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大翔鵬、断髪式で「将来は追手風部屋のタニマチになれたら」 引退後はモンゴルの雑貨などを販売する仕事に

大翔鵬、断髪式で「将来は追手風部屋のタニマチになれたら」 引退後はモンゴルの雑貨などを販売する仕事に

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2月に現役を引退した大相撲の元幕内・大翔鵬(32)=本名チミデレゲゼン・シジルバヤル、モンゴル出身、追手風部屋=の断髪式が10月4日、東京・両国国技館で開かれた。大関霧島、大関琴桜ら約130人がはさみを入れ、師匠の追手風親方(元幕内大翔山)が止めばさみ。現在はモンゴルの雑貨などを販売する仕事に就いており、あいさつでは「将来は追手風部屋のタニマチになれたら」と語って会場を沸かせた。

約130人がはさみ、最後は師匠が大銀杏を切り落とす

断髪式は10月4日、両国国技館の大広間で行われた。はさみを入れたのは霧島(30)=音羽山部屋=と琴桜(28)=佐渡ケ嶽部屋=の両大関をはじめとする約130人。千葉・流山南高で同学年だった幕内阿炎も列に加わり、妻と3人の息子もはさみを入れている。霧島は大翔鵬と同じモンゴル出身の大関で、琴桜は子どものころ、千葉の柏相撲少年団で大翔鵬と一緒に稽古した間柄にあたる。少年時代から付き合いのある顔ぶれが、大銀杏との別れに立ち会った。

阿炎とは2月の引退報告のときからのやりとりがある。引退を伝えると「えっ!?」と驚かれ、「断髪式は呼んでね」と頼まれたと、大翔鵬は引退会見で明かしていた。同じ部屋の大栄翔、翔猿、剣翔ら関取衆も、報告を聞いて一様に驚いたという。その約束どおり、高校の同級生は約8カ月後に同じ場に立った。

最後に師匠の追手風親方が止めばさみを入れ、大銀杏を切り落とした。2013年春場所の初土俵から約13年の土俵人生に区切りがついた瞬間だ。

涙はなかった。「寂しさはない。けじめをつけられて良かった」。大翔鵬はそう話し、寂しさを感じたのは2月の引退会見の前までだったと笑顔で明かした。式を開いた理由についても「せっかくプロとして頑張ってきたので何もしないで終わるのも寂しい。ちゃんとけじめとして、きょう(断髪式を)やれて良かった」と語っている。

同じ両国国技館では前日の10月3日、同じく元幕内の英乃海の断髪式があった。英乃海の弟で、大翔鵬と同じ追手風部屋に所属する幕内翔猿が、兄との最後の一番の相手を務めている。

関連記事:英乃海、両国国技館で断髪式 弟・翔猿との最後の相撲に「手を抜いてくれた」、横綱豊昇龍らがはさみ

「タニマチになりたい」 夢は恩返しのかたち

断髪式のあいさつで口にしたのが、タニマチになる夢だった。タニマチは相撲界の言葉で、力士や部屋を金銭面などで支える後援者を指す。かつて世話になった部屋を、今度は支える側に回りたいという意味になる。

報道陣の取材でも、この夢を繰り返した。「仕事で成功し、追手風部屋のタニマチになりたい。追手風部屋はこれからも応援していきたい」。「タニマチとしてちゃんこを食べたい」とも語り、「会社でしっかり稼いで、部屋や仲間を応援していきたい」とも話している。

いまの仕事は、日本人の妻が代表を務める会社での輸入雑貨の通販など。2月の引退会見では、母国モンゴルなどの衣料品を輸入、販売する仕事に進むと説明していた。仕事で海外に出向くこともあるという。

体の大きさは現役時代のまま。体重は195キロで、2月の引退会見のときと同じ数字だ。日本相撲協会のプロフィールに残る体重は191.9キロで、土俵を離れても体は小さくならなかった。「ダイエットしようと夜6時以降は食べずに毎日5キロ歩いていたのに1キロ増えていた」と苦笑し、いまは減量をいったん休んで仕事に打ち込んでいると明かした。

9歳で来日、柏の少年団から幕内へ

大翔鵬は1994年8月28日、モンゴルのウランバートルで生まれた。9歳のときに両親、妹とともに日本へ移り住み、千葉の柏相撲少年団で相撲を始める。少年団では現大関の琴桜や、幕内経験者の隆の勝、琴勝峰らと稽古を重ねた。千葉・流山南高では阿炎と同級生だった。

高校卒業後に追手風部屋へ入門し、2013年春場所で初土俵を踏んだ。同じ部屋の遠藤とは同期にあたる。幕下で長く力をためて、2016年九州場所で新十両に昇進した。

新入幕は2019年春場所。武器は200キロ近い巨体を生かした右四つからの寄りで、重い腰を持ち味に最高位は西前頭9枚目まで上がった。その後は幕下まで番付を落としたが2023年春場所で幕内に返り咲き、幕内在位は通算9場所、幕内での成績は53勝82敗となる。

腰のけがで十両から三段目へ、31歳で決めた引退

現役の終盤は、腰痛との闘いが続いた。暗転は2025年1月の初場所だった。この場所で腰を痛め、番付は2025年春場所から幕下に落ちた。けがさえ治れば関取に戻れると信じ、リハビリと治療を続けた。だが、同年11月の九州場所前に腰のけがが再び悪化する。

「もう無理なんだ。治らないんだ」。2月16日の引退会見で、大翔鵬は引退を決めたときの心境をそう明かした。師匠からは「もうちょっと、やってみたらどうだ」と引き止められたが、決意は変わらず、追手風親方も最後は「分かった」と受け入れた。右足の筋肉が落ち、左足の半分ほどの力しか入らない状態だったという。「得意の右四つになっても勝てない。続けていても、十両に戻れないと思って」。武器だった右四つの形をつくっても勝てないことが、引退を決める理由になった。

最後の場所と決めて臨んだ2026年1月の初場所は、東三段目5枚目で3勝4敗。日本相撲協会は2月13日、大翔鵬の引退届を受理したと発表した。31歳だった。77場所で積み上げた通算成績は417勝433敗2休となった。

会見では「悔いはない。悔いが残っていたら、やめていない」と言い切った。国籍はモンゴルのまま変えず、3人の子どもとともに日本で暮らす考えで、永住権を申請中だと話していた。「あの時やめて、よかったね」と言える人生にしたい。会見では、そう前を向いていた。

まげを落とした元幕内は、妻とともに商いの世界で第二の人生を歩む。仕事で成功し、いつか後援者として追手風部屋のちゃんこを囲む日を目指す。

[文/構成 by スポーツライター 疾風(HAYATE)]

寄稿者

疾風(HAYATE)
スポーツニュースサイトでの執筆を経て、ゴルフ、競馬、大相撲、フィギュアスケート、陸上など、競技の枠を越えてスポーツ記事を書いてきたWEBライター。経験は6年。大会結果や記録、番付、レース展開など、数字と公式記録を土台に「何がすごかったのか」を整理する記事を得意としている。ルールや採点方式が分かりにくい競技でも、初めて観る人がその一戦を楽しめるよう、背景や見どころまでかみくだいて伝えることを心がけている。主な執筆分野は、ゴルフ、競馬、大相撲、フィギュアスケート、陸上、バスケットボール。

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