福田師王、日本代表に初招集 神村学園高等部からJリーグを経由せず渡独した経歴とプレースタイル

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日本サッカー協会(JFA)は11月4日、シンガポールで行われるブラジル代表戦(11月14日)とパラグアイ代表戦(11月17日)に臨む日本代表28人を発表し、ドイツ2部カールスルーエSCのFW福田師王(22)が初めて選ばれた。鹿児島の神村学園高等部からJリーグを経由せずに、2023年1月にボルシアMGへ加入したストライカー。今季はリーグ戦8試合で3ゴール2アシストを記録している。
28人の中で唯一の初招集 ブラジル、パラグアイとシンガポールで対戦
JFAが発表したのは、「MIZUHO BLUE CHALLENGE THE KALLANG FOOTBALL SERIES SINGAPORE」に臨むメンバーだ。GK3人、DF8人、MF/FW17人の計28人で、JFAの発表で初招集を示す印が付いたのは福田ひとりだった。チームは11月10日から練習を始め、2試合ともシンガポール・ナショナルスタジアムで戦う。
| 日付 | 対戦相手 | キックオフ(現地時間) | 日本時間 |
|---|---|---|---|
| 11月14日(土) | ブラジル代表 | 18:15 | 19:15 |
| 11月17日(火) | パラグアイ代表 | 21:10 | 22:10 |
前線では、FW上田綺世(リール)が負傷のため招集されなかった。一方、MF/FWの枠には大きなけがから戻った南野拓実(モナコ)が名を連ね、DF町田浩樹(ホッフェンハイム)もけがからの復帰組として選ばれた。同じ時期、ロサンゼルス五輪世代のU-21日本代表はスペインとエジプトへの遠征を組んでおり、2004年生まれで五輪の年齢制限(2005年1月1日以降生まれ)から外れる福田は、その世代とは別にA代表へ呼ばれた。
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森保監督「非常に力をつけている」 古巣戦のプレーも評価
会見で森保一監督は、福田について「非常に力をつけている」と話し、試合を見るたびにできることが増えていると評価した。強度の高い中でも質を出せている点を挙げ、コーチ陣と複数の目で確かめたうえで選んだと説明している。
監督が会見で触れたのが、現地時間10月27日のDFBポカール(ドイツ杯)2回戦だ。カールスルーエは古巣ボルシアMGの本拠地に乗り込み、0-2で敗れたものの、福田は最後までピッチに立った。前半39分には、ゴールへ抜け出しかけた福田を止めたボルシアMGのフィリップ・ザンダーが、ビデオ確認の末に退場処分を受けている。森保監督はこの試合を見て、1部でも十分に通用すると評価した。
五輪世代の選手をスペイン遠征へ回すなか、同年代の選手としてA代表に加わり「基準を上げてもらえる」という狙いも、監督は口にしている。今の成長の曲線と、この先の伸びしろを買った選出だった。
神村学園高等部から直接ドイツへ 選手権では3得点で得点王
福田は2004年4月8日生まれ。鹿児島県鹿屋市で育ち、神村学園中等部から、いちき串木野市にある神村学園高等部へ進んだ。
中学時代は周りとの力の差を感じた時期もあったという。高校入学後に体重を16キロ増やし、50メートル走は1年時の6秒70から1年間で6秒20まで縮めた。名前の「師王」には、人を導くことができ、その道で最も優れた人になってほしいという両親の願いが込められている。
高校3年で迎えた第101回全国高等学校サッカー選手権大会(2022年度)では、2023年1月4日の準々決勝で前回王者の青森山田を相手に60分の決勝点を決め、2-1の逆転勝ちに導いた。1月7日に国立競技場で行われた準決勝の岡山学芸館戦でも前半38分に同点ゴール。試合は3-3からのPK戦で敗れ、神村学園は3位で大会を終えたが、福田は3得点を挙げ、5人が並んだ得点王のひとりになった。
当時、福田は「鹿児島を盛り上げるので、ずっと応援してほしい」と地元へ言葉を残している。
その時点で、進路はすでに決まっていた。ボルシアMGは2022年10月27日に加入を発表し、福田は2023年1月に渡独する。Jクラブを経ずに高校から欧州の1部クラブへ進む道を選んだ。
| 時期 | 所属・出来事 |
|---|---|
| 2023年1月 | 神村学園高等部からボルシアMG |
| 2023年5月 | U-20ワールドカップ |
| 2023年11月 | U-22日本代表に初招集、 |
| 2024年1月 | ボルシアMGのトップチームに昇格 |
| 2025年8月 | 買い取りオプション付きの期限付き移籍でカールスルーエSC |
| 2026年6月 | カールスルーエSCへ完全移籍 |
| 2026年11月 | 日本代表 |
年代別の代表では、初めて呼ばれたU-22日本代表で結果を出している。2023年11月18日、IAIスタジアム日本平でのU-22アルゼンチン戦に途中から出場し、5-2で勝った試合の5点目を決めた。
出番の少なかったボルシアMG時代 2部で花開いた得点力
ボルシアMGではU-19とU-23が主な舞台となった。トップチームに上がってからも、ブンデスリーガでの出場は11試合、ゴールは2025年1月のヴォルフスブルク戦で挙げた1点にとどまる。
転機は2025年8月の期限付き移籍だった。カールスルーエでも当初は途中出場が中心で、2026年2月中旬までの12試合のうち11試合が途中から。2月末から3月中旬には4試合続けて出番がなかった。
それでも福田は折れなかった。シーズン最後の8試合はすべて出場し、うち4試合で先発して5ゴール。2025-26シーズンのリーグ戦は20試合6得点で終えた。クラブは6月11日、事前に決めていた買い取りオプションとは別に条件を交渉し直し、完全移籍に切り替えたと発表している。福田はクラブを通じ、昨季はカールスルーエで大きく成長できたと話し、最後の8試合の流れを新しいシーズンにつなげたいと語っていた。
その言葉どおり、今季はリーグ戦8試合で3ゴール2アシスト。DFBポカール2試合を合わせた公式戦では10試合に出ている(いずれも11月4日時点)。
クラブと監督が語るプレースタイル
カールスルーエの発表で、福田は右利きのセンターフォワードと紹介されている。完全移籍を発表した際、ティモン・パウルス・プロサッカー部門ディレクターは、ダイナミックさとエネルギー、ゴールを脅かす力を持ち味に挙げ、チームのスタイルや今後の方向性に合う選手だと説明していた。期限付き移籍で迎えた2025年8月には、スポーツ部門の責任者マリオ・エッギマンが、チームを前に進める強度とメンタリティーを持っていると評価している。
エッギマンは同じ発表で、福田の目標が2026年のW杯に日本代表として出ることだとも明かしていた。本人もこの加入時、自分のプレーでチームとともに成功したいと話していた。北中米W杯のメンバーに福田の名前はなかった。2部で出番をつかみ、結果を積み重ねた先に、W杯の閉幕から約3か月半後、11月の代表発表があった。
高校時代から評されてきたのは、空中戦の強さと、最終ラインの背後への飛び出し。強度の高い中で質を出せているという森保監督の評価は、ドイツで積み上げた部分と重なる。
日本代表の前線は、上田を欠く。11月14日のブラジル戦は日本時間19時15分、17日のパラグアイ戦は同22時10分にキックオフを迎える。鹿屋で育ち、いちき串木野で力をつけたストライカーが、A代表のピッチに立つ日が近づく。
[文/構成 by スポーツ担当ライター TAKU]








































































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