アントネッリ、20歳68日でF1史上最年少王者 メキシコGP3位で決定、ベッテルの記録を更新

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
メルセデスのキミ・アントネッリ(イタリア)が、現地時間11月1日(日本時間11月2日)のF1第19戦メキシコシティGP決勝で3位に入り、2026年のドライバーズタイトルを決めた。20歳68日での戴冠はF1史上最年少で、2010年にセバスチャン・ベッテルが記録した23歳134日を3年以上縮めた。残りは4戦。イタリア人の王者は1953年のアルベルト・アスカリ以来、73年ぶりとなった。
4番グリッドから3位、9位以内で決まる条件をクリア
決勝はメキシコシティのアウトドローモ・エルマノス・ロドリゲスで、現地時間11月1日14時(日本時間11月2日5時)にスタートした。71周のレースを制したのはレッドブルのマックス・フェルスタッペンで、フェラーリのルイス・ハミルトンが0.799秒差の2位。アントネッリは優勝から4.006秒遅れの3位でチェッカーを受けた。
アントネッリがこの週末にタイトルを決める条件は、ハミルトンやチームメイトのジョージ・ラッセルの順位に関係なく、9位以内でゴールすることだった。決勝のスタート位置は4番グリッド。ポールポジションはハミルトン、2番手はラッセルが占めた。
レースは序盤から荒れた。スタート直後、ハミルトンとシャルル・ルクレールのフェラーリ勢が並んで1コーナーへ飛び込み、ルクレールは4コーナーで芝生を横切って首位に立ったことで5秒加算のペナルティを受ける。2番グリッドのラッセルはエネルギーの放出(デプロイメント)に問題が出て出遅れ、アイザック・ハジャー(レッドブル)との接触で10秒加算のペナルティも科された。
アントネッリは混乱に巻き込まれず、序盤はルクレール、フェルスタッペン、ハミルトンに続く位置で周回を重ねた。上位勢がタイヤ交換を済ませた後は、まだピットに入っていないアントネッリがコース上の先頭を走った。43周目にタイヤ交換を済ませた直後、キャデラックのバルテリ・ボッタスがサスペンションの故障で大クラッシュを喫してセーフティカーが入り、作戦面では運に恵まれなかった。レースはバリア修復のため赤旗で中断。残り26周でスタンディングスタートからの再開を迎えると、アントネッリは1コーナーでルクレールのインを突き、表彰台圏内へ浮上する。
終盤には、オスカー・ピアストリ(マクラーレン)とアービッド・リンドブラッド(レーシングブルズ)の接触で再びセーフティカーが出た。再開後もアントネッリは3番手を守り切り、表彰台の一角でシーズンの決着をつけた。
決勝後には、ピアストリに10秒、アルピーヌのピエール・ガスリーに30秒、フランコ・コラピントに10秒のペナルティが科され、中位の順位が入れ替わった。ガスリーとコラピントは黄旗区間で減速しなかったことが理由だった。上位3人の順位は変わっていない。
ポイント差は119、4戦を残して数字の上で確定
F1公式サイトのドライバーズランキングでは、メキシコシティGP終了時点(全23戦中19戦終了)でアントネッリが380点。2位はこの日の勝者フェルスタッペンの261点で、その差は119点に広がった。3位ハミルトンは259点、4位ラッセルは250点と続く。
残るのはブラジル、ラスベガス、カタール、アブダビの4戦だ。19戦目でタイトルが決まったのは、アントネッリがシーズンを通して安定してポイントを積み上げた結果だった。
19戦の内訳を見ると、優勝9回、2位3回、3位4回で、表彰台は計16回。表彰台を逃したのは、リタイアに終わったバルセロナ・カタルーニャGP、15位のイギリスGP、5位のアゼルバイジャンGPの3戦だけだった。
| 結果 | 回数 | 該当するグランプリ |
|---|---|---|
| 優勝 | 9回 | 中国、 |
| 2位 | 3回 | オーストラリア、 |
| 3位 | 4回 | オーストリア、 |
| 表彰台外 | 3回 | バルセロナ・ |
春先の中国GPと日本GPで連勝し、3月の時点で史上最年少のポイントリーダーになった。そこからマイアミ、カナダ、モナコと勝ち続け、開幕から6戦で5勝。6月のバルセロナ・カタルーニャGPから7月初めのイギリスGPにかけて足踏みしたものの、7月のベルギーGPで流れを引き戻すと、9月にはイタリアGPとスペインGPを連勝し、10月25日のアメリカGPで今季9勝目を挙げてメキシコに乗り込んだ。
