辛島航が35歳で現役引退 今季1軍登板なし、飯塚高からドラフト6位で入団した18年の成績

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楽天は9月23日、辛島航投手(35)が今季限りで現役を引退すると発表した。2008年ドラフト6位で福岡・飯塚高から入団し、楽天ひと筋18年。通算210試合で56勝74敗、防御率4.01を残した左腕は、2013年のリーグ優勝と日本一を知る最後の在籍選手だった。18年目の今季は、9月22日の時点で1軍での登板がなかった。
楽天が9月23日に発表、13年の日本一を知る最後の一人
辛島航投手の引退を、東北楽天ゴールデンイーグルスは9月23日に公式サイトで発表した。発表時点の通算成績は210試合登板、56勝74敗2セーブ10ホールド、防御率4.01。投球回は1006回2/3に達している。
18年目の今季は、9月22日の時点で1軍のマウンドに一度も立っていない。2025年は開幕ローテーションに入りながら2試合で0勝2敗に終わり、同年10月に左肘関節のクリーニング手術を受ける。今季はファーム・リーグで先発3試合を含む9試合に登板し、3勝1敗、防御率3.67と数字を残したものの、1軍昇格には至らなかった。
背番号58がユニホームを脱ぐ。球団初のリーグ優勝と日本一を味わった2013年のメンバーで、まだ楽天に残っていたのは辛島だけだった。
引退会見の日程は、9月23日の発表時点で決まっていない。引退試合やセレモニーの案内も、発表の時点ではなかった。
飯塚高を初の甲子園へ、ドラフト6位からの出発
福岡県出身。飯塚高では3年夏にエースとして福岡大会を勝ち抜き、学校にとって初めての甲子園出場をもたらした。勝ち上がる途中では、強豪の九州国際大付を破っている。甲子園は初戦で敗れたが、その年の秋、2008年のドラフト会議で楽天から6位指名を受けた。
もとは左右どちらでも投げていたという。サンケイスポーツによると、少年時代に母方の祖父から左投げ用のグラブを買い与えられ、「左で投げろ」と言われたのが左腕としての始まりだった。
173センチ、72キロ。プロの投手としては小柄な部類に入る。速球で押すタイプではなく、緩い球を巧みに交ぜて緩急をつける投球で、主に先発として生き残ってきた。
プロ1年目の2009年8月13日、本拠地でのソフトバンク戦で救援として初登板する。2年目の2010年は12試合で5ホールドを記録したが、3年目の2011年は1軍登板なしに終わった。
転機は4年目に訪れた。
2012年5月1日、西武ドームでの西武戦がプロ初先発。6回2/3を2安打1失点にまとめ、4-3の勝利でプロ初勝利を手にした。同じ月の16日にはマツダスタジアムの広島戦で8回1/3を1安打無失点。サンケイスポーツによると、試合後に当時の星野仙一監督から尻を蹴られ、「最後まで投げ切れ!」と怒鳴られたという。辛島は「そこそこ投げて、蹴りを食らったのは初めて」と当時を懐かしんでいる。この年は16試合に登板して8勝5敗、防御率2.53。先発ローテーションに定着する足がかりになった。
日本シリーズ第5戦の5回無失点、球団左腕最多の56勝
2013年は11試合で3勝4敗、防御率4.42。シーズンの数字は目立たないが、日本シリーズで大仕事を任された。10月31日、東京ドームでの巨人との第5戦に先発し、5回を1安打無失点、75球で後続に託す。試合は延長10回の末に4-2で楽天が勝ち、日本一へ王手をかけた。勝ち投手は2番手の則本昂大。田中将大らとともに戦ったこのシリーズで、楽天は球団初の日本一をつかむ。
翌2014年は25試合に登板し、自身初めて規定投球回に届いた。9月7日のロッテ戦(QVCマリン)では9回2安打無失点でプロ初完封。13敗を喫した一方、防御率3.79で154回1/3を投げ抜き、1年間ローテーションを守った。
2017年は8勝8敗の五分。2019年は27試合に登板し、自己最多の9勝を記録した。この年は救援でも起用され、2ホールドを挙げている。
けがとの戦いも長かった。2021年は春に左肘の手術を受け、1軍登板なし。それでも2022年に17試合で6勝4敗、防御率3.40と盛り返し、球団の生え抜き左腕として初めて通算50勝に届いた。同じ年に国内FA権を取ったが、行使せずに楽天へ残っている。
