MediaDogs

新着記事

三笠杉彦GMの経歴 釜石南高校から東大ラグビー部、日本テレコムを経てホークスへ 東浜巨の無償トレードを説明

三笠杉彦GMの経歴 釜石南高校から東大ラグビー部、日本テレコムを経てホークスへ 東浜巨の無償トレードを説明

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

ソフトバンクの三笠杉彦GM(52)は岩手県釜石市の出身。釜石南高校でラグビーを始め、東京大学でもプレーした。日本テレコム(現ソフトバンク)で営業や人事、財務を経験し、2008年にホークスへ移って2019年からGMを務める。11月6日、東浜巨の広島への無償トレードについて経緯を説明した。

三笠杉彦GMの経歴 ラグビーの町・釜石で育つ

三笠杉彦は1974年、岩手県釜石市に生まれた。日本選手権7連覇で知られる新日鉄釜石ラグビー部のおひざ元で、家庭もラグビーと縁が深かった。

本人が日本経済新聞のコラム「交遊抄」(2022年9月22日)に寄せた文章によると、三笠が生まれた1974年の春、明治大学を卒業した森重隆さんが新日鉄釜石ラグビー部に入った。部長を務めていたのは三笠の父だった。6人きょうだいの末っ子で、両親の手が回らないなか、遊び相手になってくれたのが森さんだったという。森さんはのちに日本ラグビーフットボール協会の会長を務め、コラム掲載時は名誉会長。三笠は森さんを「強くて格好いいお兄さん」と振り返っている。

競技を始めたのは岩手県立釜石南高等学校に入ってからだ。同校は2008年に釜石北高校と統合し、いまは岩手県立釜石高等学校になっている。釜石のラグビーを支える団体「スクラム釜石」のメンバー紹介には、三笠の名前が「釡石南高校/東京大学ラグビー部OB。元東京大学ラグビー部監督」の肩書とともに載る。

東大ラグビー部から日本テレコムへ MBAも取得

高校卒業後は東京大学に進み、ラグビー部でプレーを続けた。卒業したのは教養学部だ。

社会人の一歩目は日本テレコム(現ソフトバンク)。ラジオ番組「PRESIDENT STATION TOKYO」(2024年10月20日放送回)のゲストプロフィールによると、同社では営業、人事、財務、経営企画などを経験した。イギリスのカーディフ大学大学院に留学し、カーディフ・ビジネススクールでMBA(経営学修士)のコースを修了している。

ラグビーとの縁は社会人になっても切れなかった。母校の東京大学ラグビー部では、コーチと監督も務めた。

ホークス入社は2008年 2019年に取締役GMへ

2008年、福岡ソフトバンクホークスに入社し、球団の仕事に就いた。2015年6月時点の役員体制では、執行役員として球団統括本部の副本部長(企画担当)に名を連ねる。

2019年5月、球団が新設した取締役GMの職位に就き、球団統括本部長を兼ねる。現場の監督やコーチとは別に、チームづくりの全体を見る立場だ。

時期主な出来事
1974年岩手県釜石市に生まれる
高校時代岩手県立釜石南高等学校でラグビーを始める
大学時代東京大学ラグビー部でプレー
大学卒業後日本テレコム(現ソフトバンク)に入社
2008年福岡ソフトバンクホークスに入社
2015年6月時点執行役員・球団統括本部副本部長
2019年5月新設の取締役GMに就任(球団統括本部長を兼務)

「3つの仕事」と4軍制 GMとして語った考え

GMの仕事をどう考えているのか。

幻冬舎の雑誌「ゲーテ」のウェブ版が2025年3月に公開したインタビューで、三笠は「私の仕事は目の前の試合にどう勝つかではなく、良い環境をつくり、優秀な選手を連れてきて、優れた指導体制をつくる。この3つなのです」と語った。日々の勝ち負けに一喜一憂しないことを、フロントの人間としての意識に挙げている。

育成の仕組みにも話が及ぶ。ホークスは2011年から3軍制を敷き、2023年からは4軍制に広げた。三笠は同じインタビューで、3軍制が「とても成功をして拡大をするべきだ」と孫正義オーナーと話し合ったことが4軍新設のきっかけの一つだと明かしている。12球団すべてが育成選手を指名するようになり、他球団との差が小さくなったことも背景にあった。

