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YouTuber榎本一心さん、21歳で死去。17歳で骨肉腫と診断、SNSで闘病を発信した4年間の経歴

YouTuber榎本一心さん、21歳で死去。17歳で骨肉腫と診断、SNSで闘病を発信した4年間の経歴

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YouTube「isshin CH」の榎本一心さんが6月16日、骨肉腫のため21歳で亡くなった。17歳で診断を受け、抗がん剤治療やリハビリの様子をSNSで発信し続けた。家族は18日にInstagramで、19日にYouTubeチャンネルで訃報を報告し、蜷川実花さんら著名人からも追悼が寄せられている。

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「令和8年6月16日17時1分、安らかに永眠」家族がSNSで報告

骨肉腫で闘病していたYouTuberの榎本一心さんが6月16日午後5時1分、亡くなった。21歳。19日、YouTubeチャンネル「isshin CH」で家族が明かした。

家族は「家族一同」の名義で「闘魂一心は、令和8年6月16日(火)17時1分、安らかに永眠いたしました」と報告した。「17才で骨肉腫の診断を受けてからの4年間、多くの方々の温かなご声援、ご支援に支えられながら、前向きに懸命な闘病生活を送ることが出来ました」と感謝の言葉をつづった。

榎本さんが闘っていたのは骨肉腫。骨にできるがんで、発症は120万人に1人とされる。高校2年のときに診断を受け、高校3年でステージ4の判定を公表していた。亡くなる3日前にもInstagramを更新していた。

腰に発症、車椅子を告げられ重粒子線を選んだ高校時代

榎本さんが病と向き合い始めたのは高校2年の夏だった。骨肉腫の治療のため、高校3年の6月半ばまで入院した。

腰に発症したがんは、手術を受ければ翌日から「一生車椅子生活」と宣告されるものだった。榎本さんは手術ではなく重粒子線治療を選ぶ。脚を残す道を探した選択だった。

その後、がんは右の大腿部へ転移する。骨肉腫は静脈を通って肺や脳へ広がるケースが多いが、榎本さんの場合は珍しく、太ももへの転移が確認された。2024年1月17日、右ふとももの数十センチを骨切りし、人工骨幹という金属を入れる大がかりな手術を受けた。

3月9日には動画「ステージIVの癌になりました」を公開。診断書をカメラに見せ、進行度は「ステージIV」、悪性度は「高悪性度」と冷静に説明した。コメント欄には「複数の方々から病気の証拠を見せろということでしたので、上げさせていただきました」と理由をつづっている。

YouTubeチャンネル「isshin CH」を開設したのは2021年8月。「闘う高校生」を掲げ、抗がん剤治療を受ける姿や車椅子で外出する動画を発信し続けた。本人のInstagramによると、TikTokのフォロワーは16万人を超え、YouTubeも約5万9000人に届いていた。

高校卒業、母への感謝、そして最後の投稿

闘病の間も、榎本さんは前を向く言葉を残し続けた。腰の腫瘍に対する重粒子線治療の影響で左脚の神経が焼き切られ、医師やリハビリ担当者から「左脚は動かない」と告げられても、「絶対そう思いません」「可能性は残されていると思います」と語った。

2024年3月15日、榎本さんは高校を卒業した。翌16日に収録した動画では、母への感謝を語っている。手術前、医師から「一生脚が使えなくなり、車椅子生活」と言われたとき、母は号泣しながら「自分の息子の脚をどうしても残せませんか」と医師に訴えたという。「この18年間、一番自分を愛し 自分の為を想い そして自分に一番尽くしてくれた」。涙を拭いながら、そう話した。

抗がん剤治療を翌日に控えた3月18日のライブ配信では、視聴者の「白血病患者です 移植成功しました」というコメントを読み上げると、満面の笑みで拍手した。「おめでとう マジおめでとう本当に」。自分の治療を翌日に控えながら、人の回復を何度も喜んだ。

容体が大きく動いたのは2026年6月だった。10日のInstagramで「右上半身と肺がステージ4の転移で埋め尽くされている」「右肺すべて潰れており、がんが皮膚にまで出てきている」と明かす。それでも「生きたいです」と記した。13日には「過去1の激痛で、呼吸も出来ず」「脇腹に大穴があり、大量の出血とうみ」とつづった。これが闘病を伝える最後の言葉に近いものとなった。

ファンと著名人が悼む「最後まで闘い抜いた生き方」

訃報が広がると、Instagramのコメント欄には「最後まで闘い抜いた生き方、本当にかっこよかったです。たくさん勇気をもらいました」「たくさんたくさん頑張ったね。涙が止まりません」といった言葉が並んだ。

著名人からも追悼が届いた。映画監督の蜷川実花さんは「心よりご冥福をお祈りします」とコメント。和楽器バンドのボーカル鈴華ゆう子さんは「一心くんほんとうにありがとう」と感謝を寄せた。

家族はメッセージをこう結んでいる。「これからも一心と言う名の”誰かの希望になりたい”と夢を追いかけ続けた一人での人間が存在していたことを、どうか皆様の胸に留めていただければ幸いです」。葬儀は日曜日と月曜日に「葬儀場、小さな森の家」で営まれる。

21年という短い人生だった。診断から4年、榎本さんは病室やリハビリの現場から、見ず知らずの誰かに向けて言葉を発し続けた。家族は最後にこう書いた。「一心 新たなステージで、また会おう! そして、最後の最後まで本当にありがとう」

[文/構成 by 橘すろべ]

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