玉鷲、親善大使を務める福岡県朝倉市へ「少しでも恩返し」 昭和以降最高齢41歳11カ月で再入幕

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大相撲の玉鷲(41)=片男波=が10月27日、九州場所(11月8日初日)の会場となる福岡国際センターでの力士会に参加し、報道陣の取材に応じた。九州場所の新番付で東前頭15枚目に入り、41歳11カ月での再入幕は昭和以降で最も高い年齢となる。部屋が宿舎を置き、自身が親善大使を務める福岡県朝倉市の応援について語り、「少しでも恩返し」がしたいと話した。
41歳11カ月、3場所ぶりの幕内へ
日本相撲協会は10月26日、九州場所の新番付を発表した。玉鷲は5月の夏場所以来、3場所ぶりに幕内へ戻り、東前頭15枚目に名前が載った。協会の番付トピックスは、41歳11カ月での再入幕を「昭和以降1位の高齢昇進」としている。
再入幕は、十両以下に下がった力士がふたたび幕内に上がることを指す。これまでの昭和以降の最高齢は、2018年夏場所で再入幕した安美錦の39歳6カ月だった。玉鷲はこれを2歳5カ月上回り、40歳を超えての再入幕となった。九州場所中の11月16日には42歳の誕生日を迎える。初日から数えて9日目にあたる日だ。
翌27日の力士会で、玉鷲は再入幕について「すごくうれしい」と語った。そのうえで、また幕内からはね返されないように稽古を重ねたいと話している。
十両の2場所で取り戻した幕内の座
5月の夏場所は西前頭13枚目で2勝13敗と大きく負け越した。7月の名古屋場所は東十両7枚目に下がり、2013年以来13年ぶりの十両暮らしが始まる。幕内連続出場はこの時点で1152回で途切れた。
それでも7月16日の名古屋場所5日目には、史上9人目となる通算900勝に到達した。この場所を9勝6敗で勝ち越すと、東十両3枚目で迎えた9月の秋場所は初日から3連敗、5日目を終えて1勝4敗と出遅れた。ところが6日目から9連勝し、12日目に39歳の佐田の海を押し出して勝ち越しを決める。この白星が通算914勝目で、元関脇若の里(現・西岩親方)に並ぶ歴代7位となった。秋場所は千秋楽で嘉陽に敗れ、11勝4敗で並んだ3人による十両の優勝決定戦には加われなかったが、10勝5敗の2桁白星で再入幕を確実にした。
関連記事:玉鷲、41歳で十両勝ち越し 通算914勝で若の里に並ぶ歴代7位、「場所はまだ終わっていない」
十両の2場所でまとめた白星は19。秋場所を終えた時点の主な記録は次のとおりだ。
| 記録 | 数字(10月26日の番付発表時点) | 歴代順位 |
|---|---|---|
| 初土俵からの連続出場 | 1823回 | 単独1位 |
| 幕内出場 | 1497回 | 1位 |
| 幕内在位 | 101場所目 | 3位 |
| 幕内勝利 | 714勝 | 7位 |
幕内勝利は九州場所で4勝すれば、6位の琴奨菊の718勝に並ぶ。幕内出場も1500回の節目まであと3回に迫る。玉鷲は「変わることなく自分の相撲を取ることが大事。まだまだ強くなりたい」と話している。
朝倉市と玉鷲を結ぶ16年の縁
朝倉市とのつながりは、片男波部屋が2010年から九州場所の宿舎を市内に構えたことから始まった。宿舎は三奈木地区にある、廃校となった朝倉農業高校の校舎だ。地元の自治会組織「三奈木地区コミュニティ協議会」が市から無償で借り受けている。片男波部屋は九州場所の新番付の発表にあわせ、公式サイトで朝倉の人たちと三奈木コミュニティへの感謝をつづった。
