内海哲也、敦賀市スポーツ大使に就任決定 母校は敦賀気比高等学校、11月3日に委嘱状交付

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福井県敦賀市は11月2日、プロ野球・巨人の投手コーチを務める内海哲也(44)を市のスポーツ大使に委嘱すると発表した。内海は敦賀気比高等学校の出身で、市がスポーツ大使を置くのは内海が初めて。任期は2年で、11月3日に川崎市の読売ジャイアンツ球場で就任式を行い、米澤光治市長が委嘱状を手渡す予定だ。
敦賀市が初めて置くスポーツ大使、任期は2年
発表は11月2日、米澤市長の定例会見の場だった。高校の3年間を敦賀で過ごした左腕に、市はスポーツ全般の魅力発信と敦賀のPRへの協力を託す。敦賀市では2024年3月16日に北陸新幹線の金沢―敦賀間が開業し、敦賀駅が新幹線の終着駅になった。
就任のきっかけは内海自身の言葉にある。内海が「役に立てれば」と敦賀への貢献に意欲を示していたことから、市が大使への就任を打診した。米澤市長は会見で、トークショーなどで内海と会う機会があったと経緯を説明し、「人格的にも優れた方」と評している。任期は2年間で、本人から辞退の申し出がなければ更新していく方針だという。
就任式は11月3日午後4時から、川崎市の読売ジャイアンツ球場で行われる。福井から米澤市長が出向き、委嘱状を手渡す段取りだ。
米澤市長は会見で「スポーツを通じた地域の活性化やスポーツ振興、市の魅力発信に期待したい」と語った。努力を重ねて積み上げてきた経験を子どもたちに伝え、夢や希望を持つきっかけをつくってほしいという期待も口にしている。
内海と敦賀市のつながりは、今回が始まりではない。現役を退いた2022年の12月、市の行政チャンネル「市政の窓」は、「元プロ野球 気比高出身 内海哲也氏『敦賀市に感謝』」と題した回を放送している。引退の年に感謝を伝えた町から、4年後に大使としての役目を受け取る。
市の催しやアーバンスポーツ施設のオープニングにも
大使として想定される活動は、市の催しやトークショーへの出演などだ。市総合運動公園で整備が進むアーバンスポーツ施設のオープニングイベントへの参加も検討されている。
この施設は、総合運動公園の屋外ゲートボール場の一部を使い、全体で約3,000平方メートルの広さになる。市によると、スケートボードやBMXが使えるスケートパークゾーン(約1,500平方メートル)と3人制バスケットボールのゾーン(約500平方メートル)を中心に、遊具エリアや休憩エリアも設ける計画だ。整備期間は2026年6月から2027年3月までの予定で、完成は来春を見込む。
競技志向に寄せず、未就学児から高齢者まで誰でも日常的に使える公園として計画された施設だ。内海のオープニングイベントへの参加は、11月2日の発表時点では検討の段階にとどまる。
敦賀気比高等学校のエース、甲子園には届かなかった
内海は1982年4月29日生まれ、京都府城陽市の出身だ。高校は地元・京都を離れ、福井県敦賀市の敦賀気比高等学校へ進んだ。
高校では左腕エースとして注目を集め、2年秋の1999年には明治神宮大会で決勝まで勝ち進んだ。決勝は四日市工(三重)に13-14で敗れ、準優勝となった。この試合で内海は9回途中まで投げている。
だが、甲子園の土は踏めなかった。2000年春の選抜大会は出場が決まりながら、他の部員の不祥事で出場を辞退。3年夏も福井大会で敗れ、高校時代に甲子園のマウンドに立つ機会は来なかった。
それでも敦賀で過ごした日々は、内海の中に残っている。2024年12月、敦賀気比高等学校を運営する学校法人嶺南学園が敦賀市民文化センターで開いたOBトークショーに、内海は同校OBのプロ野球選手、山田修義、山崎颯一郎、西川龍馬とともに登場した。印象に残っている場所に気比の松原を挙げ、「夏の練習終わりにみんなで走っていって海に入ったのが良い思い出」と語っている。
2026年5月13日に福井で行われた巨人―広島戦の際にも、内海はコーチとして福井を訪れた。福井での試合に合わせた訪問は2024年以来、2年ぶりだった。敦賀での3年間を「人間としても野球人としても成長できた3年間」と表し、高校時代は「悔しい思い出の方が強いかもしれないですね」と、最後の試合になった県大会での敗戦に触れている。
寮生活だった高校時代、寮からグラウンドまでの坂道を上っていくのが好きだったという。雪があまり降らない京都で育った内海にとって、冬の時期は楽しみだったといい、雪を溶かすために練習の一環でアメリカンフットボールをしていたことも明かした。
敦賀気比高等学校は、2015年春の選抜大会で優勝した北陸の強豪だ。後輩たちの挑戦も続く。10月22日のプロ野球ドラフト会議では、管田彪翔と村雲脩吾の2人がソフトバンクから育成で指名を受けた。
関連記事:管田彪翔と村雲脩吾、敦賀気比高等学校から育成2位と14位 そろって支配下登録を目指す
通算135勝、最多勝2回と最多奪三振のタイトル
プロへの道も一直線ではなかった。2000年のドラフト会議でオリックスから1位指名を受けたが入団せず、社会人の東京ガスへ。2003年のドラフトで巨人が自由獲得枠で交渉権を得て、2004年に入団した。祖父の内海五十雄も、戦前に巨人でプレーした選手だった。
巨人では先発の柱として投げ続けた。2006年に初の2桁勝利となる12勝を挙げると、2011年は18勝5敗、防御率1.70、勝率7割8分3厘の好成績を残す。主なタイトルは次のとおりだ。
| 年 | タイトル | 記録 |
|---|---|---|
| 2007年 | 最多奪三振 | 180奪三振 |
| 2011年 | 最多勝 | 18勝5敗、 |
| 2012年 | 最多勝 | 15勝6敗、 |
2011年と2012年は2年連続の最多勝となった。長く巨人の左のエースとして投げたが、転機は2018年12月に訪れる。巨人がFAで炭谷銀仁朗を獲得した際の人的補償として、西武へ移籍したのだ。2019年から西武でプレーし、2022年8月16日に、そのシーズン限りでの現役引退を表明した。
通算成績は135勝104敗、防御率3.24。135勝のうち133勝を巨人で挙げている。引退後は西武でコーチを務め、2024年に巨人へ投手コーチとして戻った。
来季も巨人の投手コーチ、敦賀との関わりはこれから
巨人は10月30日、2027年のコーチングスタッフを発表した。松井秀喜監督のもと、1軍の投手部門は杉内俊哉が投手チーフコーチ、内海が投手コーチを務める。来季も現場に立ちながら、大使としての2年間が始まる。
市のイベントやトークショーにどのような形で出演するのか、具体的な日程はまだ発表されていない。アーバンスポーツ施設の完成予定は2027年3月で、オープニングの時期も含めて市の今後の発表を待つことになる。
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高校時代の3年間を過ごした町と、プロで135勝を挙げた左腕。敦賀市にとって初めてのスポーツ大使は、市内で育つ子どもたちに向けて、自らの経験を語る役割を担う。
[文/構成 by スポーツ担当ライター 高瀬翔吾]
















































































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