佐藤輝明が感謝「甲子園の大歓声は本当に世界一だと思うので」 ポスティング申請は11月1日から

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阪神の佐藤輝明内野手(27)が10月21日、ポスティングシステムでのメジャー挑戦を球団に認められたことを受けて報道陣の取材に応じ、球団とファンへの感謝を語った。甲子園の大歓声を「世界一」と表現し、2023年の優勝時の歓声は忘れられないと明かした。ポスティングの申請手続きは11月1日に始まる。
西宮の球団施設で語った6年間への感謝
佐藤輝は10月21日、兵庫県西宮市内の球団施設で報道陣の代表取材に応じた。
最初に口にしたのは、移籍を認めた球団への礼だ。ポスティングを容認した球団関係者に感謝を伝えたいと話し、入団した時から大切に育ててもらったことへの恩も言葉にした。
6年間で印象に残ったことを問われると、まず挙げたのはチームメートの存在だった。先輩にも後輩にも恵まれ、その関係はこの先もずっと続くと話す。続けて口にしたのが、本拠地のスタンドだった。甲子園の大歓声を「世界一」と言い切り、それが印象的だと語った。
中でも2023年の優勝の瞬間は特別だったという。阪神が18年ぶりのリーグ優勝を決め、日本シリーズも制して38年ぶりの日本一に輝いた年だ。佐藤輝はプロ3年目で、その歓声について、「ちょっと忘れられない」と明かし、自分が経験した中で一番すごかったのではないかと振り返った。
ファンへの思いも隠さなかった。結果が出た時も出なかった時もスタンドから声援が届き、グラウンドに立つたびに力になったという。この6年間を「ファンの方に育てていただいた」と表現し、心からの感謝を伝えた。
CS敗退の翌日に球団が本人へ意向を伝えた
話は4日前にさかのぼる。阪神は10月17日、甲子園でのJERAクライマックスシリーズ・セのファイナルステージ第4戦でDeNAに5-8で敗れ、4連敗で敗退した。試合後、去就を問われた佐藤輝は「終わったばかりなので何も言えない」と話すにとどめ、嶌村聡球団本部長も「今日の時点でコメントはありません」と答えていた。
動きは早かった。球団は翌18日に容認の意向を本人へ伝え、19日に正式に発表する。会見した嶌村本部長は「この決断は球団にとっても、非常に重く、かなり難しい決断であった」と述べた。ファンの受け止めやチーム編成など、さまざまな視点から考えた末の総合的な決断だったと説明する。ポイントは、周りで支えてくれている人たちに後押ししてもらえる状況、環境になったかどうかだったという。功績については「6年間で優勝3回」と挙げ、今季の三冠王を含む成績を高く評価して、球団としての感謝も口にした。佐藤輝は球団を通じ、自分の思いを尊重してくれた球団に感謝するとコメントを出していた。
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球団の判断には、海の向こうの日本人野手の活躍もあった。報道によると、球団は昨オフにポスティングで大リーグへ渡った村上宗隆(ホワイトソックス)や岡本和真(ブルージェイズ)の活躍で日本人野手の評価が高まったことも踏まえ、総合的に決断したという。村上は2年総額3400万ドル、岡本は4年総額6000万ドルで契約し、ともに1年目から20本塁打以上を放っている。
メジャー挑戦の希望は以前から球団に伝わっていた。2024年オフの契約交渉で将来の米大リーグ挑戦を要望し、2025年オフの交渉は長引いて、12球団で最後の契約更改となったと報じられている。海外FA権の取得は最短でも2029年、30歳を迎える年になる見込みで、早く海を渡るにはポスティングを使うほかなかった。米大手の代理人事務所と契約し、準備も進めてきた。
三冠王の数字と、甲子園で積み上げた6年
佐藤輝は兵庫県西宮市で中学・高校時代を過ごした。西宮市立甲陵中学校、仁川学院高等学校を経て近畿大学へ進んだ。高校時代は全国的には無名の存在だったが、近大で長打力を伸ばし、2020年10月のドラフト会議でオリックス、阪神、ソフトバンク、巨人の4球団から1位指名を受け、抽選で交渉権を得た阪神に入団した。甲子園球場があるのも同じ西宮市。地元の球場を本拠地に6年を過ごし、今季は集大成と言える成績を残す。
2026年は143試合に出場し、打率.306、39本塁打、106打点。NPBの公式記録で、3部門すべてがセ・リーグ1位となった。三冠王はプロ野球史上9人目で、阪神の選手では1985年、1986年に2年連続で達成したランディ・バース以来となる。本塁打は2位の森下翔太(35本)に4本差、打点は2位の大山悠輔(85打点)に21打点差をつけた。打率でも2位の増田珠(ヤクルト)を1分3厘上回っている。
前年の2025年は40本塁打、102打点で本塁打と打点の2冠を手にし、セ・リーグのMVPにも選ばれた。2年続けてリーグの主役を張り、阪神は2026年10月3日に優勝を決め、球団初のセ・リーグ連覇を果たす。一方で甲子園は、右翼から左翼へ吹く浜風が左打者の打球を押し戻す球場として知られ、佐藤輝もかねて本塁打の出にくさを口にしてきた。その本拠地で歓声を浴び続けた6年間だった。
申請は11月1日から、交渉期間は45日
ポスティングシステムは、海外FA権を持たない選手が所属球団の承諾を得て大リーグ球団と交渉できる制度で、手続きは日米の球界が結ぶ「日米間選手契約に関する協定」に沿って進む。移籍が決まれば、大リーグ球団から阪神へ譲渡金が支払われる。申請期間は毎年11月1日から12月15日まで。球団が申請し、大リーグ機構がメジャー30球団へ契約可能な選手として通知すると、その翌日から45日間が交渉期間になる。期間内に合意できなければ移籍は成立せず、選手は阪神に戻る仕組みだ。
いつ申請するのか。
阪神は具体的な申請日を明らかにしていない。11月1日に申請期間が始まり、12月15日の締め切りまでのどこかで手続きが進むことになる。大リーグ側では、現行の労使協定が米国時間12月1日(日本時間2日)に期限を迎える。申請の時期がこの節目の前になるか後になるかも、移籍市場を見るうえでの材料の一つになる。
報道によると、複数球団による争奪戦になるとの見方が出ている。2年連続でタイトルを取った長打力に加え、2桁盗塁を2度記録した走力や、外野も守れる点も評価されているという。シーズン中には大リーグ球団の関係者が視察に訪れていた。
地元・西宮の球場で歓声を背に打ってきた27歳が、次は海の向こうで勝負する。取材の最後まで、佐藤輝の言葉は感謝で占められていた。
[文/構成 by スポーツライター 高瀬翔吾]















































































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