転機は2017年7月の九州北部豪雨だった。朝倉市は大きな被害を受け、玉鷲は同じ年の九州場所前に小学校や避難施設などを慰問した。仮設住宅も訪れ、被災者を励ましている。行く先々で勝ち越しを約束し、その場所は11勝。「約束を守れてよかった」と語った。12月には朝倉市の慰問で、白鵬の横綱土俵入りの太刀持ちを務めた。
被災者を元気づけに行ったはずが、逆にみんなの強い心から元気をもらった。玉鷲は当時をそう語っている。
2019年1月の初場所では関脇で初優勝を果たした。34歳2カ月での初優勝だった。その優勝を受けて、朝倉市は同年2月19日、市内で開かれた優勝祝賀会で玉鷲を「朝倉市親善大使」に任命した。市長から委嘱状を受け取った玉鷲は、「朝倉市親善大使」の肩書が入った大きな名刺を周囲に見せている。
地元の応援も形になった。2019年の九州場所では、宿舎から5キロほどの明元寺が、玉鷲が白星を挙げるたびに鐘を突く「勝利の鐘」を始めた。玉鷲は場所中と場所後の2度、自ら寺を訪れて鐘を突いたという。翌2020年の九州場所は新型コロナウイルスの影響で東京開催となり、2021年も鐘は見送られたが、住職は周りの人たちも鐘を突いてほしいと言っていると話していた。
2022年秋場所は前頭3枚目で13勝2敗とし、2度目の優勝を果たす。37歳10カ月での優勝は、2012年夏場所の旭天鵬の37歳8カ月を上回る昭和以降の最年長記録だった。同年10月には朝倉市で優勝祝賀会が開かれ、コロナ禍で交流の機会が減っていたこともあって、玉鷲は大勢の人に迎えられて涙がこぼれたと明かしている。
玉鷲は朝倉の人たちを、自分の息子のように声をかけてくれる存在だと話す。協議会は九州場所中に誕生日を迎える玉鷲のため、毎年ケーキを用意して祝ってきた。
2021年の九州場所では、好調の理由を問われて「朝倉です」と即答した。2025年の九州場所の時期には、朝倉市の話題をもっと出したいから白星を重ねたい、皆さんに良い報告がしたいと話している。協議会の別府常幸会長は、玉鷲の活躍が地域の活力になっていると語った。
「応援の力がすごい」朝倉への思い
力士会の取材で、玉鷲は朝倉の人たちが幕内に戻ったことを大変喜んでくれていると明かした。「応援の力がすごい」と九州場所への思いを語り、その応援に応えられるように「少しでも恩返し」がしたいと続けた。
朝倉市の親善大使に任命されてから7年余り。十両に下がった名古屋場所と秋場所を経て、九州場所はふたたび幕内力士として迎える。幕内の番付で九州場所に臨むのは、2025年以来1年ぶりとなる。
玉鷲はモンゴル・ウランバートル出身。2004年初場所で初土俵を踏み、相撲を始めたのは20歳だった。2008年九月場所で新入幕、最高位は関脇。2026年1月には「大相撲最多連続出場」でギネス世界記録の認定証を受け取った。
第二の故郷の近くで迎える九州場所
九州場所は11月8日に福岡国際センターで初日を迎える。玉鷲にとっては、2017年の九州場所前に勝ち越しを約束した朝倉市から声援が届く場所だ。
通算勝利は秋場所を終えて916勝となり、若の里の914勝を抜いた。九州場所で11勝すれば、歴代6位でモンゴル出身の先輩にあたる旭天鵬の927勝に並ぶ。九州場所は11月22日が千秋楽で、15日間を取り切れば初土俵からの連続出場は1838回に伸びる。玉鷲は朝倉市を「第二の故郷」と呼ぶ。その町の親善大使が、場所中に42歳の誕生日を迎えながら幕内の土俵に戻る。
[文/構成 by スポーツ担当ライター 疾風(HAYATE)]












































































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