大島健吾、地元・愛知県瀬戸市に凱旋 アジアパラ陸上で金メダル2個、出身校と経歴

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
パラ陸上の大島健吾(26)=名古屋学院大学AC=が11月6日、出身地の愛知県瀬戸市に凱旋し、アジアパラ競技大会での2冠を報告した。10月に名古屋で開かれた大会で、義足・機能障害のT64クラスの男子200mと100mをいずれも大会新記録で制している。瀬戸市役所には6日から、活躍をたたえる懸垂幕が掲げられた。
瀬戸市役所に懸垂幕、地元へ2冠を報告
瀬戸市は11月5日、第5回アジアパラ競技大会(2026/愛知・名古屋)で2冠に輝いた市出身の大島が、結果を報告するため市長を表敬訪問すると発表した。日時は6日午後2時30分から。庁舎南側の入口で花束の贈呈と懸垂幕の除幕を行う予定も合わせて知らせていた。
6日、大島は瀬戸市に凱旋し、大会の結果を報告した。市役所には同日から、2冠をたたえる垂れ幕が掲げられている。
今後の目標を問われると、大島はこう語った。「もともと(100メートル)10秒台で走るという目標を掲げて、それができなかった。記録がアジアでは1位だが、世界と比べたらまだ遠い。目標はあくまで世界で戦えるというものなので」。金メダル2個を手に地元へ戻ってもなお、視線は世界に向かう。
瀬戸市役所に大島の懸垂幕が掲げられるのは初めてではない。2024年にも市役所に懸垂幕が掲げられ、市の広報紙「広報せと」7月号で紹介された。同年6月20日には、神戸2024世界パラ陸上競技選手権大会の男子200m(T64)で銀メダルを手にしたこととパリ・パラリンピック代表内定を、川本雅之市長に報告している。
アジアパラ陸上、200mと100mで大会新
大会を前に、大島は地元で開催される大会に出場できる喜びを口にし、自己ベストの走りを見せたいと意気込んでいた。前回の杭州大会では100mで勝ちながら、義足に迷いがあったという。陸上競技は名古屋市のパロマ瑞穂スタジアムを会場に10月19日から23日まで行われた。大島が最初に登場したのは、競技初日の19日にあった男子200m(T64)決勝だった。
最後の直線で勝ちきり、23秒24の大会新記録で優勝。2位に井谷俊介、3位に田巻佑真が入り、日本勢が表彰台を独占した。大島はレース後、地元の応援が粘り勝ちにつながったと話した。
| 順位 | 選手 | 記録 |
|---|---|---|
| 1位(金) | 大島健吾 | 23秒24 |
| 2位(銀) | 井谷俊介 | 23秒52 |
| 3位(銅) | 田巻佑真 | 24秒05 |
2日後の21日には男子100m(T64)決勝に臨んだ。序盤から先頭に立つと、中盤以降は後続を大きく引き離し、11秒39の大会新記録でゴール。200mに続く2個目の金メダルとなった。
ただ、記録には納得していない。大島は、自信があり今シーズンは調子も良かっただけに、この記録は少し悔しいと語った。5月16、17日に同じパロマ瑞穂スタジアムで開かれたジャパンパラ陸上競技大会では、100mで11秒11、200mで22秒76と、2日続けてアジア新記録を出していたからだ。
大会は10月18日から24日まで、愛知県内の各会場などで18競技が行われた。日本は陸上競技だけで金19個を含む51個のメダルを手にしている。大島が生まれ育った愛知での大会で、地元出身の選手が2種目の頂点に立った。
関連記事:佐藤友祈、アジアパラ車いす100m・400mで2冠 100mは17秒25、伊藤智也は63歳で銅と銀
瀬戸西高等学校のラグビー部から名古屋学院大学で陸上へ
大島は2000年1月1日生まれで、瀬戸市出身。生まれつき左足首から先がなく、幼い頃から日常生活用の義足でさまざまなスポーツに挑んできた。三つ子で、妹と弟がいる。
進んだ愛知県立瀬戸西高等学校では、ラグビー部に入った。プレーは生活用の義足のまま。転機は高校2年だった2016年9月で、ラグビー部の顧問に誘われて参加したパラアスリートの発掘イベントで競技用義足を試し、義肢装具士から「競技用の義足、作れるよ」と声をかけられた。それでも高校ではラグビーをやり切り、陸上を始めたのは名古屋学院大学に入ってからだ。
最初から速かったわけではない。初めての公式戦は12秒67の3位に終わり、ラグビーで鍛えた筋力の偏りやフォームの癖に悩んだ。形ができたのは大学3年の頃だったという。大学で出会ったのが、十種競技の元日本記録保持者で、現在もコーチを務める松田克彦氏(名古屋学院大学スポーツ健康学部教授)だった。2020年9月の日本パラ陸上競技選手権大会で男子100m(T64)を制すると、競技を本格的に始めて3年で東京2020パラリンピックに出場。混合4×100mユニバーサルリレーで第2走者を務め、銅メダルを手にした。2022年3月に大学を卒業し、現在は名古屋学院大学ACに所属する。卒業後も国際大会で結果を残し、2023年2月から3月にかけてのワールドパラアスレティクス・グランプリ(ドバイ)では100mで銀、200mで銅メダルを手にした。
| 年 | 大会 | 主な成績 |
|---|---|---|
| 2021年 | 東京2020パラリンピック | 混合4×100mユニバーサルリレー銅メダル、 |
| 2023年 | 杭州2022アジアパラ競技大会 | 100m金メダル |
| 2024年 | 神戸2024世界パラ陸上競技選手権大会 | 200m銀メダル、 |
| 2024年 | パリ2024パラリンピック | 100m予選1組5位・ |
| 2026年 | ジャパンパラ陸上競技大会 | 100m・ |
| 2026年 | 第5回アジアパラ競技大会 | 200m |
2025年8月には、神戸2024での2位入賞が評価され、文部科学省の国際競技大会優秀者等表彰を受けた。一方で2025年度はけがなどで苦しい時期も多く、7月29日に大学へアジアパラ代表決定を報告した際には「今は楽しいと思える陸上ができています」と話している。新しくなったパロマ瑞穂スタジアムについても「走りやすかったです」と語り、松田氏は義足や走り方の調整を進めていると説明した。このとき大島が掲げた目標は「記録を出して優勝したい」。優勝は2種目で果たし、残ったのが記録の課題だった。
瀬戸の高校生にも指導、地元とのつながり
大島は地元の高校生とも関わってきた。2025年6月8日には、愛知県立瀬戸高等学校の陸上部を訪れ、2時間以上にわたって練習を指導した。同校の教員と学生時代からつながりがあり、依頼を引き受けたという。同校はホームページで、暑い中でトップ選手の考え方や練習メニューを直接教わった1日だったと伝えている。
アジアパラの代表決定を報告した7月には、名古屋学院大学の伊沢俊泰学長が「瀬戸の子どもたちに活躍をみせてあげてほしい」と大島に言葉をかけた。その約3カ月後、大島は地元開催の大会で金メダル2個を手にし、瀬戸市役所に戻ってきた。
パリ・パラリンピックでは100mでアジア新記録の11秒24を出しながら、全体10位で決勝に届かなかった。杭州大会で100mのアジア新記録を出してから3年。ジャパンパラで11秒11まで縮めたものの、目標に掲げる10秒台にはまだ届かない。世界選手権で銀メダルを手にした200mを含め、次は世界の舞台で記録と順位が問われる。
[文/構成 by MediaDogs編集部]












































































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