中大、全日本大学駅伝5位に藤原監督「大惨敗です」 優勝候補が2区で12位後退、出雲後の調整を反省

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
11月1日の第58回全日本大学駅伝で、優勝候補に挙げられていた中央大学は5時間11分29秒の5位に終わった。2区で4位から12位へ後退し、後半に追い上げたものの、大会新記録で優勝した早稲田大学とは7分58秒差。藤原正和監督は「大惨敗です」と語り、出雲駅伝の後に練習の強度を落とした自らの判断を反省した。
2区で12位まで後退、早大と7分58秒差の5位
レースは熱田神宮西門前から伊勢神宮内宮宇治橋前までの8区間106.8キロで行われた。日本学生陸上競技連合などが発表した成績表によると、中央大学の通算記録は5時間11分29秒。6位の駒澤大学と同タイムながら、順位は5位となった。
滑り出しは悪くなかった。1区の簡子傑(1年)は27分49秒の区間4位で、トップの青山学院大学とは4秒差。愛知・名古屋アジア大会の台湾代表に選ばれた留学生が、大学三大駅伝のデビュー戦で役目を果たした。
流れが止まったのは2区(11.1キロ)だ。1年生の栗村凌が32分42秒の区間13位に沈み、順位を八つ落として12位でタスキをつないだ。首位の早稲田大学との差は1分53秒。同じ区間では、高校の同級生だった早稲田大学の増子陽太(1年)が30分51秒の区間新記録で区間賞を分け合っていた。
3区の佐藤大介(3年)が区間3位で10位まで押し返したが、4区の柴田大地(4年)は区間9位で11位に後退。5区の三宅悠斗(2年)が区間5位で10位に戻し、6区の並川颯太(3年)が区間2位の36分54秒で四つ順位を上げ、6位でタスキを渡した。ただ、この時点で首位との差は4分50秒まで開いていた。
7区の岡田開成(3年)は区間5位、アンカーの主将・藤田大智(4年)は区間9位。6位で受けたタスキを5位まで運んだが、表彰台には届かなかった。
| 区間 | 走者 | 区間記録(区間順位) | 中継時の順位 |
|---|---|---|---|
| 1区 9.5km | 簡子傑(1年) | 27分49秒 | 4位 |
| 2区 11.1km | 栗村凌(1年) | 32分42秒 | 12位 |
| 3区 11.9km | 佐藤大介(3年) | 33分45秒 | 10位 |
| 4区 11.8km | 柴田大地(4年) | 34分12秒 | 11位 |
| 5区 12.4km | 三宅悠斗(2年) | 35分41秒 | 10位 |
| 6区 12.8km | 並川颯太(3年) | 36分54秒 | 6位 |
| 7区 17.6km | 岡田開成(3年) | 51分44秒 | 6位 |
| 8区 19.7km | 藤田大智(4年) | 58分42秒 | 5位(ゴール) |
早大が大会新で優勝、中大はシード権を確保
優勝したのは早稲田大学で、記録は5時間3分31秒の大会新。16年ぶり6回目の優勝で、10月の出雲駅伝に続く2冠となった。2区の増子、3区の新妻遼己(1年)、5区の鈴木琉胤(2年)が区間新記録を出し、8区の工藤慎作(4年)も区間賞を手にしている。
| 順位 | 大学 | 記録 | 1位との差 |
|---|---|---|---|
| 1位(優勝) | 早稲田大学 | 5時間3分31秒 | ― |
| 2位 | 國學院大學 | 5時間7分05秒 | 3分34秒 |
| 3位 | 創価大学 | 5時間9分28秒 | 5分57秒 |
| 4位 | 青山学院大学 | 5時間10分16秒 | 6分45秒 |
| 5位 | 中央大学 | 5時間11分29秒 | 7分58秒 |
| 6位 | 駒澤大学 | 5時間11分29秒 | 7分58秒 |
| 7位 | 大東文化大学 | 5時間11分32秒 | 8分01秒 |
| 8位 | 帝京大学 | 5時間12分02秒 | 8分31秒 |
8位までに入ったチームには次回大会のシード権が与えられる。中央大学は2区終了時点でシード圏外の12位にいたが、後半の追い上げで圏内に戻した。5位から8位までは33秒差にひしめき、9位の順天堂大学とも51秒差しかなかった。
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なぜ優勝候補だったのか
