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川尻啓人、西武が単独1位指名 日本人最速165キロ超えを目標に、高岡商から亜大の経歴

川尻啓人、西武が単独1位指名 日本人最速165キロ超えを目標に、高岡商から亜大の経歴

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西武が10月22日のプロ野球ドラフト会議で、亜細亜大学の川尻啓人投手(21)を1位で単独指名し、交渉権を手にした。富山市出身で、富山県立高岡商業高等学校から亜大へ進んだ最速158キロの右腕だ。指名後の会見では「いずれは日本人最速の165キロを超えるようなボールを投げられたら」と目標を掲げた。

西武が1位で単独指名、西口監督は「今年No.1の剛球投手」

ドラフト会議は22日、東京都内で開かれた。西武は1位を事前に公表せずに会議へ臨み、川尻の名前を1位で読み上げた。ほかに川尻を1位で入札した球団はなく、抽選なしで交渉権を得た。

日本野球機構(NPB)が公表した西武の選択選手一覧でも、1位は「川尻 啓人 投手 亜細亜大学」と記されている。西武はこのほか2位から5位までの支配下4人と、育成3人を指名した。

指名順が回ってくるまで、西口文也監督は気が気でなかったという。オリックスが角田楓斗を指名した場面を振り返り、「オリックスさんが角田君の『か』と言ったので、その瞬間はドキッとしました」と明かしている。会議後は「スケールの大きい投手。今年ナンバーワンの剛球投手」と評し、開幕からの先発ローテーション入りに期待を寄せた。

西口監督はその日のうちに東京都武蔵野市の亜大キャンパスを訪れ、指名のあいさつを済ませた。「狙えるものは狙って欲しい」。新人王の話題にも触れながら、そう背中を押している。

「いずれは日本人最速の165キロを超える」本人が掲げた目標

指名を受けた川尻は、チームメートと一緒に大学のキャンパスで中継を見守っていた。指名直後の会見では「選ばれると思っていなかったので驚いた」と率直に語り、「即戦力として早くチームの勝利に貢献できる投手になりたい」と続けた。

自分の売りを問われると、答えは短い。「セールスポイントは分かっていても打てないストレートです」。189センチの長身から投げ下ろす直球は最速158キロで、試合の終盤になっても150キロ台を保てるスタミナがある。

大学の4年間は、ストレートを伸ばすことを軸に練習を積んできた。その先にあるのが、日本人投手の最速記録だ。

「いずれは日本人最速の165キロを超えるようなボールを投げられたらなと思います」

158キロから165キロまで、残りは7キロ。大きな目標を、川尻はプロ入り前の会見ではっきり口にした。西武の投手陣については「日本を代表する投手が何人もいますし、同じ富山県出身で先輩の岩城(颯空)さんも開幕から活躍していた。それに負けない活躍ができればと思います」と、同郷の先輩の名前を挙げて意気込んでいる。その夜、亜大を訪れた西口監督から指名のあいさつを受けた際には「タイトルって言ったら新人王を目指してやっていきたいなと思います」と話した。

富山市の桜谷ファイターズから、高岡商で甲子園のマウンドへ

川尻は2004年10月23日生まれ、富山市の出身だ。野球を始めたのは小学1年のときで、地元の少年野球チーム・桜谷ファイターズに入った。中学時代は硬式の富山ヤングベースボールクラブでプレーを続けた。

高校は富山県立高岡商業高等学校へ進む。3年だった2022年の夏、富山大会の決勝で胴上げ投手となり、甲子園の土を踏んだ。全国の舞台では先発を任されたものの、チームは初戦で敗れている。

当時の自分を、川尻は飾らずに語る。ドラフト前の地元テレビ局の取材には「へぼピッチャーだった。本当に……身体も細くて体力もなかったので」と答えていた。高校時代の背番号は3で、最速も140キロ前後だった。

