清原和博、9月に左膝の人工膝関節置換術 杖をつきジムでリハビリ開始「必ず復活します」

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
元プロ野球選手の清原和博氏(59)が11月3日、自身のXで、9月中頃に左膝の人工膝関節置換術を受けていたと明かした。現役時代に大きな手術をした同じ左膝で、先週からジムでのリハビリを始めたという。投稿は「必ず復活します」の一文で結ばれていた。
清原和博がXで左膝の手術を報告 投稿は約2か月半ぶり
投稿は3日の18時ごろだった。書き出しは「ご無沙汰してます」。Xでは8月19日にラジオの野球中継を告知したのが直前の投稿で、それ以来の発信となった。
清原氏はまず「9月中頃になりますが、左膝の人工膝関節置換術を受けました」と報告し、続けて「現役中に、大手術をした同じ箇所です」と書いた。手術を受けた病院名は明かしていない。
添えられた写真は2枚。1枚目はジムのトレーニングマシンに腰かけ、杖を手に笑顔を見せる姿で、左膝には白いサポーターを着けている。2枚目はトレッドミルの手すりを握り、歩く練習をする場面だった。
ご無沙汰してます
— 清原和博 (@kiyohara3_5_114) November 3, 2026
9月中頃になりますが、左膝の人工膝関節置換術を受けました
現役中に、大手術をした同じ箇所です
きっかけは生活の中で何をしていても、痛い、痛いと言う感情ばかりで、なかなか色んなことに前向きになれず、
心の中ではもう一度カラダを自由に動かしてみたい、走ったり、歩いたり、息子達とゴルフをしたり、もちろん野球も…
やりたいことはあっても全て夢物語でした。
でも幸いにも周りにいる友人や息子たちの後押しもあり、来年60歳を前に思い切って決断しました
手術後、思ってた以上に自分ひとりで日常を過ごすことが困難な日々に弱音を吐きながらも、なんとか先週からジムでのリハビリも開始しました
振り返ると現役を引退し、色んなことがあり正直生きることさえ投げ出したくなる日もありましたが、
もう一度自分の人生、新しいスタートに賭けてみようと思います
まだまだ杖をつきながらの生活にはなりますが、元気な姿を見せられるよう一日一日頑張っていきます
この度手術を担当してくださった、
宮坂先生、リハビリの木下先生、看護師さん本当にありがとうございました
必ず復活します
清原和博
手術を決めたきっかけは「痛い、痛い」の毎日
なぜ今、手術に踏み切ったのか。
清原氏は、生活の中で何をしていても「痛い、痛いと言う感情ばかりで、なかなか色んなことに前向きになれず」と打ち明けた。心の中では体をもう一度自由に動かしたいと願い、走ること、歩くこと、息子たちとのゴルフ、そして野球も思い描いていた。それでも当時は「やりたいことはあっても全て夢物語でした」と振り返る。
背中を押したのは周囲の人たちだった。友人や息子たちの後押しを受け、「来年60歳を前に思い切って決断しました」とつづっている。1967年8月18日生まれの清原氏は、2027年8月に60歳を迎える。
手術後の日々は楽ではなかった。清原氏は「思ってた以上に自分ひとりで日常を過ごすことが困難な日々」だったと書き、弱音を吐きながらも先週からジムでのリハビリを始めたと報告している。
現役時代の2007年にも同じ左膝を2度手術していた
投稿にある「現役中に、大手術をした同じ箇所」について、報道各社はオリックス時代の左膝の手術を挙げている。それによると、清原氏は2007年2月に左膝の軟骨の一部を取り除く内視鏡手術を受け、同年7月には傷んでいない部分の軟骨を患部に移す手術を受けた。
清原氏の主な歩みは次のとおりだ。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1967年8月18日 | 大阪府岸和田市に生まれる |
| 1985年 | PL学園高等学校からドラフト1位で西武ライオンズへ |
| 1997年 | 読売ジャイアンツへ移籍 |
| 2006年 | オリックス・ |
| 2007年 | 2月と7月に左膝を手術 |
| 2008年 | 現役を引退 |
| 2026年9月中頃 | 左膝の人工膝関節置換術を受ける |
| 2026年11月3日 | Xで手術とリハビリ開始を報告 |
プロ通算で525本塁打、2122安打を記録した強打者。その左膝に、引退から18年を経て再びメスが入った。
手術を後押しした長男・正吾さんと次男・勝児さん
投稿に出てくる「息子たち」は、長男の正吾さんと次男の勝児さんだ。
長男の正吾さんは、中学と高校では野球から離れていたが、慶應義塾大学で4番を任されるまでになった。2024年秋のドラフト会議では指名がなく、同年11月に大学で野球を終えると表明している。
次男の勝児さんは、2023年夏の甲子園で優勝した慶應義塾高等学校のメンバーだった。現在は慶應義塾大学の野球部に在籍し、2026年6月の東京六大学の新人戦では自ら立候補して主将を務めた。その際、父から「とにかく楽しんでこい」と声をかけられたと明かしている。
清原氏は今回の投稿で、手術を決めた理由の一つに息子たちの後押しを挙げ、やりたいことの中にも「息子達とゴルフをしたり」と書いた。
「新しいスタートに賭けてみよう」杖をつきながらの再出発
投稿の後半で、清原氏は引退後の歳月にも触れた。「振り返ると現役を引退し、色んなことがあり正直生きることさえ投げ出したくなる日もありましたが、もう一度自分の人生、新しいスタートに賭けてみようと思います」とつづっている。
今の暮らしについては「まだまだ杖をつきながらの生活にはなりますが、元気な姿を見せられるよう一日一日頑張っていきます」と記した。手術を担当した宮坂先生、リハビリの木下先生、そして看護師への感謝も添えている。
最後は「必ず復活します」の一文と、自身の名前で締めくくられていた。来年60歳を迎える元スラッガーは、杖を手にジムへ通う日々から、もう一度歩き出そうとしている。
[文/構成 by ライター 凪]











































































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