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村上龍さん死去、74歳 死因は公表されず 『カンブリア宮殿』は3月に卒業、最後の編集後記に直筆で残した「死&生」

村上龍さん死去、74歳 死因は公表されず 『カンブリア宮殿』は3月に卒業、最後の編集後記に直筆で残した「死&生」

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

作家の村上龍さんが10月17日、自宅で亡くなった。74歳だった。村上さんの事務所と幻冬舎が23日、連名で発表したが、死因は明らかにしていない。テレビ東京『カンブリア宮殿』では今年3月まで20年にわたってMCを務め、最後の編集後記には直筆で「死&生」と書き残していた。

事務所と幻冬舎が連名で発表、葬儀は家族葬で

訃報は、有限会社村上龍事務所と幻冬舎編集本部の連名で出された。10月23日に幻冬舎の公式サイトと公式Xアカウント「幻冬舎BOOKS」に載った「ご逝去のお知らせ」は、村上さんが17日に自宅で息を引き取ったことを短い言葉で知らせている。

「作家の村上龍氏が2026年10月17日に自宅で逝去されました 享年74歳」

葬儀はすでに家族葬で済ませた。弔問、香典、供花、弔電、供物は、いずれも家族の希望で辞退するという。発表は遺族と近親者への取材や問い合わせを控えるよう、強く求めている。

お知らせは作家としての歩みを「『限りなく透明に近いブルー』に始まり常に若い世代に向けて衝撃的な作品を発表し続けた」と記した。そのうえで「早すぎる逝去の報せを受け深い悲しみに堪えません」とし、「時代のトップランナーとして疾走した同氏の安らかな眠りをお祈り申し上げます」と結んでいる。

死因は公表されず、体調についての説明もなかった

発表文に、死因や病名の記載はない。闘病の有無を含め、村上さんの体調について本人や関係者が公式に説明した事実は確認できない。

一方で、番組を見ていた視聴者の間では気にかける反応もあった。2025年2月27日放送の『カンブリア宮殿』のあと、村上さんの話し方を心配する声が上がったのだ。ただ、本人や番組がこれに応じて健康状態を説明した事実は確認できない。

2026年1月にMC交代が発表された際も、テレビ東京が示した理由は放送開始から20年という節目だった。体調との関係に触れた説明は、本人の言葉としても局の発表としても見当たらない。

訃報もまた、亡くなった日と場所、葬儀の形を伝えるにとどまる。病名や経過について、現時点で公表された事実はない。

芥川賞から50年、主な受賞作と代表作

村上さんは1952年、長崎県佐世保市の生まれ。武蔵野美術大学に在学していた1976年、『限りなく透明に近いブルー』で群像新人文学賞を受け、同じ作品で芥川賞も手にした。大学は中退し、そのまま作家の道を歩む。

その後も大きな文学賞が続いた。主な受賞歴は次のとおりだ。

年作品受賞
1976年『限りなく透明に近いブルー』群像新人文学賞、芥川賞
1981年『コインロッカー・ベイビーズ』野間文芸新人賞
1998年『イン ザ・ミソスープ』読売文学賞
2000年『共生虫』谷崎潤一郎賞
2005年『半島を出よ』毎日出版文化賞、野間文芸賞
2011年『歌うクジラ』毎日芸術賞

受賞作のほかにも、『愛と幻想のファシズム』『五分後の世界』などの長編を発表した。子どもに向けて職業を紹介した『13歳のハローワーク』のような本も手がけた。2023年に刊行した『ユーチューバー』が遺作となった。

20代でのデビューから数えて、創作の時間はおよそ50年に及ぶ。その後半の20年は、テレビの経済番組の顔としても過ごした。

『カンブリア宮殿』初のMC交代、「作家は、死なず、ただ立ち去るのみ」

『カンブリア宮殿』は2006年4月に始まったテレビ東京の経済トーク番組で、村上さんは俳優の小池栄子とともに、毎週のように経営者の話を聞いてきた。番組の最後に村上さんが書く「編集後記」は、放送の締めくくりとして定着していた。

転機は2026年1月16日に訪れる。テレビ東京は、4月で放送開始20年を迎えるのに合わせ、番組初のMC交代を発表した。後任は作家の金原ひとみ氏と、音楽クリエイターのヒャダイン。村上さんはこのとき、「作家は、死なず、ただ立ち去るのみ」というメッセージを寄せている。

番組の小林史憲チーフプロデューサーは、20年にわたって番組を引っ張ってきた2人に「感謝しかありません」とコメントした。2人の作家には、互いの作品をめぐる縁もある。村上さんは金原氏のデビュー作『蛇にピアス』の解説を書き、金原氏は村上さんの『ユーチューバー』の解説を担当していた。

金原氏は就任にあたり、村上さんと小池が並ぶ番組が「当たり前になっていた」と打ち明けた。テレビ東京の取材には、番組の顔だった編集後記を引き継ぐことについて「一番気が重いし、不安です」と率直に語っている。新しい2人による放送は、4月2日に始まった。

最後の編集後記、20年で「もっとも印象に残る」と語ったゲスト

村上さんと小池が最後に出演したのは、3月26日の放送だった。20年の特別編として、トヨタ自動車の豊田章男氏やファーストリテイリングの柳井正氏ら、番組が長く追ってきた経営者のこの20年をたどった。スタジオには高岡浩三氏、佐藤可士和氏、宮坂学氏がゲストとして招かれた。

編集後記で村上さんは、3人のゲストの答えを「3人は完璧だった。」と評した。そのうえで、20年の番組で最も印象に残るゲストとして、ユニバーサル園芸社の会長・森坂拓実氏の名を挙げる。

森坂氏は小学生のころ、死への恐怖に取りつかれたという。ところが、その恐怖がかえって森坂氏を行動へと駆り立てた。番組公式サイトに載る編集後記は、そのときの思いを「人はみな同じゴールに向かっていて、逃げていては何も解決しない」と書き表している。森坂氏は20歳で創業し、住んでいた6畳一間の畳を5枚上げて植木の温室代わりにし、残る畳1畳で暮らした。

死への恐怖が、前へ進む力に変わった話。村上さんは、20年の締めくくりにそのエピソードを選んだ。

放送の最後、村上さんは直筆で「死&生 村上龍」と書き記した。花束を受け取った2人は、そろって「ありがとうございました」とあいさつしている。

それから約7か月後の訃報だった。

番組公式サイトのバックナンバーには、この回の編集後記がいまも掲載されている。死と生を並べた直筆の言葉が、20年続けた編集後記の最後の一筆になった。

[文/構成 by 飯田タツヤ]

寄稿者

飯田タツヤ
時事ニュースを中心に、社会の動きから芸能・スポーツの話題まで幅広く書いているWebライターの飯田です。ライター歴は6年。心がけているのは、発表や報道で確認できたことと、まだ分かっていないことを分けて書くこと。「何が起きて、暮らしにどう関わるのか」を最初に整理しています。休日はラジオを流しながらの散歩とサウナ。

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