選手を育てるうえで何が大事か。三笠の答えは「指導者育成」だった。アカデミーとファームのコーチが行き来する仕組みが、指導者を育てるうえで大事だという。

最近では、プロを経ずにアメリカを目指すアマチュア選手への向き合い方にも言及した。横浜高校の織田翔希が米国挑戦を表明した10月15日、デイリースポーツの取材に「ホークスだけじゃなくて球界全体で考えていくということだと思います」と話している。

GM在任中のホークス 日本一は4度

三笠がGMに就いた2019年、ホークスはリーグ2位からクライマックスシリーズを勝ち上がり、日本シリーズで巨人に4連勝して3年連続の日本一となった。翌2020年はリーグ優勝し、日本シリーズでも再び巨人に4連勝。史上初めて2年続けて日本シリーズを4連勝で制し、4年連続日本一を決めた。

2021年からの3シーズンはリーグ優勝から遠ざかる。流れが戻ったのは小久保裕紀監督が就任した2024年で、4年ぶりにリーグを制した。日本シリーズはDeNAに2連勝のあと4連敗し、日本一を逃している。

2025年はリーグ連覇を果たし、日本シリーズで阪神を4勝1敗で下して5年ぶりの日本一となった。2026年は9月17日にパ・リーグ3連覇を決め、南海時代の1966年以来60年ぶり、福岡移転後では初めての3連覇。10月28日には日本シリーズでDeNAに4連勝し、2年連続13度目の日本一を決めた。

GM就任から8シーズンで、日本一は2019年、2020年、2025年、2026年の4度になる。

東浜巨の無償トレード 三笠GMが語った経緯

日本一から9日後の11月6日、ソフトバンクは東浜巨(36)が無償トレードで広島へ移ると発表した。交換の選手も金銭も伴わない移籍だ。三笠は同日、みずほPayPayドーム福岡で取材に応じた。

東浜は2012年のドラフト1位で入団した右腕で、2017年には最多勝のタイトルに輝いた。ホークス一筋で通算76勝46敗。それでも今季は1軍での登板がなかった。

西日本新聞の「西スポWEB OTTO!」によると、三笠は「あれだけ実績のある投手だけど、今年は1軍の登板機会がなかった。選手とも相談して、プレーする機会があればということでした。無償トレードという形でご縁があって、カープと話がまとまりました」と説明した。スポーツ報知の取材には「長年ホークスに貢献してくれた投手ということで、今年も期待していましたけど」とも語っている。

もう一つの理由に挙げたのが、支配下選手の枠だった。プロ野球の支配下登録は1球団70人が上限になる。ソフトバンクの支配下選手は戦力外通告の期間を終えた時点で61人で、秋のドラフトで支配下として指名した9人が全員入団すれば、ちょうど70人に届く計算だった。

「70人枠があるので、そういう観点からもこういう形と判断しました」。三笠はそう話した。東浜の退団で、支配下選手は60人になる。

関連記事:東浜巨、ソフトバンクから広島へ無償トレード 三笠GMが語った理由は「登板機会」 FA残留後の年俸推移と通算76勝の成績

東浜はプロ15年目のシーズンを広島で迎える。釜石のラグビー少年から通信会社の会社員を経て球団の中枢に立った三笠は、日本一の直後に、長く投手陣を支えた右腕を送り出す判断を下した。

[文/構成 by ライター 飯田タツヤ]

寄稿者

飯田タツヤ
時事ニュースを中心に、社会の動きから芸能・スポーツの話題まで幅広く書いているWebライターの飯田です。ライター歴は6年。心がけているのは、発表や報道で確認できたことと、まだ分かっていないことを分けて書くこと。「何が起きて、暮らしにどう関わるのか」を最初に整理しています。休日はラジオを流しながらの散歩とサウナ。

コメントはこちら

*
*
* (公開されません)

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

エンタメ

More

スポーツ

More

ライフハック/実用

More

グルメ

More

社会/ニュース

More

ファッション/ビューティー

More
Return Top