろにラップを始めてから、およそ19年。2枚のアルバムとMCバトルの記録が残った。お別れ会の日程と会場は、決まり次第、家族から知らされる。
[文/構成 by ライター 小川 そら]












































































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