川島連十、秋季東京大会決勝で17奪三振完投 二松学舎大学附属高等学校が2年ぶり4度目の優勝

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秋季東京都高校野球大会の決勝が11月5日に明治神宮野球場であり、二松学舎大学附属高等学校が岩倉高等学校を6対5で下して2年ぶり4度目の優勝を決めた。2年生エース左腕の川島連十が159球を投げ、9安打5失点ながら17三振を奪って完投。11月19日開幕の明治神宮野球大会に東京地区代表として出場し、来春のセンバツ出場も有力となった。
初回に4点、6点差から1点差まで追い上げられた決勝
令和8年度秋季東京都高等学校野球大会の決勝は、11月5日の16時2分に明治神宮野球場で始まり、18時18分に終わった。先攻の二松学舎大付が6対5で岩倉に競り勝ち、2024年以来の秋の頂点に立った。東京都高等学校野球連盟の記録では、優勝は2年ぶり4回目となる。
| チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 二松学舎大附(優勝) | 4 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 6 |
| 岩倉 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 2 | 0 | 5 |
試合は1回表に大きく動いた。1死から2番・若村の四球、3番・納崎の遊撃内野安打で走者をため、5番で主将の早川幸汰(2年)も四球を選んで2死満塁。ここで6番・勝田陵聖(1年)が左中間を破る走者一掃の3点二塁打を放ち、続く7番・内間叶琉(1年)も右越えの適時二塁打で続いた。岩倉の先発・小林辰生(2年)の立ち上がりを攻め、いきなり4点を先制する。
追加点の取り方も手堅かった。5回は死球と盗塁で無死二塁とし、早川の左中間への適時二塁打で5対0。6回は1死満塁から内野ゴロの間に1点を加え、リードは6点に広がった。
だが、岩倉はここから粘る。6回裏、1死満塁から5番・笹木大雅(2年)と6番・土方匠(1年)が続けて適時打を放ち、7番・矢澤徹平(2年)も押し出し四球を選んで3点を返した。8回には2死一塁から矢澤の左越え適時二塁打と、代打・伊藤総真(2年)の適時打で2点を加え、6対5まで迫った。
1点差のまま迎えた9回裏。川島は岩倉の1番から始まる打順を3者連続三振で抑え、試合を締めた。
159球、17奪三振の中身
川島の17奪三振は、試合の入りと終わりにまとまっていた。
1回裏、いきなり1番・庄司トーマスに二塁打を浴び、四球も重なって無死一、二塁のピンチを招く。それでも3番、4番、5番を3者連続の三振に打ち取って無失点で切り抜けた。ここから三振を重ね、5回まで毎回の10奪三振。最速145キロを誇る直球にカーブとスライダーを交え、打者の内角も突いた。
6回以降は苦しんだ。6回に3点、8回に2点を失い、この試合で許した安打は9本。それでも最後の9回は再び三振を3つ並べている。17三振のうち10個が5回までで、6回以降は7個だった。
17奪三振は自身初めての数字だったという。終盤は勝つことだけを考えて投げており、17という数字は試合後に聞いて知ったようだ。一方で、要所で打たれた場面については気持ちの面で負けていた部分があったと認め、自分の課題だと話した。
市原勝人監督(61)は試合後、「辛抱強く投げてくれた」とエースの159球をたたえた。11月1日の準決勝で東海大学菅生高等学校を延長10回タイブレークの末に2対1で破った試合でも、川島は10回を1人で投げ、4安打1失点、9奪三振で完投している。中3日で迎えた決勝も、指揮官は最後まで川島に託した。
関連記事:川島連十、延長10回完投で二松学舎大学附属高等学校を決勝へ 父・慶三がスタンドで観戦
川島は2009年9月生まれの2年生で、左投げ左打ち。二松学舎大付では1年夏からベンチ入りし、公式戦デビューを果たした。2026年夏の東東京大会では決勝で関東第一高等学校に敗れ、甲子園には届かなかった。夏について、川島は「一人でやっていた部分が多かった」と話し、秋は周りの仲間に目を向けて投げることを心がけてきたという。この日も野手の攻守に助けられたとして、感謝を口にした。
父・慶三が見守った完投、「自慢したい」
この試合は、来季からDeNAのコーチを務める父・川島慶三(43)もネット裏で見守った。DeNAは10月30日に慶三とのコーチ契約を発表しており、11月1日の準決勝に続いての観戦だった。
試合後、川島は父について「自慢したい」という気持ちになったと話した。父は高校時代に甲子園へ行っていないとして、「行ってやったよ」と言いたいという。慶三は長崎県立佐世保実業高等学校から九州国際大学を経てプロ入りし、日本ハム、ヤクルト、ソフトバンク、楽天の4球団でプレーした。
父がたどり着けなかった舞台に、息子が近づく。
岩倉は1983年以来の秋の頂点に届かず
敗れた岩倉は、準優勝した1988年以来38年ぶりに秋の決勝へ進んでいた。優勝すれば1983年以来43年ぶりだったが、あと1点が届かなかった。
関連記事:岩倉高等学校野球部、38年ぶりの秋季東京大会決勝進出 小林辰生が149球の完投勝利
準決勝で149球の完投勝利を挙げた小林は、この日は5回で7安打5失点と崩れた。立ち上がりについて、冷静にいきたい気持ちが強かったものの、自分をうまくコントロールしきれなかったと悔やんだ。
その後を受けたのが1年生右腕の高橋黎輝だった。6回から4回を投げて2安打1失点。6回に味方のミスも絡んで1点を失ったが、7回以降は1本の安打も許さなかった。決め球のフォークは、豊田浩之監督の勧めで投げ始め、公式戦で初めて使ったという。打線では、1番の庄司が二塁打2本、捕手の土方が3安打を放ち、1年生の活躍も目立った。
岩倉は1984年春のセンバツで、甲子園初出場のまま初優勝を飾った学校だ。豊田監督は試合後、「彼らにとって財産になる」と秋の戦いを語った。準優勝でセンバツ当確とはならなかったが、関東・東京地区の残る1枠を関東大会8強の4校と争う立場にある。
明治神宮大会の初戦は明徳義塾、センバツ出場が有力に
二松学舎大付は11月19日に開幕する第57回明治神宮野球大会(高校の部)に、東京地区代表として出場する。この決勝で全10地区の代表がそろった。二松学舎大付の初戦は11月20日の準々決勝で、相手は秋季四国大会を制した明徳義塾高等学校(高知)に決まっている。
明徳義塾は11月1日の四国大会決勝で高知高等学校を8対1で破り、2年ぶり13回目の優勝を決めた。この決勝では2年生左腕の藤本優善が12奪三振で完投し、四国大会の初戦から3試合続けて1人で投げ切った。
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市原監督は神宮大会に向けて、秋の大会と同じく一戦一戦に全力で臨むとし、まずは初戦に勝ちたいと話した。川島も「勝てるピッチングをもっと学ばないといけない」と、全国の舞台で通用する投球を課題に挙げる。
秋の東京大会の優勝で、来春の第99回選抜高校野球大会への出場は有力となった。選ばれれば二松学舎大付にとって2年ぶり9度目のセンバツとなる。出場校が正式に決まるのは2027年1月29日の選考委員会だ。
[文/構成 by スポーツ担当ライター TAKU]














































































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