花田虎上、初優勝の93年春場所は場所中に体重が落ちた ラジオで語った当時の食事と懸賞金

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
元横綱・3代目若乃花の花田虎上(55)が10月20日、ニッポン放送「ナイツ ザ・ラジオショー」に生出演し、現役時代の食生活を明かした。初優勝した1993年春場所は初日に120キロを超えていた体重が、場所の途中で114キロまで減っていたという。体重を保つため、1リットルのアイスクリーム「レディーボーデン」を電子レンジで溶かして飲んでいたと語った。
初日120キロ超から場所中に114キロ
番組はお笑いコンビ・ナイツの塙宣之と土屋伸之がパーソナリティーを務める月曜から木曜の昼の生放送で、この日は相席スタートの山崎ケイも出演していた。身長180センチと、力士としては小柄だった花田。塙から「15日間あると、よく解説とか見ていたら、疲れがたまってくるって言うじゃないですか?」と小兵力士の苦労を聞かれ、「だって、一歩一歩が違うじゃないですか。大きい人の1歩と」と答えた。続けて「僕ら小兵の1歩って、2歩ぐらい先に攻めないといけないし、それだけで大きくなりますよね」と、体の大きな相手と戦う側の負担を説明している。
話は1993年春場所に移る。花田にとって初めての幕内優勝の場所だ。
「初優勝したのが場所、大阪なんですけど、最初120キロを超えるぐらいで、最初、初日。もうその途中でもう114キロになっていたんで」。15日間の本場所の途中で、6キロ以上が落ちていた計算になる。スタジオの一同は思わず声を上げた。
「食べられないから、もうチンして」
食べても体重は減っていく。花田が何より恐れたのは脂肪がなくなることだった。
そこで頼ったのがアイスクリームだ。「アイスクリーム、昔の…商品名を言っていいのかな?こう1リットルのレディーボーデンあるでしょう?食べられないから、もうチンして」。そのアイスを電子レンジで温めて溶かし、脂肪と糖分をとるためだけに、そのまま飲んでいたという。
山崎は「え~!?飲むの?カロリーを取るためだけの?」と悲鳴に近い声を上げた。
食事の工夫はほかにもあった。貧血気味で血圧も低かったという花田は、肉屋に仕入れてもらったレバ刺しを、切らずにそのまま食べていたと明かした。「切っていたら、(食べる)動作が多いから、もうお腹いっぱいって思うじゃないですか?」。少しでも多く体に入れるため、食べる動作そのものを減らしていたのだ。
小結で14勝1敗、新横綱・曙を破った初賜杯
花田の初優勝は、四股名が若花田だった1993年春場所。番付は東小結だった。初日から7連勝し、中日8日目に関脇・武蔵丸に初黒星を喫したものの、その後は白星を重ねて14勝1敗で初の幕内最高優勝を手にした。殊勲賞と技能賞も同時に受けている。
この場所は、ハワイ出身の曙が新横綱として臨み、弟の貴ノ花(のちの貴乃花)も新大関として土俵に上がっていた。若花田は12日目にその曙を破り、優勝争いの先頭を守った。
初日の段階で120キロを超える程度の体で、大型力士がそろう上位陣と15日間を戦い抜いた。場所中に6キロ以上も体重が落ちるなかでつかんだのが、のちの横綱の最初の賜杯だった。
大関から兄弟横綱、そして引退へ
初優勝の直後、1993年5月場所前に四股名を若ノ花へ改めた。新関脇で迎えた夏場所は10勝5敗。続く名古屋場所は13勝2敗で横綱・曙、大関・貴ノ花と並び、3人による優勝決定戦(巴戦)にもつれ込んだ。賜杯は曙に譲ったが、三役で臨んだ3場所の合計は37勝8敗に上り、同年秋場所から大関の座に就いている。大関在位中には、伯父である初代横綱・若乃花と同じ「若乃花」の四股名を受け継いで3代目となり、1995年九州場所では弟・貴乃花との優勝決定戦を制して2度目の優勝。1997年初場所、1998年春場所、1998年夏場所と賜杯を重ね、大関で2場所連続優勝した1998年夏場所の後に第66代横綱への昇進が決まり、同年名古屋場所で新横綱として土俵に上がった。弟と並ぶ兄弟横綱の誕生だった。
ただ、横綱としてはけがに苦しむ。1999年初場所は千秋楽の本割で関脇・千代大海に敗れて13勝2敗で並ばれ、優勝決定戦は史上初の取り直しの末に寄り倒された。横綱在位11場所で一度も優勝できないまま、2000年春場所で現役を退いた。幕内優勝は5回、殊勲賞3回、技能賞6回を数える。
同じ番組では、この1999年初場所の決定戦にも触れ、「横綱で優勝できなかったんですよ」「トラウマがまた蘇る」と苦笑した。一番苦手だった相手には武蔵丸(現・武蔵川親方)の名を挙げ、「大きいし突っ張るし。冷静に相撲取れるんで」と理由を話している。故・曙太郎さんとの違いについては「曙だったら前に来てくれたり蹴ったら怒って前出てくるんですけど(武蔵丸は)そういうのがないんですよね。常に冷静に見られてるんで、そういう点ではちょっとやりにくかったですね」と語った。最近も仕事で武蔵川部屋を訪れ、話をしたばかりだという。
引退後のアメフト挑戦と、いまの体
引退後はタレントとして活動し、アメリカンフットボールにも挑戦した。番組ではその選択について、医師から「とにかく最悪なことやってしまった。相撲やってアメフトやったって、これ一番危険なことやったから相当、体にくるよ」と言われていたことを打ち明けた。「今、きてます。おっしゃる通りです」と笑いながら認め、「若いときって何でもやるから」と付け加えた。
引退後の体重については、自然に落ちたと説明した。元大関・貴景勝の湊川親方を例に挙げ、「160(キロ)とかそのぐらいあったんだけど、今はもう100キロ以下だし」と、現役を離れた力士の体の変化にも話が広がった。
話題は現在の大相撲にも及んだ。チケットの争奪戦が続く人気の理由に懸賞金の多さを挙げ、自身の現役時代は「10本とか、付いても」程度だったと話した。いまは大の里なら「今場所は5000万以上は稼いでいるんで。懸賞金だけです」と語り、スタジオを驚かせた。懸賞金は1本7万円で、協会の手数料を除いた力士の取り分は6万円。土俵上で受け取る額は「今は1万円しか入っていないらしいですよ。セキュリティー上で、危ないので」とも付け加えた。報道によると、9月場所で大の里が獲得した懸賞は698本で、取り分の6万円で計算すると約4188万円になる。
現在は大相撲中継の解説やテレビ、ラジオへの出演を続ける花田。小兵の横綱として知られた体の裏側には、溶かしたアイスを飲み、レバ刺しを切らずに食べてでも体重を守ろうとした日々があった。
[文/構成 by スポーツライター 疾風(HAYATE)]









































































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