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ヒュンメルが帰国、DeNA球団が発表 横浜を“第二の故郷”と表現、加入1年目は59試合出場

ヒュンメルが帰国、DeNA球団が発表 横浜を“第二の故郷”と表現、加入1年目は59試合出場

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

DeNAは10月21日、クーパー・ヒュンメル外野手(31)が帰国したと発表した。本人は球団を通じ、横浜を「第二の故郷」と呼んで感謝を伝えている。来日1年目の今季は59試合で打率.209、5本塁打、18打点。10月24日開幕の日本シリーズを前に日本を離れた。

DeNAが10月21日に帰国を発表、日本シリーズ開幕の3日前

発表があったのは、日本シリーズ第1戦を3日後に控えた10月21日だった。DeNAはレギュラーシーズン3位からクライマックスシリーズ(CS)のセ・リーグを勝ち抜き、10月17日に日本シリーズ進出を決めている。ファイナルステージではリーグ2連覇の阪神に4連勝し、ファーストステージから負けなしの6連勝だった。ソフトバンクとの第1戦は10月24日、本拠地の横浜スタジアムで行われる。

ヒュンメルは7月1日に出場選手登録を外れ、それ以降は一軍の試合に出ていない。シーズン後半はファームで過ごした。

帰国の理由について、球団の発表は触れていない。けがや家庭の事情といった説明もなく、来季の契約についての言及もなかった。

帰国にあたって残したコメント

球団を通じて出したコメントは、次の内容だった。

「素晴らしい1年をありがとうございました!日本で過ごす時間がとても楽しかったです。ベイスターズのファンの皆さんは世界トップクラスだと思いますし、そんなファンの皆さんに毎日大きな声援をいただきながらプレーできたことは、本当に素晴らしい経験でした!横浜を第二の故郷と呼べることを幸せに思いますし、これからも横浜という地は自分にとって大切な場所になると思います」

感謝の言葉から始まり、ファンへの評価、横浜への思いへと続く。成績や去就には触れず、1年を過ごした街とスタンドへの言葉でまとめた。

来日1年目は59試合で打率.209、5本塁打

日本野球機構(NPB)の記録によると、今季の成績は次のとおりだった。

項目2026年(横浜DeNA)
試合59
打数129
安打27
本塁打5
打点18
四球15
打率.209
出塁率.304
長打率.364

右投げ両打ちの外野手として、春先から一軍で出場を重ねた。ところが、来日1号までは少し回り道をしている。

4月8日の中日戦では、打球がいったん本塁打と判定されたものの、審判団の協議でファウルに変わった。ヒュンメルは怒りをあらわにした。リクエストでも判定は覆らず、相川亮二監督が球審に詰め寄る場面もあったが、幻の1号に終わった。

待望の1号が出たのは、その4日後の4月12日、横浜スタジアムでの広島戦だった。4点を追う4回、床田寛樹からバックスクリーン左へソロを運び、「とにかくスタンドに入ってくれてうれしい!」と喜んだ。この試合はDeNAが勝っている。

4月30日の中日戦(バンテリンドーム)では、2回に第2号ソロを放つと、2対2の7回にはライトへ勝ち越しの2点適時打。9回にも二塁打を加え、3安打3打点でチームの6対2の勝利に貢献した。2日後の5月2日のヤクルト戦(神宮)では、2点を追う6回に田口麗斗から逆転の第3号3ランを放ったが、チームは9回にサヨナラ負けを喫した。

ただ、打率は.209にとどまり、レギュラーの座はつかめなかった。入団会見で自分の強みに挙げたのは「出塁率の高さ」で、マイナーでは4割を超える出塁率を残したシーズンもあった。日本での出塁率は.304と、その数字には届いていない。

