大奄美、福岡市で断髪式「感慨深い」 今後は福岡県で飲食店開業目指す

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1月の大相撲初場所限りで現役を引退した元幕内・大奄美の坂元元規(33)が10月31日、福岡市内のホテルで断髪式を開いた。約200人がはさみを入れ、最後は師匠の追手風親方(元幕内・大翔山)が止めばさみで大銀杏を落とした。坂元は今後、福岡県で飲食店の開業を目指す。
福岡市のホテルで約200人がはさみ 止めばさみは師匠の追手風親方
断髪式は、引退した力士が関係者や後援者に順にはさみを入れてもらい、最後に師匠が髷を切り落とす儀式だ。大奄美の断髪式は10月31日、坂元が現在の生活拠点にしている福岡市内のホテルで開かれた。元関取の断髪式は東京・両国国技館で行われることが多いが、坂元は「故郷の奄美の人も来やすいので」と説明し、国技館ではなく福岡市を選んだ。奄美大島で応援してきた人たちが参加しやすいことが、会場選びの理由だった。
報道によると、はさみを入れたのは約200人。その中には、日本大学相撲部の後輩で、11月場所(九州場所)で新小結に昇進した美ノ海(木瀬部屋)の姿もあった。美ノ海は沖縄県出身で、日本相撲協会が10月26日に発表した九州場所の番付で東の小結に就いた。沖縄県出身力士の三役昇進は初めてとなる。9月の秋場所では西前頭3枚目で10勝5敗を挙げて敢闘賞を受け、33歳5カ月での新三役は戦後4番目の年長記録だった。福岡国際センターで11月8日に初日を迎える九州場所を前に、大学の先輩の門出に立ち会った。
最後に大銀杏へはさみを入れたのは、入門から指導を受けてきた師匠の追手風親方だった。その止めばさみで、2016年初場所の初土俵から約10年続いた土俵人生に区切りがついた。
式を終えた坂元は、心境を「いろいろとこみ上げてきた。終わりだなと感慨深いものがあった」と語った。また、「うれしかったし、頭は軽くなった印象です。同期生や関取衆に来ていただいて感慨深いものがありました。涙は我慢しました」とも話している。
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初場所中の1月16日に引退 膝を痛めて決断
引退が発表されたのは2026年1月16日、初場所6日目だった。日本相撲協会がこの日、西幕下17枚目の大奄美が引退届を提出し、受理されたと発表した。初場所は初日から休場しており、最後の土俵は2025年11月場所(九州場所)となった。
晩年は苦しい場所が続いた。2025年1月場所で6場所連続の負け越しとなり、3月場所で幕下へ陥落する。この場所で勝ち越して1場所で十両に戻ったものの、西十両13枚目で迎えた5月、7月と続けて負け越し、9月場所で再び幕下に落ちた。幕下でも勝ち越せず、東幕下4枚目で臨んだ11月場所は1勝にとどまった。関取への復帰はかなわなかった。
1月20日には両国国技館で引退会見に臨み、「悔いはない」と心境を語った。精いっぱい頑張ったと土俵人生を総括し、関取になれたことを一番の思い出に挙げている。決断の理由については、場所中に膝を痛めて踏ん張りがきかなくなり、「思うように体が動かなくなってきた」と明かしている。
会見では「プレッシャーに自分は弱い」と明かし、その重圧がなくなってホッとしていると率直な思いも口にした。土俵人生で一番大事にしたのは感謝の気持ちだという。「今の自分があるのも、みんなに支えてもらったからこそなので」と、支えてくれた人たちへの思いを丁寧に言葉にした。日本相撲協会には残らず、角界を離れる道を選んだ。断髪式の日程は、この時点ではまだ決まっていなかった。
奄美大島・龍郷町から実業団横綱を経て幕内12場所
坂元は1992年12月15日生まれ、鹿児島県大島郡龍郷町の出身。龍郷町立赤徳小学校2年のころから地元の名瀬相撲クラブに通い始め、奄美市立赤木名中学校、鹿児島市立鹿児島商業高等学校を経て日本大学へ進んだ。
すぐにプロへ進んだわけではない。日大を卒業後は大学の職員として働きながら相撲を続け、2015年に全日本実業団相撲選手権大会を制して実業団横綱となった。このタイトルで幕下15枚目格付け出しの資格を得て、追手風部屋に入門。2016年初場所で初土俵を踏んだ。
幕下では6場所連続で4勝3敗の勝ち越しを重ね、2017年初場所で新十両に昇進した。このとき本名の「坂元」から「大奄美」へ改名している。島の名を背負ったしこ名には「奄美大島を知ってもらいたいという気持ち」を込めたと、引退会見で明かした。同じ2017年の7月場所(名古屋場所)では、豊山、朝乃山と11勝4敗で並んだ優勝決定戦(巴戦)を制して十両優勝を果たし、九州場所で新入幕。福岡で迎えた新入幕の場所から、9年後に同じ福岡で髷を落としたことになる。
新入幕の場所は6勝9敗に終わったが、続く2018年初場所で8勝7敗と幕内で初めて勝ち越し、3月場所では10勝5敗と幕内で初めての2桁白星を挙げた。その成績で上がった2018年5月場所の東前頭11枚目が最高位となる。2021年3月場所でも9勝6敗と勝ち越した。約190キロの体を生かした右四つの寄りを得意とし、幕内と十両を何度も行き来しながら土俵に上がり続けた。
| 項目 | 記録 |
|---|---|
| 初土俵 | 2016年初場所 |
| 新十両 | 2017年初場所 |
| 新入幕 | 2017年九州場所 |
| 最高位 | 東前頭11枚目 |
| 幕内在位 | 12場所 |
| 通算成績 | 392勝418敗7休 |
| 各段優勝 | 十両優勝1回 |
| 引退 | 2026年1月16日 |
三賞の受賞はなかった。幕内在位12場所は、出入りを繰り返しながら積み上げた数字だ。
引退会見では、同じ奄美大島出身の里山(現千賀ノ浦親方)や明生との対戦を思い出に挙げ、小さな島から3人も関取が出て相撲を取れたことを「すごいこと」と語った。同じ時代に島の出身者が3人そろって関取となり、土俵で顔を合わせた。
料理好きの元関取が福岡で飲食店へ
断髪式を終えた坂元が次に向かうのは、飲食の道だ。報道によると、福岡県内で飲食店の開業を目指すという。店の名前や開業時期、どんな料理を出すのかといった詳細は、まだ明らかになっていない。
飲食業への思いは、引退会見の時点で語っていた。今後のプランを聞かれると「ご飯屋さんができたらいいな」と答え、料理を作ることも食べることも好きだと笑顔で明かしている。現役時代はテレビのバラエティー番組にも出演し、人気を集めた。
追手風部屋では、10月4日に同じく元幕内の大翔鵬も両国国技館で断髪式を終え、モンゴルの雑貨などを扱う仕事へ進んでいる。同じ部屋で土俵を支えた元関取が、それぞれ第二の人生を歩み始めた。
奄美大島で相撲を始め、大学職員を経て23歳でプロの世界に飛び込んだ坂元。大銀杏を落とした福岡の地で、今度は店主として新しい一歩を踏み出す。
[文/構成 by スポーツ担当ライター 疾風(HAYATE)]







































































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