MediaDogs

新着記事

パチンコライターのモデル・オノさん死去、がんのため 『パチンコ必勝ガイド』で1994年から活躍、亡くなる8日前のXに「皆に幸あれ!」

パチンコライターのモデル・オノさん死去、がんのため 『パチンコ必勝ガイド』で1994年から活躍、亡くなる8日前のXに「皆に幸あれ!」

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

パチンコ情報誌「パチンコ必勝ガイド」で1994年から執筆を続けてきたパチンコライターのモデル・オノさんが、10月19日にがんのため亡くなった。同誌編集部が21日夜、公式Xで明らかにした。編集部の発表では、年齢や本名は明らかにされていない。オノさんは亡くなる8日前の11日、自身のXに仲間への感謝と「皆に幸あれ!」という言葉を残していた。

必勝ガイド編集部が21日夜に公式Xで発表

訃報を伝えたのは、ガイドワークスが発行する「パチンコ必勝ガイド」の編集部だった。21日午後7時47分に公式Xを更新し、1994年から同誌で活躍してきたオノさんが、10月19日にがんで亡くなったと発表した。

投稿の中で編集部は、オノさんが長く誌面を支え、読者に親しまれてきたことに触れ、「編集部一同、心より感謝申し上げます」とつづっている。結びは哀悼と冥福を祈る言葉で、通夜や葬儀の日程についての記載はなかった。

一夜明けた22日には、日刊スポーツもこの訃報を報じた。享年や闘病の経過など、発表に含まれていない事柄について、編集部は現時点で明らかにしていない。

1994年から30年余り、誌面で書き続けた

パチンコライターは、新台の特徴や実戦の様子を、雑誌や動画を通じてファンに伝える書き手だ。オノさんは「モデル・オノ」の名前で活動し、同誌に登場した1994年から今年まで、その歩みは30年を超える。

晩年まで現役だった。「パチンコ必勝ガイド」のコラムの欄には、オノさんの連載「白鯨日記」が長く並んできた。2026年9月7日に発売された10月号の目次にも、その名前がある。

続く10月7日発売の11月号では、目次の「白鯨日記」に「執筆者体調不良のため休載」と添えられた。亡くなるひと月余り前に出た号まで、オノさんはいつもの連載で読者の前に立っていたことになる。

亡くなる8日前、Xに「皆に幸あれ!」

10月11日午後1時42分、オノさんは自身のXにこう投稿していた。

この世界で生きたいと決めた時のことから書き起こし、世話になった人の名前を一人ずつ挙げて感謝を伝える。「もっと飲みたかった!」と友人への思いも添え、最後は「皆に幸あれ!」で締めくくった。

投稿の8日後、オノさんは亡くなった。

同誌のライター仲間も追悼

訃報を受け、同じ「パチンコ必勝ガイド」で活動するパチンコライターでタレントの湯川舞(36)も、自身のXで追悼した。

日刊スポーツによると、湯川は少し前に会ったときはまだ元気だったこと、一緒に飲みに行くと止まらなくなる人だったことを明かし、もう会えない悲しみをつづっている。

30年余りにわたる誌面の仕事と、晩年まで続けた連載。編集部の発表は「心よりご冥福をお祈りいたします」の言葉で結ばれている。

[文/構成 by 小川 そら]

寄稿者

小川 そら
人物ニュース・芸能・スポーツ・社会の話題を担当しています。記事を書くときに決めているのは、確認できていないことを書かないことと、報道の表現をそのまま強めないこと。経歴や活動歴は時系列で整理し、「いつ・何があったか」がすぐ追える形にまとめています。休日はドラマの一気見と、近所の喫茶店めぐりで過ごすことが多いです。

コメントはこちら

*
*
* (公開されません)

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

エンタメ

More

スポーツ

晴れた日の野球場のマウンドに置かれた硬式野球ボール

米沢友翔、能登半島地震で「珠洲に残る」と言った長男に両親は「大阪へ戻って野球をし...

石川県珠洲市出身、関西大の左腕・米沢友翔。大学1年の正月に能登半島地震に遭い「珠洲に残る」と伝えた長男に、両親は「大阪へ戻って野球をしなさい」と背中を押した。左肘のけがを越え、54年ぶりの日本一で最高殊勲選手賞。ドラフト1位候補の原点をたど...
More

ライフハック/実用

More

グルメ

More

社会/ニュース

More
Return Top