幼少期を東京で過ごし、日本でのプレーは長年の願い

ヒュンメルは1994年11月28日生まれ、アメリカ出身。ポートランド大から2016年にブルワーズ傘下でプロ生活を始め、2022年にダイヤモンドバックスでメジャーデビューした。その後はマリナーズ、アストロズ、オリオールズなどを渡り歩き、メジャー通算は119試合で6本塁打。DeNAは2025年12月20日に、2026年シーズンの契約で合意したと発表している。

来日直前の2025年は、所属が目まぐるしく変わった1年だった。ヤンキース傘下の3Aで始まり、オリオールズで1試合、アストロズで36試合に出場。アストロズでは打率.172、3本塁打にとどまった一方、シーズン終盤に在籍したレイズ傘下の3Aダーラムでは28試合で11本塁打、打率.312を記録している。その翌シーズンに、活躍の場を日本へ移した。

日本とのつながりは、子どものころまでさかのぼる。1月28日の入団会見では、最初のあいさつを日本語で述べたうえで「幼少期に2年間ほど日本で過ごしており、そのときから日本が大好きでした」と明かした。「いつかプロ野球選手として日本に戻ってきたいという思いがあった」とも話している。

4月に公開されたインタビューで本人が語ったところでは、7歳のときに父親の仕事の都合で東京・代官山に移り住み、翌年に府中市へ転居。地元のリトルリーグ「武蔵府中」に入り、本格的に野球を始めた。同じチーム出身でプロになった選手として、茂木栄五郎、横尾俊建の名前を挙げ、3人が一緒に写った写真をインターネットで見つけて鳥肌が立ったというエピソードも語っている。

子どものころに暮らした国で、プロとしてプレーする。帰国コメントにある「第二の故郷」という言葉は、こうした経緯から出てきたものだ。

グラウンドの外での活動もあった。9月7日には、球団の社会貢献活動「BAY BLUE BATON PROJECT」の一環で神奈川県立こども医療センターを訪れ、入院中の子どもたち23人と交流した。グッズを手渡し、一緒に写真に収まっている。ヒュンメルは「子どもたちと直接ふれあい、一緒に時間を過ごすことができたことをとてもうれしく思います」と話し、参加した子どもからは「プロ野球選手に会えて元気をもらえました」との感想が寄せられた。

日本シリーズの名簿には入らず、来季は未発表

NPBが10月22日に公示した日本シリーズの出場資格者名簿に、ヒュンメルの名前はない。DeNAの外野手として登録されたのは、度会隆輝、佐野恵太、神里和毅、勝又温史、梶原昂希、蝦名達夫、関根大気の7人だった。

関連記事:日本シリーズ、DeNA進出でソフトバンクと対戦 第1戦10/24はTBSが地上波中継

来季について、球団は10月22日時点で何も発表していない。残留か退団かを示す発表はなく、ヒュンメル自身もコメントで去就には触れなかった。

日本シリーズは10月24日と25日に横浜スタジアムで第1戦、第2戦を戦い、第3戦から第5戦はみずほPayPayドーム福岡に移る。第6戦、第7戦までもつれれば、10月31日と11月1日に再び横浜スタジアムで行われる。横浜を「大切な場所」と呼んだヒュンメルが去ったあと、DeNAは2024年以来2年ぶりの日本一をかけてソフトバンクに挑む。2024年の日本シリーズでも、DeNAはソフトバンクを4勝2敗で破っている。

[文/構成 by スポーツライター 高瀬翔吾]

寄稿者

高瀬翔吾
Webメディアでスポーツ、エンタメ、時事ニュースなど、累計数千本の記事制作に携わってきたスポーツ系ライター。野球分野では、プロ野球の試合結果や選手の記録をはじめ、MLB、高校野球、ドラフト、移籍、契約更改などの記事を継続的に担当。数字や公式記録を基に情報を整理する記事を得意としており、結果を伝えるだけでなく、その記録が持つ意味や、選手・球団を取り巻く背景までわかりやすく解説することを心がけている。主な執筆分野は、プロ野球、MLB、高校野球、侍ジャパン、ドラフト、移籍情報。

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