織田翔希、巨人が単独1位で強行指名 交渉権の期限は来年3月31日、本人は米挑戦の意思

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10月22日のプロ野球ドラフト会議で、巨人が横浜高の織田翔希投手(18)を1位で単独指名し、交渉権を獲得した。織田は15日の会見でNPBを経ずに米球界へ挑戦すると表明しており、指名後も「アメリカに挑戦する気持ちは全くぶれません」と語った。巨人が交渉できるのは来年3月31日まで。具体的な進路はまだ決まっていない。
巨人が単独1位、会場はどよめいた
ドラフト会議は10月22日午後4時50分に始まった。1巡目の入札で巨人が名前を読み上げたのは、横浜高の最速157キロ右腕・織田翔希だった。ほかに織田を1位で入札した球団はなく、抽選なしの単独指名で交渉権が確定する。
指名の瞬間、会場には大きなどよめきが起きた。織田は1週間前、NPBを経由せずに米球界へ挑戦すると表明したばかり。各球団は指名を見送るとの見方が強く、巨人も事前に1位を公表していなかった。
横浜高で中継を見守った織田は、表情を大きく変えずにモニターを見つめていたという。巨人は3位でも同校の池田聖摩内野手を指名しており、横浜高からは2人が巨人の交渉権の対象となった。
15日の会見で語った「世界一のピッチャー」
織田がアメリカ挑戦を表明したのは10月15日だった。横浜市内の同校で開いた進路会見には約90人の報道陣が集まり、織田は「自分の最終目標である世界一のピッチャー、世界で活躍するという目標に向けてアメリカの地で挑戦することに決めました」と話した。
プロ志望届を出した織田の名前は、9月17日に日本高野連の提出者一覧に載った。10月11日から14日にかけてはNPB各球団との面談に臨んでいる。会見では、高校日本代表で他国の選手から刺激を受けたことが、決断まで悩んだ理由だったとも明かした。米国の大学へ進む道も選択肢の一つで、英語を若いうちから身につけたいという考えも語っている。
福岡県北九州市出身の織田は、親元を離れて横浜高に進んだ。2年生だった2025年春のセンバツでは先発の柱として横浜の優勝に貢献し、2年春から4季連続で甲子園のマウンドに立った。今夏の神奈川大会で自己最速の157キロを記録し、高校日本代表にも選ばれている。
3年夏の甲子園では、準々決勝で花巻東を7安打10奪三振で完封し、6-0の勝利で横浜を18年ぶりの4強へ導いた。2回戦で出した156キロは大会史上最速で、この試合でも同じ156キロを計測している。準決勝は智弁和歌山に敗れたものの、9月のU18アジア選手権では台湾戦に先発。6回1失点、7奪三振の投球で日本の決勝進出に貢献し、チームは韓国に0-2で敗れて準優勝だった。
指名後に語った言葉
指名後、織田はTBSのドラフト中継に出演した。「指名していただきまして、正直びっくりしております。非常に光栄な指名をいただきましたが、会見させていただきました通り、アメリカに挑戦する気持ちは全くぶれません」と語り、米挑戦の意思を改めて示した。
中継では母からの手紙も読み上げられた。「自分の歩んだ道を決して恥ずかしく思わないでください」という言葉に、織田は「もう本当にグッときたなというふうに思っています」と答えている。これからの決断で大事にしたいことを問われると、支えてくれた人たちへの感謝を口にしたうえで「自分の気持ちを大事に決めていきたいなと思います」と話した。
横浜高の村田浩明監督は報道陣に対し、織田の意志は変わらないと説明した。強行指名については「もしかしてあるかもしれない。想定内だった」とも語っている。
巨人「決意と覚悟を持って指名」
巨人側は、織田の意思を承知したうえでの指名だったことを隠さない。水野雄仁編成本部長は「われわれも決断したというだけ。日本のプロ野球ファンの方々にお見せしたいという気持ちです」とコメントした。
榑松伸介スカウトディレクターは「織田投手もああいう決意表明をされて、われわれも決意と覚悟を持って指名させていただいた」と説明する。一方で、事前の面談について「そこで手応えがあったということではないですね」と率直に明かし、これから巨人に気持ちを向けてもらえるよう交渉していく考えを示した。
担当の斉藤スカウトは「将来は日本を代表するピッチャーとして期待」と評価を寄せている。巨人は今年、5月に阿部慎之助前監督が辞任し、監督不在のままドラフト当日を迎えていた。
斉藤宜之スカウトは横浜高のOBで、現役時代は巨人などでプレーした。巨人は今年、1位から4位まで高校生を指名。2位で大分商の平田玲翔、4位で智辯学園の杉本真滉を選び、織田を含めて高校生投手を3人そろえている。
交渉権の期限は来年3月31日
NPBの規定では、ドラフトで得た交渉権は、会議の翌年3月末日までに選手契約を結び、支配下選手として公示できなければ失われる。巨人が織田と交渉できる期限は2027年3月31日だ。
この期限には例外もある。日本野球連盟(社会人)に所属する選手は翌年1月末日まで、海外の学校に在学中の選手は翌年7月末日までと定められている。織田は横浜高に在学しているため、原則どおり3月末日が期限になる。交渉権は放棄することも、他球団へ譲ることもできない。
過去の強行指名はどうなったか
メジャー挑戦を公言した高校生を指名した例として知られるのが、2012年の大谷翔平だ。花巻東高時代にメジャー一本と表明していたが、日本ハムが1位で指名し、交渉の末に入団した。
逆の結果もある。昨年はソフトバンクが、当時米スタンフォード大に在学していた佐々木麟太郎を1位で指名したものの、佐々木は今年7月にマーリンズ入りを選び、入団には至らなかった。交渉の行方は、選手本人の意思と球団の説得の両方にかかってくる。
巨人の交渉はこれから
巨人が織田に指名あいさつに訪れる日程は、23日昼の時点で明らかになっていない。織田は米国の大学進学を含め、どの道で米球界を目指すかを今後決める考えで、巨人はその判断の前に誠意を尽くして交渉に臨むことになる。
織田は、新チームが出場する秋季関東大会が終わり次第、MLB球団との面談を始める予定だ。週明けの26日以降に面談を組む方向で、複数の球団が申し込んでいるという。
「全くぶれません」と語った18歳と、「決意と覚悟」で指名した球団。来年3月31日の期限までに、両者がどんな答えを出すのかが焦点になる。
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[文/構成 by MediaDogs編集部]









































































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