勝木隼人、アジア大会マラソン競歩で金メダル 18年ジャカルタ大会に続く金、自衛隊所属の経歴

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
愛知・名古屋アジア大会第9日の9月27日、陸上男子マラソン競歩で勝木隼人(35)=自衛隊体育学校=が3時間3分36秒で金メダルを手にした。2位の周應成(中国)に3分4秒の差をつける完勝。2018年ジャカルタ大会の50km競歩に続くアジア大会2度目の金で、日本の競歩選手がアジア大会で2度優勝するのは初めてとなった。諏方元郁(愛知製鋼)も3時間8分57秒で3位に入り、銅メダルを取った。
スタートから先頭を譲らず、31km付近から一人旅
レースは9月27日午前7時30分、愛知県庁・名古屋市役所周辺の周回コースで男女同時にスタートした。種目はマラソンと同じ42.195kmを歩くマラソン競歩で、アジア大会で行われるのは初めて。前々回の2018年大会までは50kmで行われていた長距離の競歩が、今季から世界陸連の方針でこの距離に切り替わった。男子の出場は7人。スタート時の気温は21度だった。
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勝木は号砲直後から集団の先頭に立ち、1km4分25秒前後のペースで引っ張った。10kmの通過は43分56秒、20kmは1時間26分53秒。20km付近でフィリピンのナサニエル・ザイラーが3枚目の警告を受けてペナルティーゾーンへ入り、先頭は勝木、諏方、周應成、唐余帥(中国)の4人に絞られる。
中間点を過ぎると唐が後退し、金メダル争いは3人になった。28km過ぎには諏方が遅れ始め、勝木と周の一騎打ちへ。周はすでに2枚の警告を受けており、31km付近で勝木がペースを保つと、周は付いていけなくなった。そこから先は勝木だけが前を行く。最後の1周を知らせる鐘が鳴ると、勝木は沿道に向けて何度も拳を突き上げ、そのままフィニッシュした。
男子マラソン競歩の上位3人(9月27日)
| 順位 | 選手(国・地域/所属) | 記録 | メダル |
|---|---|---|---|
| 1位(優勝) | 勝木隼人(日本/自衛隊体育学校) | 3時間3分36秒 | 金 |
| 2位 | 周應成(中国) | 3時間6分40秒 | 銀 |
| 3位 | 諏方元郁(日本/愛知製鋼) | 3時間8分57秒 | 銅 |
諏方は周が後退した30km過ぎに一時2位へ浮上したが、34kmで3枚目の警告を受け、コース脇で4分間待機するペナルティーを科されて3位に後退した。それでも最後まで歩き切り、表彰台を守った。日本勢は金と銅の2つのメダルを手にしている。
世界記録狙いから「安全運転」への切り替え
大会前、勝木が狙っていたのは優勝だけではなかった。世界陸連がマラソン競歩の世界記録の認定基準として設けた2時間56分30秒の更新も視野に入れていた。
だが、9月23日に行われたハーフマラソン競歩では歩型違反の判定が相次いでいた。競歩は両足が同時に地面から離れてはならず、踏み出した脚は地面に着いてから体の真下を通るまで膝を曲げてはいけない。違反と判断されると警告が出され、マラソン競歩では3枚でペナルティーゾーンでの4分間待機、4枚で失格となる。判定の厳しさを見た勝木は、作戦を組み直した。
「大会前は世界記録も狙っていたが、ハーフの審判を見て作戦を変えました」
入りはスローペース。審判の反応を確かめながら少しずつペースを上げ、1kmを4分15秒ほどまで速めたところで自身にも警告が1枚出た。「そこからは4分20秒に落として安全運転で進めました」と明かす。結局、この日受けた警告はその1枚だけ。レース前のコンディションも万全ではなく、大会の2週間ほど前から咳が止まらなかったことも、作戦を切り替えた理由だったという。
フィニッシュ後は「応援はずっと聞こえていた。幸せな体験。本当に選手冥利に尽きる」と笑顔を見せた。前年の東京世界陸上に続く地元開催の国際大会で、2年続けて日本勢最上位の成績を残し、「2年連続で自国で国際大会が開かれましたが、日本人最高順位を取れてうれしい」と語っている。
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中距離ランナーから競歩へ、自衛隊体育学校で積み上げた経歴
勝木は1990年11月28日、福岡県大野城市生まれ。平野中、武蔵台高を経て東海大へ進んだ。高校時代は中距離の選手で、競歩を始めたのは東海大2年の2010年。長距離ブロックのマネジャーを務めながらの挑戦だった。2011年から日本学生対校選手権の1万m競歩で2連覇している。
大学卒業時は支援してくれる企業が見つからず、野球場でグッズ販売のアルバイトをしながら競技を続けた時期もある。その後、自衛隊体育学校に所属し、50km競歩を主戦場にした。
転機は2018年8月30日のジャカルタ大会。50km競歩を4時間3分30秒で制し、アジアの頂点に立った。翌2019年のドーハ世界選手権は50km競歩で27位、2021年の東京五輪も同種目で30位。世界の舞台では入賞に届かない時期が続く。
50km競歩は東京五輪を最後に世界大会の種目から外れ、主戦場は35kmへ移った。スピード強化に取り組み、歩型の乱れに苦しんだ時期もあったが、2025年9月13日の東京世界陸上男子35km競歩で2時間29分16秒の3位に入り、銅メダルを手にした。当時34歳で、日本代表男子の最年長だった。
2023年の杭州大会は長距離の個人種目がなく、男女混合の団体で争われた。勝木はこの種目で銀メダルとなった日本チームに名を連ねている。
新種目マラソン競歩で続く勝利
世界陸連は2026年から、国際大会の競歩の距離を20kmと35kmからハーフマラソン(21.0975km)とマラソン(42.195km)に切り替えた。勝木はこの新しい距離にいち早く対応している。
2025年10月26日の全日本競歩高畠大会では、この大会で新設された男子マラソン競歩を2時間55分28秒で制した。世界記録の認定基準を上回るタイムだったが、新種目の認定開始前だったため公認されていない。
2026年4月12日にブラジル・ブラジリアで開かれた世界競歩チーム選手権では、初めて行われた男子マラソン競歩を3時間4分58秒で制し、初代王者となった。岩井和也が3位、石田昴が9位に入った日本は団体でも頂点に立った。名古屋での優勝は、その流れを受けた結果だった。
距離が35kmから7km以上延びたことについて、勝木は「審判のリスクを考えると長くなった分、きつい」と話す一方、「長い方が僕は速い。なぜか分からないけど後半にどんどん加速していくタイプ」とも口にしている。
北京世界選手権とロス五輪へ向けた課題
次の目標は2027年の北京世界選手権だ。名古屋での優勝で、2027年3月の日本選手権マラソン競歩までに世界ランキングのカテゴリーC以上の大会で派遣設定記録の2時間58分00秒を突破すれば、代表に内定する。勝木は「どんな審判が来てもノーレッドカードで行けるような技術を身につけていきたい」と、判定に左右されない歩型づくりを課題に挙げた。
一方で、2028年のロサンゼルス五輪で行われる競歩はハーフマラソン競歩だけで、マラソン競歩は五輪種目に入っていない。勝木は「五輪種目に戻したい」と語る。
8年前にアジアを制した35歳は、いまも練習のタイムが上がり続けているという。「この1年ですごく成長したと思います」。新しい距離での世界記録と五輪種目入りを目指し、勝木の挑戦は続く。
[文/構成 by スポーツライター 南條楓]








































































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