川崎菊人さん死去、52歳 宮里藍・有村智恵を育てた東北高校ゴルフ部監督

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宮城・東北高校のゴルフ部監督として宮里藍や有村智恵、原江里菜、藤本佳則らを育てた川崎菊人さんが9月21日、仙台市で亡くなった。52歳だった。関係者によると、以前から闘病を続けていた。2002年に監督となり、翌2003年から全国高校ゴルフ選手権の女子団体で5連覇。礼儀と人間づくりを軸に、宮城の高校を全国屈指の強豪へ押し上げた指導者だった。
9月21日に仙台市で死去、通夜は23日・葬儀は24日
川崎菊人さんは9月21日、宮城県仙台市で死去した。通夜は9月23日午後4時から(一般焼香は午後5時)、葬儀は9月24日午前9時30分から営まれる。会場はいずれも仙台市の仙台泉斎場清月記で、喪主は妻の亜希子さんが務める。
死因は公表されていない。関係者の話として、以前から闘病を続けていたことだけが伝えられている。
宮里藍の高校生プロ誕生、有村智恵や原江里菜のツアー優勝、藤本佳則の日本タイトル。その原点に、仙台の高校ゴルフ部があった。
コーチ就任の翌年に監督へ、女子団体5連覇の土台
川崎さんは東北福祉大学ゴルフ部を経て、2001年に母校・東北高校ゴルフ部のコーチに就任した。翌2002年に監督へ昇格し、沖縄から進学してきた宮里藍を1年生の時から見てきた。
転機は2003年だった。全国高校ゴルフ選手権の女子団体で、宮里が主将を務めたチームが同校初の優勝を飾る。この年のメンバーには1年生の有村智恵と原江里菜も名を連ねていた。以降、東北高校は2007年まで女子団体で5年連続の優勝を重ね、全国から有望な選手が集まる学校になった。
監督としての姿勢は一貫していた。礼儀やマナーなど、社会に出ても通用する人間づくりを何より重んじる。技術面では答えを押しつけず、選手が自分で考えて気づくことを大切にした。
ゴルフ専門メディアの連載インタビューでも、「プロを育てるより人間形成の場」という考えを念頭に指導していたと紹介されている。当時は東北福祉大学の女子ゴルフ部でコーチを務めており、同大学では金谷拓実らの指導にも携わった。その後、再び東北高校に戻って監督を務めていた。
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宮里藍の悔し顔に見た「いつかは同じ舞台で」
教え子の中で、川崎さんが最も印象に残る選手の一人に挙げていたのが宮里藍だった。
入学前に校内を案内した際、宮里は校内のインターナショナルスクールの生徒と英語で自然に会話していたという。入学後もシーズンオフには放課後にインターナショナルスクールへ通い、英語の授業を受けていた。後に米女子ツアーで9勝を挙げ、日本人で初めて世界ランキング1位に就く選手の、10代の素顔だった。
1年生の夏、東北高校は全国大会の女子団体で同校過去最高の2位に入った。喜ぶ先輩たちとは対照的に、宮里は悔しそうな表情を浮かべていた。川崎さんは連載インタビューでその場面を語っている。
「その表情を見たときにいつかは同じ舞台で優勝するだろうなとは思いました」
言葉どおり、2年後に宮里は主将として団体初優勝をつかむ。全国大会の宿舎では、それまで3人ずつ2部屋に分かれていた部屋割りを、宮里の発案で荷物部屋と全員が寝る部屋に分けた。6人が1部屋で寝るこの習慣は、その後も同校の伝統として続いたという。
川崎さんが最も叱った生徒は、後にルーキーイヤーで日本タイトルを取る藤本佳則だった。授業の邪魔をすることもあるやんちゃな一面を持つ一方、ゴルフには真剣だった。川崎さんは毎朝、寮まで藤本を迎えに行き、練習場へ送り届けていたと明かしている。授業の前に打ち込み、午後も夕方まで練習し、その後はジムへ。そんな毎日を監督自身が支えていた。
4連覇がかかった2006年の全国大会では、3年生で主将の菊地絵理香が最終18番で約1メートルのバーディーパットを沈め、チームの優勝を決めた。入れれば優勝、外せば2位という場面だった。入学当初はのんびりした雰囲気だった菊地が、主将として勝負強さを身につけていった過程を、川崎さんは間近で見ていた。
東北高校ゴルフ部の主な全国大会成績
川崎さんがコーチ・監督として関わった時期の、全国高校ゴルフ選手権での主な成績は次のとおり。
| 年 | 部門 | 東北高校の結果 |
|---|---|---|
| 2001年 | 女子個人 | 優勝(宮里藍、1年生) |
| 2001年 | 女子団体 | 2位(当時の同校過去最高) |
| 2002年 | 女子個人 | 優勝(宮里藍、2年連続) |
| 2003年 | 女子団体 | 優勝(同校初、主将は宮里藍) |
| 2004年 | 女子団体・女子個人 | 優勝(団体は2連覇、個人は原江里菜) |
| 2005年 | 女子団体 | 優勝(3連覇) |
| 2005年 | 男子個人・女子個人 | 優勝(男子は藤本佳則、女子は森桜子) |
| 2006年 | 女子団体 | 優勝(4連覇、主将は菊地絵理香) |
| 2006年 | 女子個人 | 優勝(菊地絵理香) |
| 2007年 | 女子団体 | 優勝(5連覇) |
| 2007年 | 男子個人 | 優勝(森本雄) |
2005年は男子と女子の個人戦を東北高校の選手がそろって制した。同じ高校の男女が個人戦で同時に優勝したのは、大会の歴史でこの年だけだと連載では紹介されている。
恩師・阿部靖彦監督「大きな貢献をしてもらったことに感謝」
大学時代の恩師で、東北福祉大学ゴルフ部を率いる阿部靖彦監督は、訃報を受けて次のように故人をしのんだ。
「自分より若い人を見送るのは辛いですね。きょう会いましたけど、いい顔をしていました。宮里や江里菜、有村らを育てて連覇をして、大学では女子の選手を見てもらいました。大きな貢献をしてもらったことに感謝しています」
多くの教え子を送り出してきた指導者を、今度は大学時代の師が見送ることになった。
東北高校から巣立った選手たちは、今もそれぞれの立場でゴルフに関わり続けている。高校3年間で社会に通用する人間を育てるという方針のもと、川崎さんが仙台で積み上げた20年余りの指導は、その一人ひとりの歩みに受け継がれている。
[文/構成 by スポーツライター 久遠(KUON)]









































































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