西山茉希さん、CanCam専属モデル就任前を語る 工場のアルバイトに明け暮れていた若い頃

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
西山茉希さん(40)が文春オンラインの連載企画に登場し、『CanCam』専属モデルになる前の若手時代を語った。深夜のせんべい工場でのアルバイトなど、進路が定まらないまま複数の仕事を渡り歩いていたという。東京でスカウトされてから実際に上京するまでには、半年から1年弱の時間がかかっていた。
文春オンラインの連載で語った学生時代
高校時代の食生活や部活動の挫折から、専属モデル時代の体型との闘い、離婚を経た現在の暮らしまで、本人の言葉で述べている。
西山さんは9月6日、文春オンラインで始まった連載企画「私のあのとき、私のいま」に登場した。新潟県長岡市の出身で、幼い頃から体格が大きく、健康診断の成長記録には毎年「肥満度〇パーセント」と赤字で記されていたという。祖母の家では和菓子をよく出されたそうだ。また、家で一人留守番をしている日には、ロールパンにポテトチップスを挟んだり、マヨネーズパンやたらこマヨネーズご飯を好んで食べたりしていたという。
小学5年から強豪のバレーボールチームに所属し、中学まで続けた。だが「全然体も動けない」「メイン選手にもなれない」という日々が続き、指導は見ていた親でさえ「自分の子じゃないと思わなかったらやっていけなかった」と話すほど厳しかったという。今も「監督に怒られる夢」「サーブレシーブが全部飛んでいっちゃう夢」を見るほどのトラウマになっていると打ち明ける。「これ以上進んだらバレーしかない人生になる」と考え、高校進学を機に競技から離れた。
進学先に選んだのは、私服通学で女子クラスの家政科だった。ジャージや体操着ばかりだった中学までとは一転、ファッションが個性的な先輩たちに囲まれ、服への関心が一気に広がったそうだ。1日7食を食べる生活を送り、放課後は友人とサイゼリヤに寄って290円のミラノ風ドリアを食べるのが習慣だった。
深夜のせんべい工場、油まみれで迎えた朝
高校を卒業しても、やりたいことは見つからなかった。無印良品の商品仕分け、工業施設での部品集め、セブン・イレブン、ちゃんこ屋、駅前でのビラ配り。複数の派遣の仕事を転々とする日々が続いた。
中でも記憶に残るのが、せんべい工場での深夜勤務だ。出勤は夜中の2時、退勤は朝8時。「朝ごはん食べたくなくなるくらい油まみれの匂いをつけながらやってました」と当時を語っている。派遣の仕事について「商品として売られる前の、原点の作業」だと捉え、「表で1位を取っているものがすべての1位じゃない」という受け止め方を得たとも明かした。先の見えない不安を抱えながらも、目の前の仕事に意味を見いだしていた時期だったようだ。
迷子になった先でのスカウト
転機は、短大に進学する友人に同行して訪れた東京にあった。銀座で迷子になっていたところをスカウトされたのが、芸能界入りのきっかけだ。もっとも、最初から乗り気だったわけではない。実際に上京を決めるまでには、半年から1年弱を要している。新潟から東京に通って月1回ほどの撮影をこなす生活を続けるうち、2004年の新潟県中越地震が、上京を完全に決断する後押しとなったという。スタイルについては「足が太い」と厳しく指摘されたこともあったという。
2005年5月、『CanCam』の専属モデルに就任。同年6月号の表紙を山田優さん、蛯原友里さん、徳澤直子さんと共に飾り、19歳での大抜擢となった。誌面では蛯原さんの「かわいい系エビちゃんOL」の後輩にあたる「小悪魔マッキーOL」を担当し、たちまち人気モデルの一人として知られるようになる。
専属5年、体型と向き合った日々
専属モデルとしての日々には、華やかさの裏で厳しさもあった。デビュー前、スカウトに「足が太い」と指摘された後に帰省した長岡で兄弟からも「お前、結構デブだよ」と言われたことが、その後何年も続く体型維持の厳しいダイエットにのめり込むきっかけとなった。その結果、3年にわたって生理が止まった時期もあったという。
それでも2007年にはピン表紙を任されるまでになり、蛯原さん、山田さんに並ぶ看板モデルへと成長した。同じ2007年1月には、中村航の小説を原作にした映画「ハミングライフ」で初主演を果たした。井上芳雄さんとの共演で、専属モデルを続けながら女優業にも足を踏み入れている。
専属期間は2005年6月号から2010年3月号まで。卒業にあたっては「まだまだ成長できる」とし、モデル業の枠にとどまらない次の挑戦への意欲をにじませている。卒業後もドラマ出演は続き、2010年5月放送のフジテレビ系月9ドラマ「月の恋人〜Moon Lovers〜」でテレビドラマ初出演を果たした。
シングルマザーとして歩む今
2013年6月30日、俳優の早乙女太一さんと結婚。同年10月と2016年4月にそれぞれ女児を出産した。2019年には離婚を発表し、以降は2人の娘を育てるシングルマザーとして活動を続けている。離婚後は所属事務所の経営が行き詰まり、生活のためにアルバイトを重ねた時期もあったという。
現在はモデル、タレントとして活動する一方、YouTubeチャンネル「西山茉希の#俺流チャンネル」で料理を中心に日々の暮らしを発信している。2025年8月にはスキンケアブランド「SHIYAKA」の公式アンバサダーに就任した。西山さんは長年アトピー肌に悩み、モデル時代には化粧水すら使えない時期があったといい、このブランドを試して「肌が安心している」と感じたことが起用のきっかけになったという。
工場のアルバイトから専属モデル、そして子育てへ。歩んできた道のりの一つひとつが、今の等身大の発信を支えている。
[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]







































































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