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鈴木茂雄さん死去、78歳 競歩指導者、大利久美らを指導し日本陸連強化委員会競歩部長などを歴任

鈴木茂雄さん死去、78歳 競歩指導者、大利久美らを指導し日本陸連強化委員会競歩部長などを歴任

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競歩指導者の鈴木茂雄さんが11月3日、病気のため亡くなった。78歳だった。東京都荒川区出身で、区役所に勤めながら競歩の指導を続け、ロンドン五輪代表の大利久美らを育てた。日本陸上競技連盟(日本陸連)では強化委員会の競歩部長などを務めた。

11月3日に病気のため死去、2025年度には秩父宮章

鈴木茂雄さんの訃報は11月6日に伝えられた。死去は11月3日で、死因は病気とされ、病名は公表されていない。11月7日時点で、通夜・告別式の日程や喪主は明らかになっていない。

鈴木さんは東京都荒川区の出身。本業は区役所の職員で、勤務のかたわら競歩の指導に携わった。選手を教えるだけでなく、競技会では審判委員も務め、長く競歩の発展に力を注いだ。日本陸連の強化委員会では競歩部長などを歴任している。

その功績は日本陸連からも認められた。2025年度には、日本陸連の栄章のひとつである秩父宮章を受章している。秩父宮章は、日本陸連の栄章規程で「本連盟あるいは加盟団体に功績があった者」に贈ると定められた章で、授与は毎年35人以内に限られる。

区役所に勤めながら男子の五輪代表に助言

鈴木さんが関わった選手には、1980年代から2000年代にかけて日本の競歩を引っ張った男子の五輪代表が並ぶ。

選手五輪出場当時の所属
小坂忠広1988年ソウル、1992年バルセロナ、1996年アトランタデサント
園原健弘1992年バルセロナ(50km競歩)アシックス
今村文男1992年バルセロナ、2000年シドニー(いずれも50km競歩)富士通

3人はいずれも、鈴木さんから助言を受けた選手として名前が挙がる。

小坂は1988年のソウル五輪で20km競歩と50km競歩の両方に出場し、1996年のアトランタ五輪まで3大会続けて五輪の舞台に立った。園原は明治大学の学生だった1983年、ヘルシンキで開かれた第1回世界選手権の20km競歩に出場している。1992年のバルセロナ五輪では、園原、今村、小坂の3人がそろって男子50km競歩に出場し、今村が18位、園原が22位、小坂が24位でゴールした。

なかでも息の長い活躍を見せたのが今村だった。世界選手権には1991年の東京大会から2003年のパリ大会まで7大会続けて出場。1991年の東京大会の50km競歩で7位に入り、1997年のアテネ大会では3時間50分27秒で6位となった。引退後は指導者の道に進み、2021年11月に日本陸連が発表した強化委員会の新体制でも、競歩担当のシニアディレクターを任された。

指導者として活躍する三浦康二も、鈴木さんの助言を受けたひとりだ。実業団や大学の専任コーチではなく、区役所の職員という立場のまま、トップ選手に助言を送っていた。助言を受けた選手が指導者となり、その輪が次の世代へ広がっていった。

女子の指導にも力、大利久美はロンドン五輪へ

後年の鈴木さんは、女子選手の指導に力を入れた。その代表が大利久美だ。

大利は埼玉県の西武学園文理高等学校で陸上を始めた。最初の種目は中距離。2年生のとき、競歩をしていた1学年上の先輩の動きをまねたところ、周りから「競歩をやったらいい」と勧められて転向したという。

競歩を始めると記録はすぐに伸びた。3年生の4月には男女混合の3000m競歩で13分47秒58をマークし、インターハイに進む。ところが大会直前に足首をねんざし、予選で敗退した。その後の国体の5000m競歩では1学年下の渕瀬真寿美に僅差で敗れて2位。大利はこのとき、もう少し競歩を続けたいと思ったという。