富山市の少年野球から始まり、高岡商で甲子園へ。富山で育った右腕が、4年後にドラフト1位の名前として読み上げられた。

地元・富山の北日本放送は、富山県出身の大学生がドラフト1位で指名されるのは初めてだと伝えている。少年野球の桜谷ファイターズ、中学の富山ヤングベースボールクラブ、高岡商と、高校まで野球をずっと富山で続けてきた右腕だ。

亜大で体重20キロ増、東都22年ぶりのノーヒットノーラン

転機は、東都大学野球1部の亜大に入ってからだった。入学時は身長185センチ、体重74キロほど。同級生で、この日広島から1位指名を受けた山里宝は、当時の川尻を「細くてモヤシみたいな体形だった」と振り返っている。

食べることが苦手だった川尻は、寮のキッチンでパスタなどの夜食を自分で作り、食事の量を増やしていった。ウエートトレーニングも重ね、体重は20キロ増、身長も4センチ伸びる。正村公弘監督は「トレーニングと食育をやっていたので、あの身体ができた。努力のたまものだと思う」と成長を認めた。

ただ、道のりは平らではない。2年春にリーグ戦デビューを果たしたが、3年秋は右ひじを痛め、登板のないままシーズンを終えた。大学3年までは、リーグ戦での登板機会も限られていた。

流れが変わったのは4年になった2026年だ。春に2勝を挙げると、秋は先発の柱として4勝0敗。10月13日の国学院大戦では、9回を1人で投げ抜いてノーヒットノーランを達成した。東都1部での達成は22年ぶりだった。亜大はこの秋、9季ぶり28度目のリーグ優勝を果たし、11月の明治神宮大会へ進む。

この日は120球を投げて11三振を奪い、チームは4-0で勝った。東都1部の前回の達成は2004年秋で、同じ亜大の山木正博以来だった。本人は試合後「8回が終わるまで(ノーノーは)気づきませんでした」と振り返っている。

関連記事:川尻啓人、東都1部で22年ぶりノーヒットノーラン 亜大のドラフト上位候補、高岡商出身

寮では、隣の部屋のチームメートがピアノを練習していると聞き、自分も電子ピアノを借りて独学で練習したこともある。春のリーグ戦の合間の約1か月で、RADWIMPSの「スパークル」を両手で弾けるようになったという。本人は「サビまでは弾けていないんですけど…」と笑った。

23日で22歳、交渉権獲得から入団へ

ドラフト会議の翌日にあたる10月23日、川尻は22歳の誕生日を迎えた。

今回の指名で西武が得たのは、川尻と入団交渉をする権利だ。プロ入りが正式に決まるのは、球団と契約を結んでからになる。今後は球団と仮契約や入団発表へと進む流れで、詳しい日程はまだ発表されていない。

同じ亜大からは、山里が広島の1位に選ばれた。同じ大学で汗を流した同級生の2人が、そろって1位でプロの扉を開こうとしている。

今年のドラフト候補の顔ぶれは、週刊ベースボールの増刊「2026ドラフト候補選手名鑑」にもまとめられている。

関連記事:榊原七斗、阪神ドラフト1位は兵庫・高砂市出身の外野手 「将来なりたいのは近本選手」報徳学園→明大、WCBC大会MVPまでの歩み

高校時代に140キロ前後だった直球は、大学4年間で158キロまで伸びた。目標の165キロへ、川尻は西武のユニホームを着て次の一歩を踏み出す。

[文/構成 by スポーツライター 高瀬翔吾]

寄稿者

高瀬翔吾
Webメディアでスポーツ、エンタメ、時事ニュースなど、累計数千本の記事制作に携わってきたスポーツ系ライター。野球分野では、プロ野球の試合結果や選手の記録をはじめ、MLB、高校野球、ドラフト、移籍、契約更改などの記事を継続的に担当。数字や公式記録を基に情報を整理する記事を得意としており、結果を伝えるだけでなく、その記録が持つ意味や、選手・球団を取り巻く背景までわかりやすく解説することを心がけている。主な執筆分野は、プロ野球、MLB、高校野球、侍ジャパン、ドラフト、移籍情報。

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