2024年は肩の故障で1軍登板がなく、2025年も2試合だけ。通算56勝は、球団の左投手として歴代最多の数字だ。
NPB公式記録による18年間の年度別成績は次のとおり。1軍登板のなかった2011年、2021年、2024年、2026年も含めて並べた。
| 年度 | 登板 | 勝 | 敗 | S | H | 投球回 | 奪三振 | 防御率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 2 | 9.00 |
| 2010 | 12 | 0 | 1 | 0 | 5 | 12 2/3 | 11 | 4.97 |
| 2011 | 1軍登板なし | – | – | – | – | – | – | – |
| 2012 | 16 | 8 | 5 | 0 | 0 | 103 1/3 | 79 | 2.53 |
| 2013 | 11 | 3 | 4 | 0 | 1 | 59 | 45 | 4.42 |
| 2014 | 25 | 8 | 13 | 0 | 0 | 154 1/3 | 99 | 3.79 |
| 2015 | 14 | 5 | 7 | 0 | 0 | 76 2/3 | 56 | 4.58 |
| 2016 | 13 | 3 | 7 | 0 | 0 | 72 | 48 | 3.88 |
| 2017 | 19 | 8 | 8 | 0 | 0 | 103 | 74 | 4.19 |
| 2018 | 23 | 4 | 9 | 1 | 0 | 117 2/3 | 99 | 4.05 |
| 2019 | 27 | 9 | 6 | 0 | 2 | 117 1/3 | 84 | 4.14 |
| 2020 | 19 | 1 | 3 | 1 | 2 | 38 1/3 | 26 | 4.93 |
| 2021 | 1軍登板なし | – | – | – | – | – | – | – |
| 2022 | 17 | 6 | 4 | 0 | 0 | 90 | 53 | 3.40 |
| 2023 | 10 | 1 | 5 | 0 | 0 | 51 1/3 | 24 | 4.56 |
| 2024 | 1軍登板なし | – | – | – | – | – | – | – |
| 2025 | 2 | 0 | 2 | 0 | 0 | 6 | 1 | 10.50 |
| 2026 | 1軍登板なし | – | – | – | – | – | – | – |
| 通算 | 210 | 56 | 74 | 2 | 10 | 1006 2/3 | 701 | 4.01 |
※2026年は9月22日終了時点。
白星が最も多かったのは2019年の9勝で、2桁勝利には届かなかった。それでも8勝以上を4度記録し、100イニング以上を投げたシーズンは5度ある。規定投球回に届いたのは2014年の1度だけ。2012年の防御率2.53は、18年間で最も良い数字だった。
同じ2008年ドラフトの中島卓也も今季限り
9月には、同じ福岡県出身で、2008年のドラフト5位で日本ハムに入った中島卓也(35)も今季限りでの引退を発表している。高校から直接プロの世界に入り、一つの球団で18年。辛島と重なる歩みだ。
関連記事:中島卓也、日本ハム一筋18年で今季限り引退へ 走攻守で愛された内野手の経歴と日本一の記憶
2013年の日本一メンバーを見渡すと、田中将大と則本昂大は巨人に移って今も現役を続け、田中は9月19日に日米通算204勝に到達した。一方、楽天のユニホームを着たまま残っていた最後の一人が、ここで区切りをつける。
関連記事:田中将大、日米通算204勝で歴代単独2位 黒田博樹を抜く、5月1日以来141日ぶりの白星
楽天は9月23日時点で公式戦を残しており、本人の口から18年間の思いが語られるのは、日程が決まる引退会見の場になる。10月18日に36歳の誕生日を迎える左腕の、最後のマウンドがあるのかどうか。球団の発表を待ちたい。
[文/構成 by スポーツライター 高瀬翔吾]








































































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