ジーコ、日本代表監督に就く大岩剛を語る 「いいところはいろいろな人と対話するところ」

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
元日本代表監督で鹿島アントラーズのクラブアドバイザーを務めるジーコ(73)が10月19日、茨城県鹿嶋市で取材に応じ、2027年3月から日本代表(SAMURAI BLUE)の監督に就く大岩剛(54)について「いいところはいろいろな人と対話するところ」と語った。2018年に鹿島で監督とテクニカルディレクター(TD)としてアジア制覇を共にした間柄で、「必要な決断ができる監督」と後輩に期待を寄せた。
鹿嶋のクラブハウスで語った「対話」と「決断」
取材は10月19日、鹿嶋市内にある鹿島のクラブハウスであった。話題の中心は、来年3月からA代表を率いる大岩監督だった。
「いいところはいろいろな人と対話するところ。コミュニケーションを取った上で、必要な決断ができる監督」。ジーコは大岩監督の長所をそう表現した。報道陣に向けた発言は通訳を介したもので、媒体によって「いろんな人と会話をするというところ」と訳した例もある。どの記事でも、周囲の声を集めたうえで決める、という評価の軸は変わらない。
言葉はさらに具体的だった。大岩監督は日本人・外国人を含む多くの監督のもとで学んできたとしたうえで、スタッフや強化部と意見を交わし、そこから監督として必要な判断を下せると説明する。「剛さんは自分だけではなくいろんな人の意見のいいところを吸い上げて、それを形にするということが大事だと分かっている」とも話し、決断の基準は「必ずチーム第一」だったと明かした。
そして、こう言い切った。「ものすごくいい監督だと思います」。
2018年、TDと監督でつかんだ鹿島のアジア初タイトル
ジーコが大岩監督をここまで言い切れるのは、同じクラブで同じ目標を追った時間があるからだ。
大岩監督は静岡県出身で、清水市立商業高校、筑波大学を経て1995年に名古屋グランパスエイトへ入団した。2000年から在籍したジュビロ磐田は当時の鹿島のライバルで、2003年にその磐田から鹿島へ移る。DFとして2007年から2009年のJ1リーグ3連覇を支え、2010年シーズンまでプレーした。J1通算386試合に出場し、日本代表では3試合に出ている。
引退後は2011年から鹿島のコーチを務め、2017年5月に石井正忠監督の解任を受けて監督へ昇格する。迎えた2018年、鹿島はAFCチャンピオンズリーグ(ACL)で初めて頂点に立った。クラブにとって初のアジアタイトルで、主要タイトルは節目の20冠目となった。
その2018年の夏、ジーコは16年ぶりに鹿島へ戻り、TDに就いた。現場に寄り添いながらチームの強化を支える役回りで、大岩監督が退任する2019年まで、その体制を後ろから支えた。TDの職は2021年まで務めている。ジーコ自身は「自分もいろんな話をした」と当時を語っている。大岩監督の鹿島でのJ1成績は90試合50勝20分20敗。ACLの年に、大岩監督はAFCの年間最優秀監督にも選ばれた。
思えば、ジーコと日本代表の縁も長い。2002年から2006年まで日本代表を率い、ドイツで開かれた2006年W杯は1次リーグで敗退した。ジーコはその当時から日本の立ち位置は大きく変わったとみている。
森保監督はアジアカップまで、その後を大岩監督が担う
大岩監督の代表監督就任は、日本サッカー協会(JFA)が7月23日に発表した。北中米W杯で日本を率いた森保一監督(58)が「AFCアジアカップサウジアラビア2027」の終了まで指揮を執り、その後を大岩監督が引き継ぐ。目標は2030年のW杯で、2028年ロサンゼルス五輪を目指すU-21日本代表の監督と兼務する。
年代別代表の監督がA代表を兼ねるのは、2021年の東京五輪を率いた森保監督以来となる。大岩監督は7月31日の会見で「来年3月から、森保監督から引き継いでサムライブルーの監督に就任することが決まりました。大変名誉なことであって、大変重責だと認識しております」と話し、決断までに「非常に熟考した」と明かした。
指導者としての実績は年代別代表で積み上げてきた。2021年にU-18日本代表監督、同年12月にU-21日本代表監督に就き、パリ五輪世代を率いて2024年のAFC U23アジアカップで優勝する。パリ五輪では準々決勝まで進み、ベスト8で大会を終えた。ロサンゼルス五輪世代でも2026年1月のAFC U23アジアカップを制し、日本として初の大会連覇を果たしている。AFCの年間最優秀監督賞は2度受けた。
10月3日には、愛知・名古屋アジア大会の決勝で21歳以下の日本がオーバーエージ枠を使った韓国に0-1で敗れ、3大会連続の銀メダルに終わったばかりだった。
関連記事:U-21日本代表、アジア大会決勝でU-23韓国に0-1 3大会連続の銀メダル、大岩剛監督「非常に悔しい」
「下のカテゴリーの経験はA代表につながる」ジーコが示した条件
A代表と五輪世代の兼任についても、ジーコは前向きだった。「下のカテゴリーの代表での経験は最終的にA代表に繋がってくる」と話し、日本に限らずどの国でも同じだと付け加える。鹿島や五輪代表で受けてきた重圧よりもA代表のそれは少し大きくなるかもしれない、と認めつつ、「十分準備できていると思っています」と続けた。
では、A代表で結果を出すには何が要るのか。
ジーコが挙げたのは選手を呼ぶタイミングだった。重圧のかかる場面で力になってくれる選手を、適した時期に招集すること。いろいろな人の意見を聞きながら、その都度必要な選手を呼ぶ力が大岩監督には備わっているとして、「それがしっかり出来れば大丈夫だと思います」と太鼓判を押した。
いまの日本代表への見方も明るい。日本は2025年10月の親善試合でブラジルに3-2で勝ち、対ブラジル初勝利を挙げた。北中米W杯ではラウンド32でそのブラジルに敗れたものの、ジーコは「今の日本代表は結果で示してきたものであったり、ブラジルだけではなく、いろんな国からリスペクトされている代表だと思います」と評価する。
だからこそ、求めるのは土台を崩さないことだった。「森保さんがここまで積み上げてきたものを、剛さんが引き続き整備していくことが大事」。強いチームと認められている日本であり続けるために、まず引き継ぎ、そのうえで戦い続ける。2027年3月、ジーコが「ものすごくいい監督」と呼んだ後輩が、その仕事を引き受ける。
[文/構成 by スポーツライター ミカ]









































































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