進学した日本女子体育大学では関東インカレの10000m競歩で3連覇。関東学生陸上競技連盟の表彰記録には、大利が女子優秀選手賞を受けた2006年度と2007年度に、日本女子体育大学の鈴木茂雄さんが指導者功労賞を受けたことが残る。

大学卒業後の2008年、大利は富士通に入社した。翌2009年3月の能美大会で代表の座をつかみ、世界選手権には同年のベルリン大会を皮切りに、2011年の韓国・テグ大会、2013年のモスクワ大会と3度出場している。

転機は2012年2月の日本選手権20km競歩だった。代表内定の条件は、1位でゴールし、1時間30分を切ることだった。4km過ぎに独走状態になってから徐々にペースが落ちたが、大利は残り2kmで盛り返して1時間29分48秒でゴールする。条件を満たし、女子20km競歩のロンドン五輪代表に第1号で内定した。

2012年4月に公開されたインタビューで、大利は自分の強みを、10年以上競技を続けて失格や途中棄権が一度もない安定感だと語っている。同じ年の夏、ロンドン五輪の女子20km競歩を1時間33分50秒で歩き切った。

順天堂大学のコーチとして70代まで現場に

晩年の鈴木さんは、順天堂大学陸上競技部の女子競歩コーチを務めた。同部のスタッフ紹介では、2015年から女子競歩を担当し、東京陸上競技協会の評議員として名前が載る。同じ競歩のコーチ陣には、女子競歩を担当する今村や、男子競歩を担当する富士通の森岡紘一朗も名を連ねている。同部の歴代指導者一覧には、今村が2003年から、森岡が2018年から競歩の担当として記されている。

関東学生陸上競技連盟の指導者功労賞は、2020年度と2021年度にも順天堂大学の鈴木茂雄さんに贈られた。2021年度の同じ賞には、明治大学の三浦康二、順天堂大学の森岡紘一朗の名前も並んでいる。女子競歩ブロックでは松本紗依らを指導し、70代になっても学生と向き合い続けた。順天堂大学を卒業した松本は、同部のスタッフ紹介に女子競歩のアシスタントコーチとして名前が載っている。

1988年ソウル五輪の小坂から、令和の順天堂大学の学生まで。教えた相手は、世代も性別も大きく広がっていた。

鈴木さんが支えた日本の競歩のいま

鈴木さんが関わった選手の多くは、引退後も競歩の世界に残った。今村は日本陸連の強化委員会で競歩担当のシニアディレクターを務め、三浦も指導者として後進を育てるなど、次の世代に競技を伝える側に回っている。

今村が東京の世界選手権で7位に入った1991年から、35年がたつ。日本の競歩は世界選手権や五輪でメダルを争う種目となり、2026年9月のアジア大会では、勝木隼人がマラソン競歩で金メダルを手にし、女子でも梅野倖子が繰り上がりで同じ種目の銅メダルとなった。

関連記事:勝木隼人、アジア大会マラソン競歩で金メダル 18年ジャカルタ大会に続く金、自衛隊所属の経歴

区役所に勤める一人の指導者が、男子のオリンピアンに助言を送り、ロンドン五輪代表となる女子選手を指導し、70代まで大学で学生を教えた。日本陸連の強化委員会で競歩部長を務め、審判としても大会を支えた78年の生涯だった。

[文/構成 by スポーツ担当ライター 疾風(HAYATE)]

寄稿者

疾風(HAYATE)
スポーツニュースサイトでの執筆を経て、ゴルフ、競馬、大相撲、フィギュアスケート、陸上など、競技の枠を越えてスポーツ記事を書いてきたWEBライター。経験は6年。大会結果や記録、番付、レース展開など、数字と公式記録を土台に「何がすごかったのか」を整理する記事を得意としている。ルールや採点方式が分かりにくい競技でも、初めて観る人がその一戦を楽しめるよう、背景や見どころまでかみくだいて伝えることを心がけている。主な執筆分野は、ゴルフ、競馬、大相撲、フィギュアスケート、陸上、バスケットボール。

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