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松井秀喜氏が巨人新監督に就任へ 23日午後に会見、ヤンキースGM付特別アドバイザーとしての近年と長嶋茂雄さんとの約束

松井秀喜氏が巨人新監督に就任へ 23日午後に会見、ヤンキースGM付特別アドバイザーとしての近年と長嶋茂雄さんとの約束

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巨人OBの松井秀喜氏(52)が、巨人の新監督に就任することが10月23日、関係者への取材で分かった。同日午後に会見を開く予定だ。5月の監督辞任から代行体制が続いたチームを、恩師・長嶋茂雄さんに育てられた元4番打者が率いる。ヤンキースのGM付特別アドバイザーとして米国を拠点にしてきた松井氏の近年と、長嶋さんと交わしたという約束をまとめる。

松井秀喜氏の巨人監督就任はいつ決まった?23日午後に会見へ

報道が出たのは23日午前だった。複数の大手メディアが相次いで松井氏の就任を伝え、会見は同日午後に行われる見通しとなった。23日午前の時点で、巨人から正式な発表はまだ出ていない。契約年数やコーチ陣の顔ぶれも明らかになっていない。

巨人は5月に阿部慎之助前監督が辞任し、オフェンスチーフコーチだった橋上秀樹氏(60)が監督代行としてシーズン最後まで指揮を執った。10月11日にクライマックスシリーズのファーストステージでDeNAに敗れて今季が終わり、22日のドラフト会議も監督不在のまま迎えていた。次の監督には原辰徳氏や高橋由伸氏の名前も挙がっていたが、最終候補として残ったのが松井氏だった。

関連記事:巨人の次期監督は誰でいつ決まる?松井秀喜氏の就任が決定、10月23日午後に会見 11年前と同じ”ドラフト翌日”に決着

監督にならない理由は語られてこなかった 慎重だった本人の言葉

引退から10年以上、巨人ファンの間では「松井監督」を待つ声が消えなかった。それでも、これまで就任には至らなかった。

なぜか。

本人がその理由をはっきり口にしたことはない。監督就任について聞かれても、松井氏の答えはいつも慎重だった。2025年8月30日、高橋由伸氏とのトークショーで将来の巨人監督について問われると、「ジャイアンツの未来に自分自身が関わっても、不思議はないかな」と言葉を選んで答えている。隣の高橋氏に「監督2人制とか」と話を振り、会場の笑いを誘う場面もあった。

その3か月近く前、松井氏は別の言葉も残していた。

長嶋茂雄さんと交わした「約束」とは

2025年6月3日、長嶋茂雄さんが亡くなった。翌4日の早朝、米国から急いで帰国した松井氏は長嶋さんの自宅を弔問し、2時間以上をそこで過ごした。最後に会ったのは同じ年の1月上旬で、次女・三奈さんの計らいで2人きりの時間を持ったという。

弔問後、報道陣の前で松井氏はこう話した。

「生前、約束したこともあります。ここでは今はお話しすることはできません。その約束を果たしたいなと思います。」

約束の中身は、今も明かされていない。監督就任と結びつけて語られることは多いが、本人はその点に触れていない。23日の会見で何を語るのか、ファンの関心はそこに向かう。

松井秀喜は現在何をしていた?ヤンキースでの役職と巨人での臨時コーチ

2012年限りで現役を退いた後、松井氏が選んだ仕事場は米国だった。2015年にはヤンキースでブライアン・キャッシュマンGMを補佐する役職に就き、マイナーリーグを回って選手やコーチに助言を送ってきた。肩書きはGM付特別アドバイザーで、ニューヨークに生活の拠点を置く。

それでも、巨人とのつながりが途切れることはなかった。引退2年後の2014年に初めて臨時コーチとして宮崎キャンプに参加し、2024年には阿部監督の要請を受けて6年ぶりに臨時コーチを務めた。春季キャンプでの指導は今季で5度目になる。

活動の場は巨人の外にも広がった。今年2月には、WBCに向けた侍ジャパンの宮崎合宿を2日間訪れ、選手たちを激励しながら助言を送った。井端弘和監督の要請で実現したもので、松井氏は「初めての経験だったので非常に勉強になった」と話した。

巨人時代の松井秀喜 長嶋監督が抽選で引き当てた4番打者

松井氏は1974年6月12日、石川県生まれ。星稜高校で甲子園に4度出場し、高校通算60本塁打を放った。1992年のドラフト会議では4球団が1位で競合し、抽選を引き当てたのが当時の長嶋茂雄監督だった。

長嶋監督のもとで4番打者に育ち、巨人時代にはMVPを3度(1996年、2000年、2002年)受賞。本塁打王と打点王をそれぞれ3度、首位打者を1度手にしている。2003年にFAでヤンキースへ移り、2009年にはワールドシリーズMVPに輝いた。

エンゼルス、アスレチックス、レイズを経て、2012年限りで引退。日米通算で507本塁打を積み上げた。2013年には長嶋さんとそろって国民栄誉賞を受け、2018年1月には43歳7カ月という史上最年少で野球殿堂入りを果たした。

[文/構成 by 凪]

寄稿者

凪
凪(なぎ)です。時事ニュースからスポーツ、社会の話題まで、その日いちばん気になる出来事を短く分かりやすく整理しています。Web記事を書き始めて7年。結果や数字は公式の発表で確かめてから書き、見出しだけで誤解されない記事を心がけています。好きなものは朝のコーヒーと、深夜のスポーツ中継。

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