佐藤航太、インスタグラムで現役引退を発表 元ソフトバンク育成、ウエスタン月間MVPの経歴も

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福岡ソフトバンクホークスの育成選手だった佐藤航太外野手(22)が10月31日、自身のインスタグラムで現役引退を発表した。10月26日に球団から来季の契約を結ばないと通告を受けてから5日後の決断となった。2024年8月にはウエスタン・リーグの月間MVPに選ばれた外野手で、プロ4年間で一軍出場はなかった。
戦力外通告から5日、インスタグラムで引退を報告
佐藤は10月31日にインスタグラムを更新し、「小学3年生から続けてきた野球を引退することに決めました」とつづった。続けて「次の人生に向けてこれからも日々頑張っていきたいと思いますので応援よろしくお願いします!」と書き、最後にファンへ「4年間お世話になりました。応援ありがとうございました!」と感謝を伝えている。
小学3年生で始めた野球に、22歳で自ら区切りをつけた。
投稿で引退後の具体的な進路には触れていない。「次の人生」が何を指すのかも、本人は明かしていない。
10月26日の通告直後は「五分五分」と迷っていた
時計の針を5日前に戻す。
佐藤は10月26日、本拠地のみずほPayPayドームで球団から来季の契約を結ばないと告げられた。通告のあと報道陣の取材に応じ、「今のところ野球を続けるか引退するか五分五分なので」と胸の内を明かし、現役を続けるか引退するかを1週間ほど考えたいと話していた。
答えが出たのは、通告から5日後の10月31日。選んだのはユニホームを脱ぐ道だった。
ソフトバンクは同じ10月26日、支配下と育成を合わせて14人に来季の契約を結ばないと伝えている。内訳は支配下が岩井俊介、安德駿、中村稔弥、相良雅斗、木村大成、秋広優人の6人、育成が佐藤を含む8人。北海高校出身の左腕・木村大成も、この日に通告を受けた1人だった。
関連記事:木村大成がソフトバンクから戦力外通告、北海高出身の高卒5年目 1軍登板なしの左腕に育成再契約打診の見込み
甲子園でランニング本塁打、育成11位でプロの世界へ
佐藤は2004年4月7日生まれ、東京都出身。身長184センチの右投げ右打ちの外野手だ。中学までは東京で野球を続け、巨人の坂本勇人にあこがれて青森県八戸市の八戸学院光星高等学校へ進んだ。坂本は同校の前身、光星学院高校の出身。佐藤は地元の東京を離れ、あこがれの先輩と同じ学校を選んだ。
大舞台で名前を残したのは、3年夏の第104回全国高等学校野球選手権大会だ。2022年8月12日の2回戦、愛工大名電高校との一戦で左翼へのランニング本塁打を放つ。夏の甲子園でのランニング本塁打は2018年の第100回大会以来で、同校では前身の光星学院時代の2011年に、川上竜平も夏の甲子園でランニング本塁打を記録している。チームは一時4点をリードしながら7回に追いつかれ、延長10回にサヨナラ負け。5対6で甲子園を去った。光星の夏はここで終わったが、ランニング本塁打の記録は佐藤の名前とともに残った。
その年の10月20日、ドラフト会議でソフトバンクから育成11位で指名を受けた。ドラフトでは内野手としての指名だったが、入団後は外野手として登録され、背番号は168を背負った。
育成選手は3桁の背番号を付け、支配下登録されるまで一軍の公式戦には出られない。佐藤のプロ生活も、まずは支配下の70人枠に入ることが目標だった。
1年目の2023年5月、佐藤は内野と外野の両方を守れる選手を目指していると話し、守備について「どっちも極めて、行けってとっさに言われて守れるようにしたい」と語っている。当時はファームの非公式戦10試合で打率2割5分、盗塁はゼロ。打撃は「広角に強い打球が打てるのが持ち味だけど、対応しきれてない」と課題を口にし、走塁でも「足でも魅せることができてない」と自らに厳しい評価を下していた。
体づくりにも手を付けた。1日6食の食事を続け、体重を76キロから約4キロ増やしている。高校2年の時には、陸上短距離の桐生祥秀の動画を繰り返し見て走り方を学んだという。「今年はまず試合に出て経験を積むこと。同時に体づくりをして、来年から見違えた体で戦えるようにしたい」。1年目の佐藤は、2年目を見据えてそう話していた。
2024年8月、リーグトップの打率.382で月間MVP
プロ2年目の2024年、佐藤は結果で存在をアピールする。
NPBが選ぶ2024年8月度のスカパー!ファーム月間MVP賞で、ウエスタン・リーグの受賞者に選ばれた。8月8日の中日戦でその年初めて二軍公式戦に出場すると、8月は14試合で55打数21安打、4打点、2盗塁。打率.382はリーグトップの数字だった。NPBの選評は、同じくリーグトップの12得点を挙げ、1番打者としてチームの月間勝ち越しに大きく貢献したと評価している。
その年の二軍公式戦に8月から出始めた育成選手が、8月の1カ月でリーグトップの打率を残した。この活躍で、佐藤は将来の主砲候補として注目される存在になった。
3年目の2025年は、春季キャンプを初めて一軍にあたるA組で迎え、支配下登録を目指した。だが、キャンプ中に胃腸炎を発症して離脱する。この年は二軍で39試合に出場し、打率.200にとどまった。
4年目の2026年は、二軍の出場が9試合、打率.176、2打点にとどまった。育成選手のまま支配下登録には届かず、一軍公式戦に出場する機会はなかった。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2022年 | 夏の甲子園2回戦でランニング本塁打、 |
| 2023年 | 育成選手としてプロ1年目、 |
| 2024年 | 8月度のウエスタン・ |
| 2025年 | 春季キャンプでA組入り、 |
| 2026年 | 二軍9試合で打率.176、 |
一軍の舞台に立たないまま、4年で区切り
佐藤のプロ生活は、育成ドラフト11位という指名から始まった。支配下ではなく育成からのスタートでも、2024年8月にはファームの月間打率でリーグトップを記録し、翌春には一軍のキャンプに呼ばれるところまでたどり着いている。
ソフトバンクは三軍・四軍まで持つ大所帯で、支配下の70人枠を目指す育成選手も多い。その中でNPBの月間MVPに名を連ねた事実は、4年間の確かな足跡として残る。
インスタグラムの「4年間お世話になりました」という一文は、2023年から2026年まで背番号168で過ごした時間をそのまま指す。甲子園のランニング本塁打、育成11位での入団、ファームの月間MVP、一軍キャンプでの離脱と、短い期間に浮き沈みが詰まった4年間だった。
佐藤はインスタグラムで、ファンへの感謝と「次の人生」へ向かう思いを伝えた。引退後の進路は11月1日時点で明らかになっていない。
[文/構成 by MediaDogs編集部]










































































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