矢野謙次巡回打撃コーチ、今季限りで巨人を退任 今オフ3人目、現役時代からの経歴を整理

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巨人は10月21日、矢野謙次巡回打撃コーチ(46)が今季限りで退任すると発表した。10月14日の李承燁(イ・スンヨプ)打撃コーチ、10月19日の実松一成バッテリーコーチに続き、今オフ3人目のコーチ退任となる。現役時代は巨人で「代打の切り札」として鳴らし、日本ハムで引退。指導者として2024年に古巣へ戻ってから、3シーズンで巨人のユニホームを脱ぐ。
10月21日に球団発表、ファームの若手を見てきた巡回コーチ
球団の発表は10月21日だった。今季の肩書は巡回打撃コーチで、背番号は80。NPBの2026年度監督・コーチ一覧では、三軍のスタッフに続けて「巡回打撃コーチ」として名前が載っている。1軍や2軍の担当を固定せず、ファームの若手打者を中心に打撃の助言を送る役割だった。
報道によると、退任は本人の申し出によるものだという。球団や矢野本人の談話は10月22日時点で伝えられておらず、次の所属先についても発表はまだない。
矢野は1980年9月21日生まれの46歳。松坂大輔と同じ1980年度生まれで、いわゆる松坂世代の一人だ。打撃コーチとして巨人に戻ったのは2024年で、2015年途中に巨人を離れてから、8年あまりを経ての復帰だった。
李承燁、実松に続く3人目 新監督未定のまま進む再編
今オフの巨人で、コーチの退任発表は短い間隔で続いた。まず10月14日、球団は1軍打撃コーチの李承燁の今季限りでの退任を発表する。5日後の10月19日には、実松一成バッテリーコーチの退任も発表された。報道によると、2人はいずれも本人の申し出による退任だった。
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3人の担当は打撃と捕手で、いずれもチームの土台にかかわる部門だ。打撃では、1軍を受け持った李に続き、ファームを巡回して若手を見てきた矢野も抜ける。後任の人事は10月22日時点で発表されていない。
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背景には、チームの体制そのものが固まっていない事情がある。巨人は5月に阿部慎之助前監督が辞任し、5月26日からは橋上秀樹オフェンスチーフコーチが監督代行として指揮を執った。レギュラーシーズンは76勝64敗3分けのセ・リーグ2位で終えたものの、東京ドームでのクライマックスシリーズ・ファーストステージで3位DeNAに2連敗し、10月11日に敗退が決まった。
報道によると、橋上監督代行は退任の見通しで、後任の候補には高橋由伸元監督、松井秀喜氏、川相昌弘ディフェンスチーフコーチらの名前が挙がる。ただ、球団は10月22日時点で新監督を発表していない。10月22日のドラフト会議にも監督不在で臨み、1位で米球界への挑戦を表明していた横浜高の織田翔希投手を単独で指名した。巨人の本指名は6人だった。
2002年ドラフト6巡目、「代打の神様」と呼ばれた巨人時代
選手としての出発点は、国学院久我山高から進んだ国学院大だった。2002年のドラフト会議で巨人から6巡目で指名を受け、2003年に入団する。1年目は3試合の出場にとどまったが、3年目の2005年に85試合へ出番を増やし、打率2割8分1厘、7本塁打を記録した。
レギュラー定着まであと一歩、という時期にけがが重なる。本人は引退後のインタビューで、もう少しのところでけがをすることが多かったと明かしている。2007年ごろからは代打での起用が増え、ここで勝負強さが光った。
忘れられない一打がある。2007年5月31日、東京ドームでのソフトバンク戦だ。0-3の7回、1死満塁で原辰徳監督は代打に左の清水隆行を送ったが、相手が左腕の篠原貴行を投入すると、右打者の矢野を代打の代打として打席へ送る。矢野は篠原の直球を左翼席へ運び、試合をひっくり返す満塁本塁打。報道によると、代打の代打による逆転満塁弾は球団史上初めてだった。
代打の切り札としての評価が固まったのは2013年だ。この年は90試合に出場し、代打では53打数19安打、打率3割5分8厘を残した。シーズン19本の代打安打は球団の新記録で、原監督からは「代打の神様」と評された。巨人での13シーズンで、通算出場は622試合を数える。
2015年途中に日本ハムへ、「ファイターズ最高」で幕
転機は2015年6月に訪れる。巨人と日本ハムの交換トレードで、矢野は須永英輝とともに日本ハムへ移り、巨人には矢貫俊之と北篤が加わった。巨人一筋13年目の途中で決まった移籍だった。
新天地でのスタートは鮮やかだった。移籍後の初出場で「6番・指名打者」として先発し、3安打を放って勝利に貢献する。日本ハムでも代打の切り札を任され、2016年にはチームが日本一になったシーズンを一員として戦った。
2018年9月28日、日本ハムは矢野の今季限りでの引退を発表した。引退試合となった10月10日のロッテ戦(札幌ドーム)では、7回2死一塁で代打として登場し、カウント1-2からの7球目を左前へ運ぶ。現役最後の打席を安打で終えた。試合後のセレモニーでは中田翔、大田泰示、西川遥輝から花束を受け取り、仲間の手で10度宙に舞った。最後は「ファイターズ最高」と叫び、16年の現役生活に区切りを付けた。
通算成績は759試合で打率2割6分2厘、29本塁打、153打点。数字だけ見れば控えの選手だが、代打の一振りで試合を動かす役割を長く担い続けた。
指導者として日本ハムから巨人へ、引退後の歩み
引退後は日本ハムに残り、指導者の道へ進んだ。2019年はチーム統轄本部の特命コーチとして、米大リーグのレンジャーズへのコーチ留学も経験している。その後の歩みは次のとおりだ。
| 年 | 球団 | 役職 |
|---|---|---|
| 2019年 | 日本ハム | チーム統轄本部特命コーチ |
| 2020年 | 日本ハム | 外野守備コーチ兼打撃コーチ補佐 |
| 2021〜2022年 | 日本ハム | ファーム打撃コーチ |
| 2023年 | 日本ハム | スカウト |
| 2024年 | 巨人 | 1軍打撃コーチ |
| 2025年 | 巨人 | 二軍打撃チーフコーチ |
| 2026年 | 巨人 | 巡回打撃コーチ |
日本ハムでは2022年限りでコーチを退き、2023年はスカウトとしてアマチュア選手を見て回った。同年10月27日、巨人は矢野の1軍打撃コーチ就任を発表する。現役時代にともに戦った阿部慎之助が新監督に就任したオフで、矢野にとっては8年ぶりの古巣復帰だった。
巨人での3シーズンは、1年ごとに持ち場が変わった。1年目は1軍の打撃コーチ、2年目は2軍の打撃チーフコーチ、そして3年目の今季は巡回打撃コーチとして、ファームの若手に助言を送り続けた。
惜しむファン、新体制の発表を待つ首脳陣
退任の発表を受け、SNSでは寂しさを口にするファンの投稿が相次いだ。コーチとして親身に選手に寄り添う姿を挙げ、別れを惜しむ投稿もあった。今オフはコーチの退任が続いているだけに、来季の首脳陣の顔ぶれを気にする声もある。
10月22日時点で、巨人は新監督も後任の打撃コーチも発表していない。李、実松、矢野と3人が抜けた打撃と捕手の部門を、誰がどう埋めるのか。来季の体制は、新監督の決定とともに形になる。
[文/構成 by スポーツライター 高瀬翔吾]










































































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