中央大学は前回の全日本大学駅伝で2位に入っていた。登録選手の持ちタイムは参加校でトップと報じられ、早稲田大学と並ぶ優勝候補に挙げられていた。この大会での優勝はまだ一度もない。
ただ、前哨戦の出雲駅伝(10月12日)は5位。早稲田大学が大会新記録で制したレースで、中大は優勝争いに加われなかった。藤原監督は10月31日の前日会見で、前年は出雲の10位から学生たちがやり返す気持ちで全日本に向かったのに対し、今年はそこが中途半端だったと説明。出雲の後に学生と話し合い、2週間で意識や準備を修正してきたとして、目標に「真っ向勝負をしての優勝」を掲げていた。
前年の秋は、出雲10位から全日本2位へ立て直した経緯がある。今年は出雲の順位こそ前年より上だったが、伊勢路で同じような巻き返しは起きなかった。
会見では、序盤3区間は各校が団子状態になるとみて、4区から6区で前に出る展開を描いていた。8区については当日のメンバー変更を明言し、実際には主将の藤田がアンカーに入った。
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「学生の声を聞きすぎた」指揮官が認めた誤算
レース後、藤原監督は「大惨敗です」と完敗を認めた。誤算として挙げたのは2区と4区で、7区、8区も含めて「走るべき人が走れなかった」と指摘。それでは駅伝にならない、という厳しい言葉も続いた。
矛先は自分にも向いた。出雲駅伝の後、選手たちが強い疲労を訴えたため、疲労を抜くことを優先したメニューに切り替え、練習の強度を落としたという。藤原監督はこの判断について、もっとしっかり練習させるべきだったとし、学生の声を聞きすぎたと「大いに反省」していると話した。
2区の栗村については、レース後のラジオ局の取材で、調子は非常に良いと認識しており、あの区間でやれるはずだったと説明している。1キロあたり2分56秒というペースは本来の走りではないとして、原因を探る考えを示した。栗村は今夏のU20世界選手権の男子5000メートルで8位に入った大型ルーキーで、福島県の学校法人石川高等学校(通称・学法石川)から中央大学に進んだ。高校時代の同級生・増子とは、伊勢路で明暗が分かれた。
一方、評価した点もある。藤原監督は3区の佐藤と6区の並川の挽回を挙げ、出雲も含めて少しずつ駅伝の力がついてきたところは見せられたと述べた。7区で区間5位だった岡田は、トラックを意識しすぎて駅伝での走りをチーム全体が忘れてしまっているのではないか、と自分を含めて反省を口にしている。
後半区間について、藤原監督は区間5位前後は取れているとしながらも、見方は厳しい。7区で区間4位だった國學院大學の野中恒亨(4年)を例に挙げ、上位との差を考えれば岡田が十分な仕事をしたとは言えないと指摘した。中盤以降にもっとペースを上げるべきだったとし、ここでも出雲から全日本までの調整で学生に寄り添いすぎたことが、後半に粘る走りができなかった原因につながったと分析している。
1区の簡の好走については、スローペースの展開が1500メートルを主戦場にするようなランナーに向いていたと説明した。
箱根の目標は「表彰台」に修正
次の大一番は2027年1月2、3日の箱根駅伝だ。中央大学は2026年1月の箱根で総合5位。往路を3位で終えながら、復路で順位を落とした。総合優勝は1996年が最後になっている。
藤原監督は箱根の目標について、今は優勝という目標を立てられるチームではないとし、まずは表彰台が「現実的な目標」だと語った。早稲田大学に戦力の差を見せつけられたことを受け、優勝を目標にするかどうかも含めて学生と話し合うという。
立て直しには、MARCH対抗戦を練習の場として使う考えだ。あとは学生たちが覚悟を持てるかにかかっている、と指揮官は話した。
出雲5位、全日本5位。優勝候補と呼ばれ続けた秋は、二つの5位で終わった。残された時間は約2カ月。練習の強度をどこまで戻せるかが、箱根の結果を左右する。
[文/構成 by スポーツ担当ライター 疾風(HAYATE)]







































































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