若隆景、時津風一門の連合稽古で5戦全勝「様子を見ながら」 7月に左脚手術、九州場所の出場は5日めどに判断

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
7月に左太ももの緊急手術を受けた十両の若隆景(31)=荒汐=が11月2日、福岡県志免町の時津風部屋で行われた時津風一門の連合稽古に参加し、幕内の大栄翔らを相手に5番取って全勝した。他の部屋の関取衆と相撲を取るのは術後初めて。九州場所(11月8日初日・福岡国際センター)に出るかどうかは、師匠の荒汐親方(元幕内蒼国来)が5日をめどに決める。
術後初めて他の部屋の関取衆と5番、すべて白星
九州場所を6日後に控えた11月2日、時津風一門の力士が福岡県志免町の時津風部屋に集まった。連合稽古は、同じ一門に属する部屋の力士が一か所に集まって胸を合わせる合同の稽古だ。同じ11月2日には、二所ノ関一門が福岡市東区の佐渡ケ嶽部屋で連合稽古を開いた。
若隆景は幕内の大栄翔らと続けて5番を取り、5戦全勝だった。患部を気にしない出足で、下からの攻めが光る。力強い寄りや押しといった持ち味も出し、回復ぶりを示した。
荒汐親方によると、他の部屋の関取衆と相撲を取るのは手術後これが初めて。10月11日の時点では、部屋のぶつかり稽古で胸を出すところまでだった。そこから約3週間で、他の部屋の関取と向き合う稽古に進んだことになる。
若隆景は「様子を見ながら」と話すにとどめた。荒汐親方は九州場所の出場可否を5日をめどに決めるとし、「体の反応を見て判断する」と話した。
同じ日の稽古場では、大関霧島が大栄翔、若元春、時疾風と16番取って15勝1敗と圧倒した。霧島の相手には、若隆景の兄の若元春も入っていた。関脇藤ノ川は発熱のため欠席している。
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7月1日の異変から緊急手術、2場所連続の全休へ
暗転は突然だった。5月の夏場所で小結として2度目の優勝を果たし、関脇に戻って迎えるはずだった名古屋場所。その前、本格的な稽古を始めた7月1日に左太ももの異常を訴えた。
稽古を切り上げて安静にしても、痛みは引かない。普段は痛みを口にしない弟子が痛いと訴えたことで、荒汐親方は「相当ひどいと分かった」と振り返る。親方は救急車を呼んだ。診断は、筋肉を包む膜の内側で圧力が高まり、血流や神経が圧迫される「コンパートメント症候群」。日本相撲協会に出された診断書には「左大腿部外傷性コンパートメント症候群」と記されていた。
手術は一刻を争った。荒汐親方によると、最初の手術が1時間半から2時間遅れていれば、左脚を切断する可能性もあったという。若隆景は複数回の手術を受け、名古屋市内の病院から東京都内の病院へ移ったのち、7月24日に退院した。荒汐親方はこの日、現役を続けることに支障はないとし、「本人は再び土俵に立つという気持ちでいる」と述べている。
名古屋場所は初日から全休となった。協会に出された診断書には「2か月の加療安静を要する」とも付記されていた。
9月の秋場所は東前頭12枚目に番付を下げた。荒汐親方は初日前の9月10日、若隆景の出場について「出ない」と明言し、2場所連続の全休が決まった。秋場所の初日に協会が公表した診断書の内容は「左大腿コンパートメント症候群の術後、今後約2か月間の通院加療を要する見込み」。九州場所の番付は西十両5枚目で、幕内から十両への陥落となった。
本人が語った緊急手術とリハビリ
手術後、若隆景が初めて公の場に姿を見せたのは8月30日だった。都内で開かれた弟弟子・丹治の新十両昇進祝賀会で部屋を代表してあいさつに立ち、リハビリが順調に進んでいることを報告。「しっかり治して」、丹治を含む荒汐部屋の関取4人で頑張っていきたいと話した。
報道陣の取材に初めて応じたのは、2日後の9月1日。両国国技館で関取衆による力士会があった日だった。
当時の痛みを「激しい痛み」と表し、1分1秒を争うと医師から言われて手術をするしかない状況だったと振り返った。復帰できるかどうかという状況で手術を受け、復帰ができる方向で手術を終えられたとも話した。左脚には今も長い手術痕が残る。
この日は「日常生活に支障がないところまで来てる」とも話し、東京から名古屋へ駆けつけて付き添った妻や主治医、部屋の力士、後援会への感謝を口にした。
8月中旬に運動を再開し、9月2日には東京都中央区の荒汐部屋で四股やてっぽうに汗を流した。この時点で荒汐親方は「痛みには気をつけろと言っています。焦らないように」と、急がせない方針を示していた。
10月11日には部屋の朝稽古でぶつかり稽古に加わり、胸を出した。「徐々にリハビリも進んで、稽古場で出来ることも増えた」。九州場所については「徐々に段階を踏んで、親方と(病院の)先生に相談する。まだなんとも言えない」と話し、慎重な姿勢を崩さなかった。
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右膝の大けがから優勝まで戻った経験
若隆景が大けがから戻るのは、これが初めてではない。
2023年春場所で右膝の前十字じん帯を断裂し、手術とリハビリを経て、関脇から幕下まで番付を落とした。そこからはい上がり、2026年夏場所では本割を12勝3敗で終え、並んだ大関霧島との優勝決定戦で押し出して勝ち、2022年春場所以来、25場所ぶりの賜杯を抱いた。優勝経験者が幕下以下に落ちてから再び優勝したのは、照ノ富士以来2人目だった。
本人は10月の朝稽古の際、「前にもけがしたので、焦っても仕方がないという気持ちがある。とにかくやれることをやる」と語っている。
福島市出身。学法福島高等学校から東洋大学に進み、4年時には相撲部の副主将として全国学生選手権の団体優勝に貢献した。荒汐部屋に入り、2017年春場所で初土俵を踏んでいる。祖父は元小結若葉山、兄は若隆元と若元春という相撲一家の三男で、「大波3兄弟」の末弟として知られる。
兄の若元春は10月の全日本力士選士権で初優勝し、九州場所は東前頭7枚目に番付を上げた。長兄の若隆元は5月に現役を退き、若者頭になった。
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九州場所の出場判断は11月5日めど
九州場所は11月8日に福岡国際センターで初日を迎える。取組を決める編成会議を前に、荒汐親方は5日をめどに若隆景の出場可否を決める見通しだ。
連合稽古の5連勝で、他の部屋の関取と相撲を取れる段階まで戻ったことは示した。残る判断材料は、荒汐親方が言う「体の反応」になる。
仮に九州場所に出場すれば、7月の手術から約4か月での本場所復帰となる。
11月3日時点で、出場か休場かの結論は出ていない。夏場所の賜杯から半年足らず、土俵へ戻る時期を決める数日が続く。
[文/構成 by スポーツ担当ライター 疾風(HAYATE)]

















































































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