哲代おばあちゃん・石井哲代さん死去、106歳 尾道で1人暮らしを続けた元小学校教員、本と映画で愛された歩みと残した名言

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100歳を過ぎても広島県尾道市で1人暮らしを続け、「哲代おばあちゃん」と親しまれた石井哲代さんが11月4日、老衰のため亡くなった。106歳だった。元小学校教員の暮らしと言葉をまとめた本は累計22万部を超え、その日々を追ったドキュメンタリー映画もヒットした。
「哲代おばあちゃん」石井哲代さん、老衰のため106歳で死去
石井哲代さんは11月4日午後1時10分、老衰のため亡くなった。1920年4月29日生まれで、106歳だった。葬儀は6日、尾道市内で営まれる。
名前が全国に知られるきっかけは、100歳になった2020年に始まった中国新聞の連載「哲代おばあちゃん 100歳きょうも好日」だ。山あいの家で畑仕事をしながら、親戚や近所の人に支えられて暮らす日々が紹介され、連載は中国新聞社との共著として文藝春秋から2冊の本になった。
人気は海外にも広がった。本は韓国語・英語・ドイツ語・中国語(繁体字)の4言語に翻訳され、地元テレビ局のRCC中国放送が制作したドキュメンタリー映画は、ドイツの日本映画祭で観客の投票による賞を受けている。
府中市上下町に生まれ、20歳から36年間小学校の教壇へ
石井さんは1920年、広島県府中市上下町で生まれた。20歳で小学校の教員になり、56歳で退職するまでの36年間、子どもたちの前に立ち続けた。
26歳だった1946年には、勤め先の小学校の同僚だった石井良英さんと結婚している。夫婦の間に子どもはいなかった。
教員時代の縁は、100歳を超えても続く。2023年4月8日、尾道市のしまなみ交流館大ホールで開かれた催しは、700人の会場が満席に。企画したのは当時尾道市立大学教授だった小川長さんのゼミで、小川さんは小学1、2年生のときに石井さんが担任した教え子だ。
壇上の石井さんは、開会で「100歳過ぎたもんがこんな舞台に出ていいんでしょうか」と照れてみせた。入学式の集合写真が映し出されると、「恥ずかしい、こんな写真があったんですか。でも、もっと褒めて(笑)」と応じている。
夫を見送り、尾道の山あいで104歳まで1人暮らし
退職後の暮らしの軸になったのは、尾道市の山あいにある自宅の畑だった。民生委員など地域の活動にも力を注ぎ、近所の人からは長く「先生」と呼ばれた。
良英さんは晩年に脳梗塞を患い、石井さんは自宅で介護を続けた。良英さんが亡くなったのは2003年。2人で過ごした時間を、石井さんは後に「山あり谷ありでございました」と表現した。
1人になった石井さんを支えたのは、姪や近所の人たち。大物の洗濯や片付けは親戚が手伝い、友人と柏餅を手作りする日もあった。畑ではジャガイモを育て、小ぶりな出来にも「小さくてもジャガイモはジャガイモ。大丈夫です。」と前を向く。
1人暮らしは104歳まで続いた。105歳だった2025年11月には、それまでの1年ほどは施設での暮らしが中心だったと伝えられたが、独特の語り口の「哲代節」は変わらなかったという。
連載から本、映画へ 累計22万部と動員8万人
石井さんの歩みを伝えた主な作品は次のとおりだ。
| 時期 | 作品 |
|---|---|
| 2020年〜 | 中国新聞の連載「哲代おばあちゃん 100歳きょうも好日」 |
| 2023年1月 | 1冊目の本『102歳、 |
| 2024年3月 | 2冊目の本『103歳、 |
| 2025年1月〜 | 映画『104歳、 |
1冊目の『102歳、一人暮らし。哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方』は2023年1月10日に発売された。初版は5000部。そこから17万5000部を超えるまで部数を伸ばし、2024年3月21日には副題に「哲代おばあちゃんの長う生きてきたからわかること」と添えた『103歳、名言だらけ。なーんちゃって』が初版3万部で刊行された。2冊の累計は2026年2月時点で22万部を超えた。1冊目は2023年の韓国語版に続き、2026年に入って英語・ドイツ語・中国語(繁体字)版が出版され、英語版はイギリスの出版社から刊行された。
映画『104歳、哲代さんのひとり暮らし』は、RCC中国放送が2022年から続けた取材をもとに、101歳から104歳までの石井さんの日常をまとめた94分の作品だ。監督・編集は山本和宏、ナレーションはリリー・フランキーが務めた。
2025年1月31日に広島県で先行公開されると、5館で2万人を超える観客を集め、4月18日から全国で順次公開された。自主上映を含む全国の動員は、2026年5月22日時点で8万人を突破。同年6月にはドイツ・フランクフルトの日本映画祭「ニッポン・コネクション」で、観客の投票で決まるドキュメンタリー部門の「ニッポン・ドックス賞」を受けた。現地での2回の上映は、どちらも満席だった。
「苦労のない人生はつまらんです」石井さんが残した言葉
2冊目の書名は、「名言だらけ」と掲げたあとに「なーんちゃって」と照れ笑いのような一言が付く。石井さんの言葉には、そんな軽やかさがいつも混じっていた。
苦労も失敗も「ひっくり返して」考える
100歳のころの石井さんは「苦労のない人生はつまらんです。」と言い切っている。失敗についても「物事は表裏一体。失敗もひっくり返して良いほうに考えるんです。」と語った。
「一生は一生」だから笑う
1冊目の出版を記念して2023年1月に広島市で開かれたトークイベントでは、「落ち込んでも一生は一生、笑うていても一生は一生。」と語った。しかめっ面を見たことがないと言われると「作ってでも笑顔にしとるんです。」と明かし、今は「自分で自分を褒めることは良いことだ」と思うとも話している。
同じ場では「せっかくの人生ですもの、私はギリギリまで生きさせてもらいたいですね。」とも語っていた。
夫婦は「腐れ縁」
良英さんとの日々については、2冊目で「夫婦は腐れ縁と思うようにしておりました」「夫婦いうんは、最初から完成されとるもんじゃありませんね」と打ち明けた。
2026年3月、地元の尾道映画祭にサプライズで登場
2026年3月、尾道市で開かれた尾道映画祭で『104歳、哲代さんのひとり暮らし』が上映された。その会場に、石井さんはサプライズゲストとして姿を見せている。自分の暮らしを追った映画と、地元の観客が同じ場所にそろった。
20歳で教壇に立ち、退職後は畑と地域の活動に汗を流し、100歳を過ぎてから本と映画で全国に知られた。尾道の山あいで重ねた日々は、2冊の本と1本の映画に残っている。
[文/構成 by ライター 小川 そら]








































































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