本田仁海、オリックスが現役引退を発表「今は後悔もなく、すっきりとしています」 出身高校と経歴

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
オリックス・バファローズは10月30日、本田仁海投手(27)から現役引退の申し入れがあり、受理したと発表した。8月22日のソフトバンク戦で打球が首付近を直撃し、「右椎骨動脈解離」と診断されていた。7月30日に2度目の育成契約から支配下へ戻ったばかりの右腕は、プロ9年目のシーズンでユニホームを脱ぐ。
10月30日に球団が発表、コメントの全文
球団は公式サイトで「本田仁海投手より現役引退の申し入れがあり、これを受理いたしましたので、お知らせいたします」と発表した。同じ日には平野佳寿の二軍監督就任や、2026年高知秋季キャンプのメンバーも発表されている。球団の公式Xでも同じ内容が告知され、ファンからは、支配下に戻って間もない右腕の決断を惜しむ投稿や、ねぎらいの言葉が相次いだ。
本田は球団を通じて次のコメントを出した。
「悩んだ末に引退を決断いたしました。今は後悔もなく、すっきりとしています。これまで、良いときも悪いときも、どんなときでも応援してくださったファンの皆さま、人間としても成長させてもらい、お世話になった球団、すべての関係者の皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました」
打球を受けたのは、2度の右肘手術と2度の育成契約を経て、背番号「46」で支配下に戻った直後だった。それでも本人は、後悔はないと言い切っている。コメントの中で最も多くの言葉を割いたのは、ファンと球団、関係者への感謝だった。
引退の背景にあった8月22日の打球直撃
アクシデントは8月22日、みずほPayPayドームでのソフトバンク戦で起きた。リリーフで登板した本田は、牧原大成のライナーを首付近に受けて降板。支配下に戻ってから2試合目の登板だった。
試合後、本田本人は腫れによる痛みだと受け止め、大丈夫だと話していた。それでも翌23日に出場選手登録を抹消され、大阪市内の病院で「右椎骨動脈解離」と診断される。椎骨動脈は首の骨に沿って脳へ血液を送る血管で、その内側の壁が裂けた状態を指す。球団は8月25日に診断名を公表し、経過を見ながら練習を再開する予定だと説明していた。
だが、報道によると、本田はその後、練習に参加していなかった。球団関係者の話として、同じ箇所に再び打球が当たれば命に関わるおそれがあるとも伝えられている。
星槎国際高等学校湘南からドラフト4位で入団
本田は1999年7月27日生まれ。神奈川県中郡大磯町にある星槎国際高等学校湘南(星槎国際高等学校 湘南学習センター)の出身で、身長181センチの右投げ左打ちだ。同校は通信制の高校で、湘南学習センターには硬式野球専攻を含むスポーツ専攻が置かれている。地元・神奈川の高校から、本田はプロへの道を開いた。
高校3年の2017年夏は、チームが創部初の第1シードとして神奈川大会に臨んだ。2回戦では10球団のスカウトが見守るなか、13奪三振で完封。チームは5回戦で敗れ、甲子園の土は踏めなかった。それでも直球を武器にする本格派として評価を集め、同年秋のドラフト会議でオリックスから4位指名を受けて支配下選手として入団した。
2度の育成契約と、2度の支配下復帰
プロの歩みは順調ではなかった。1年目の2018年シーズン中に右肘を疲労骨折し、9月に手術を受ける。同年オフには育成契約に切り替わった。育成選手は背番号が3桁となり、支配下登録されない限り1軍の公式戦には出られない。高卒1年目で、いきなりその立場に置かれたことになる。リハビリを経た2019年7月、支配下に復帰し、背番号は「96」になった。
1軍デビューは2020年。初先発で4回を投げて7失点(自責点3)と、ほろ苦い船出だった。翌2021年も2試合の登板にとどまる。
転機は2022年に訪れた。リリーフとして自己最多の42試合に登板し、2勝3敗2セーブ14ホールド、防御率3.50をマークする。チームはこの年にリーグ連覇を果たし、救援陣の一角としてその戦いを支えた。最速は158キロ。力のある直球が持ち味だった。
2023年は28試合に登板して2勝1敗7ホールド。防御率は6.34と数字を落としたが、チームはこの年リーグ3連覇を果たしている。2024年は23試合で2勝0敗9ホールド、防御率2.86と安定した数字を残した。しかし2025年は1軍登板がなく、9月に右肘のクリーニング手術と尺骨神経剥離術を受ける。同年オフに2度目の育成契約となった。
2026年7月30日、球団は本田を再び支配下登録すると発表した。同じ日には東山玲士、陳睦衡の両投手も育成から支配下に移っている。本田の背番号は入団時と同じ「46」。手術後のリハビリでは、まず支配下に戻ることを目標にしてきたといい、本人は「1軍の戦力として活躍することが恩返しになると思っています」と語っていた。8月18日の西武戦では、2024年8月20日以来728日ぶりに1軍のマウンドに上がり、1回を無失点に抑えた。打球を受けたのは、その4日後だった。
NPB通算98試合、年度別の成績
NPB公式の記録によると、プロ通算は98試合で6勝6敗2セーブ30ホールド、防御率4.70。投球回は113回で、103個の三振を奪った。
| 年度 | 登板 | 勝敗・セーブ・ホールド | 防御率 |
|---|---|---|---|
| 2020年 | 1 | 0勝1敗 | 6.75 |
| 2021年 | 2 | 0勝1敗 | 7.45 |
| 2022年 | 42 | 2勝3敗2セーブ14ホールド | 3.50 |
| 2023年 | 28 | 2勝1敗7ホールド | 6.34 |
| 2024年 | 23 | 2勝0敗9ホールド | 2.86 |
| 2026年 | 2 | 0勝0敗 | 9.00 |
| 通算 | 98 | 6勝6敗2セーブ30ホールド | 4.70 |
2025年は1軍での登板がなく、表にない。最後のシーズンとなった2026年は2試合で投球回1、自責点1。復帰登板の無失点と、打球を受けた試合の1失点が、そのまま最後の数字として残った。98試合のうち93試合が2022年から2024年の3シーズンに集中しており、この3年間がリリーフとして最も多く投げた時期だったことが数字から分かる。
今後の進路は発表されていない
球団の発表と本人のコメントに、今後の進路についての言及はない。球団スタッフなど別の立場でチームに残るのか、野球界の外に進むのかも、10月31日時点で明らかになっていない。コメントでは、ファンへの感謝とともに「人間としても成長させてもらい」と球団への思いをつづった。
オリックスは10月5日と10月26日に、来季の契約を結ばない選手を発表している。本田はどちらの発表にも名前がなく、自ら申し入れて引退を選んだ。高卒で入団してから9年、手術とリハビリの期間を含め、何度もマウンドへ戻ってきた27歳が区切りをつける。
関連記事:辛島航、楽天の投手コーチに就任 引退した36歳が指導者へ、これまでの経歴
[文/構成 by スポーツ担当ライター 高瀬翔吾]










































































コメントはこちら