錦織圭、第一生命全国小学生テニス選手権でジュニアにレッスン 引退後の現在の過ごし方

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
10月に現役を退いた男子テニスの元世界ランキング4位、錦織圭(36)=ユニクロ=が10月31日、東京都世田谷区の第一生命相娯園テニスコートで開かれた第44回第一生命全国小学生テニス選手権大会の最終日を訪れ、上位の小学生たちを指導した。引退後、公の場でジュニアを教えるのはこれが初めて。開いた理由を「暇すぎて」と冗談めかしつつ、時間があれば指導を続けたいと語った。
全小の最終日、決勝のあとに8人らとコートへ
錦織が足を運んだのは、日本テニス協会が主催し、第一生命保険が特別協賛する全国小学生テニス選手権大会、通称「全小」の最終日だった。この日は男女シングルスの決勝と3位決定戦があり、錦織は決勝を見届けて表彰式に出席。その後、男女シングルスの上位各4人、計8人を中心とした小学生とコートに立った。
指導は約1時間半に及んだ。1対1で10分ほど打ち合い、ラリーやサーブの練習、ポイント形式の練習を重ねながら、1人ずつ助言を送る。小学生が相手でも、ときおり速く重いショットを打ち込み、プロの球の厳しさを体で感じさせた。終わったあとは、サインを次々と求められた。
会場の第一生命相娯園テニスコートは、国内では数少ないレッドクレー(赤土)のコートを持つ。日本テニス協会は大会を通じて、ここを次の世代の選手の「聖地」にしたいとしている。
大会は2026年から形を大きく変えた。8月に宮崎市でハードコートのファーストステージがあり、47都道府県と9地域の代表として男女各96人が出場。8月に消化できなかったファーストステージの決勝は10月28日に第一生命相娯園テニスコートで行われ、そこを勝ち抜いた12人に日本テニス協会の推薦選手4人を加えた男女各16人が、10月29日から31日までのファイナルステージで日本一を争った。異なる2種類のコートで戦う小学生の全国大会は国内で唯一だと、協会は説明している。
女子シングルス決勝は、第2シードの濱野紗凪(埼玉・さいたま市立上落合小学校6年)が第1シードの佐藤舞(兵庫・川西市立清和台南小学校6年)に3-6、6-4、6-3で逆転勝ちし、頂点に立った。決勝を見ていた錦織は濱野について、体は小さいがパワーを出し、特にバックハンドで良い球を打っていたと評価し、「楽しみ」と期待を口にした。
「暇すぎて」と笑った理由と、プロの球を見せる狙い
なぜ引退から1カ月もたたないうちに、小学生の指導だったのか。
錦織の答えは軽かった。「暇すぎて」やることがない、と冗談めかしたうえで、子どもたちと触れ合うことが自分の生きるモチベーションにもなると思い、自ら頼んで実現したと明かす。この年頃の子と触れ合うと自分もエネルギーをもらえるといい、欲のある子たちだったので教えていて楽しかったと話した。
狙いははっきりしている。今はまだ自分も打てる、と前置きして語ったのが「プロの球はこれぐらいなんだよっていうのを感じてもらえれば」という言葉だった。短い時間で多くを教えることはできない。だからこそ、トップ選手の球の速さと重さを肌で知ってもらい、それを糧にしてほしいというのだ。
練習の締めくくりには、子どもたちに具体的な課題を残した。今の時期は勝ち負けより、もっと早いタイミングでボールを打つこと。粘るだけでは数年後に通用しないとも伝え、世界には自分たちより強い選手がたくさんいるという危機感を持って続けてほしいと励ました。
2001年の優勝者が見た今の小学生
錦織にとって、全小は特別な大会だ。1989年に島根県松江市で生まれ、5歳でテニスを始めた錦織は、2001年にこの大会を制している。米フロリダ州のIMGアカデミーへ渡り、世界を目指す前に残した国内での大きな実績の一つだった。
25年前の自分と同じ舞台に立つ小学生を見て、当時を思い出したという。勝った選手を見ればうれしく、負けた選手には同じように悔しさを感じる。自分の息子を見ているような気持ちで、試合を見ていたと語った。
一方で、気になった点も率直に口にした。この年代はミスをしない選手が勝ってしまいやすく、将来性のある選手が勝つとは限らない。選手本人はそこに気づきにくいので、コーチや保護者が、今は結果ではないと教えてあげてほしいと呼びかけた。勝つことはモチベーションになり大事だとしたうえで、ジュニアのうちは勝敗より内容や、強気にプレーしたかどうかを大切にしてほしいという。
5月の引退表明から10月の最終戦まで、続いた区切り
錦織が今季限りでの現役引退を自身のXで表明したのは、4月30日(日本時間5月1日)だった。最後の舞台に選んだのは、2012年と2014年に優勝した東京・有明コロシアムの木下グループ・ジャパン・オープン。10月1日の1回戦で、世界ランキング8位のフランシス・ティアフォー(米国)に4-6、4-6で敗れ、19年のプロ生活を終えた。
そこから1カ月、区切りの場が続いた。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 4月30日(日本時間5月1日) | 自身のXで今季限りの引退を表明 |
| 10月1日 | ジャパン・ |
| 10月6日 | ジャパン・ |
| 10月11日 | ユニクロ主催の引退記念イベントでロジャー・ |
| 10月31日 | 全国小学生テニス選手権の最終日を訪れ、 |
10月6日のセレモニーでは、今後について「まずはちょっと休ませてください」と話し、「必ず戻ってきて何かはします」とファンに約束していた。
関連記事:錦織圭、ジャパンOP最終日に日本テニス協会の特別栄誉賞を受賞 「休ませてください。必ず戻ってきて何かはします」と語った現在と今後
10月11日の引退記者会見では、今後の活動は未定としながら、日本のジュニアを世界のトップに近づける仕組みづくりに意欲を示していた。「休ませて」と話してから3週間あまり。錦織はジュニアの指導という形で、再びコートに戻ってきた。
次は12月6日のドリームテニス、協会と描く強化
引退後の過ごし方について、錦織が10月31日に語ったのは、時間を持て余しているという冗談まじりの近況と、指導への意欲だった。今後の指導について「時間があればやりたい」と話し、自分は伝え方がそこまで上手ではないので、打てるうちに教えておきたいと続ける。3年後、5年後に良い球を打てる自信はないとも語り、自分に価値があるうちにやっておきたいという思いを口にした。
視線の先にあるのは、日本のテニス全体の底上げだ。「世界のトップで戦える選手が出てきてほしい」と願う一方、課題も具体的に挙げた。国内の大会数が足りないこと、日本で強くなれる施設が外国に比べて少ないかもしれないこと、コーチの質。やるべきことはたくさんあるとして、少しずつ日本テニス協会と協力しながら、自分にもできることをしたいと話した。
ファンの前でラケットを握る機会は、年内にまだある。12月6日には、東京・有明コロシアムで「U-NEXT presents ドリームテニスARIAKE」が13時から開かれる。東日本大震災の復興チャリティとして錦織の呼びかけで始まったイベントで、2024年以来、2年ぶりの開催。錦織のほか、望月慎太郎、ダニエル太郎、松岡修造、車いすテニスの国枝慎吾、上地結衣、小田凱人の出演が発表されている。
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現役を退いて最初に見せた新しい仕事は、25年前の自分と同じ年頃の子どもたちとの打ち合いだった。協会との具体的な役割や時期は、まだ発表されていない。
[文/構成 by スポーツ担当ライター TAKU]










































































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