関連記事:F1ベルギーGP、アントネッリが優勝 ルクレール2位・フェルスタッペン3位の結果と順位
ベッテルの23歳134日を3年以上更新
アントネッリは2006年8月25日、イタリアのボローニャ生まれ。決勝の行われた11月1日(現地日付)で、ちょうど20歳68日だった。これまでの最年少王者は、レッドブル時代のベッテルが2010年の最終戦アブダビGPで逆転して決めた23歳134日。15年以上破られなかった記録を、一気に3年以上縮めた。
| 順位 | ドライバー | 戴冠時の年齢 | 年 |
|---|---|---|---|
| 1 | キミ・ | 20歳68日 | 2026年 |
| 2 | セバスチャン・ | 23歳134日 | 2010年 |
| 3 | ルイス・ | 23歳300日 | 2008年 |
2025年にF1デビューしたアントネッリにとって、王座はフル参戦2年目での獲得になる。メキシコシティGPが通算43戦目で、通算勝利数の9勝はすべて2026年に挙げたものだ。
イタリアにとっても待ち望んだタイトルだった。イタリア人ドライバーの王者は、1952年と1953年に連覇したアスカリが最後。フェラーリを擁するモータースポーツ大国でありながら、ドライバーズタイトルからは70年以上遠ざかっていた。
「僕たちはやり遂げた」 ウォルフ代表は昇格の判断に胸を張る
レース後、アントネッリは「僕たちはやり遂げた」と喜びを口にした。支えてくれた人たちへの感謝も繰り返し、メルセデスと家族がいなければ今の自分はなかったと語っている。
この日を「一生忘れない日になる」と表現したアントネッリは、今起きたことをまだ受け止めきれていないとも話した。フェルスタッペン、ハミルトンと一緒に表彰台に立てたことを喜び、2人とこれから先も戦えることを楽しみにしていると述べた。週末は緊張が強かったと明かし、タイトルを決めたことで残りのシーズンを楽しめるとも付け加えた。
メルセデスのトト・ウォルフ代表は、まだ10代だったアントネッリをF1に昇格させた判断について、レース後の取材で「計算されたリスクであって、本当のリスクではなかった」と述べた。F1昇格前のF2で苦しんだ時期には疑う人もいたと振り返りつつ、チーム全員が信頼を寄せ続け、本人がそれに結果で応えたことを誇りに思うと語った。
ウォルフ代表はジュニアカート時代から育ててきた経緯にも触れ、11歳だった少年が王者になったことに、自分たちでも信じられない思いだと話している。
チームメイトのラッセルにとっては悔しいレースになった。2番グリッドからのスタートで失速し、ペナルティもあって6位でゴール。ランキングは4位に後退した。ウォルフ代表は、ラッセルが優勝を争える位置にいながらエネルギー面のトラブルでレースを台無しにされたとの見方を示した。
平川亮はデビュー戦で10位入賞、王者は残り4戦へ
同じレースでは、日本の平川亮(ハース)がF1決勝デビューを果たした。金曜のフリー走行2回目の後にエステバン・オコンの代役として出走が決まり、18番グリッドからスタート。レース直後は13位だったが、上位勢へのペナルティで10位に繰り上がり、デビュー戦で入賞を手にした。
関連記事:平川亮、32歳でF1決勝デビューへ オコンの代役でメキシコシティGP、ル・マン制覇の経歴
優勝したフェルスタッペンは今季3勝目、通算74勝目。メキシコシティGPでは6勝目となり、2位争いはフェルスタッペンが261点、ハミルトンが259点とわずか2点差だ。王者が決まった後も、ランキング2位の座をめぐる争いは続く。
次戦の第20戦ブラジルGPは11月6日から8日にかけて行われる。アントネッリは王者として残り4戦に臨み、ラスベガス、カタールを経て、12月6日決勝のアブダビGPでシーズンを締めくくる。
[文/構成 by スポーツ担当ライター 南條楓]











































































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