真栄田賢(スリムクラブ)、高校時代にバス停で見た安室奈美恵 「沖縄の野茂英雄さんですね」とX投稿

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お笑いコンビ・スリムクラブの真栄田賢(50)が10月19日、自身のXで、高校時代に家の近くのバス停で、デビュー前の安室奈美恵をたまに見かけていたと明かした。当時は「絶対に売れないだろうな」と思ってしまい、安室の引退時には地元紙へ謝罪のコメントを書いたという。NHKで野茂英雄を見て思い出した話で、安室を「沖縄の野茂英雄さんですね」とたたえた。
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「さっきNHKで野茂英雄さんを見て」高校時代のバス停の記憶
投稿は10月19日の昼、日本時間12時7分ごろだった。真栄田は「さっきNHKで野茂英雄さんを見てある事を思い出してさ」と書き出し、高校生の頃の思い出をつづった。
家の近くのバス停に、たまに見かける「雰囲気がある女の子」がいた。違う中学から来た同じ高校の友達が、その子を見てこう教えてくれたという。「あの子は安室奈美恵という子で、アクターズスクールに通っているんだよ。全国でデビューを目指しているらしい」。
だが、真栄田の受け止め方は違った。当時の沖縄について、真栄田は「まだ内地で沖縄の人が活躍出来るとは全く思ってなくてさ」と振り返る。自らを「制限思考の俺」と呼び、心の中で「絶対に売れないだろうな」と思ってしまったと打ち明けている。
予想は外れる。それも大きく。
投稿によると、その5年後にアムラーブームが来た。「日本一売れた安室さん」を見て真栄田は大反省したという。さらに安室が引退するとき、地元の新聞からコメントを求められ、「バス停で見てたあの時、今の活躍を想像出来ませんでした。私が愚かでした。ごめんなさい。」と謝罪文を書いたことも思い出したとしている。
真栄田がバス停で安室を見ていたのは高校時代の話で、最近の出来事ではない。投稿にあるのは「家の近くのバス停」という言葉だけで、真栄田はそれ以上、場所を明かしていない。
前日の予告「明後日くらいに、その話を」
伏線は前日にあった。真栄田は10月18日、同じ中学の後輩として「2個下にMAXのミナさん。10個下にミルクボーイの駒場さん」がいると投稿していた。その投稿に、フォロワーの1人が「安室奈美恵さんとか絡んで来ませんかね」と返信する。
真栄田の答えは短かった。「バス停でたまに見かけていたよ」。驚くフォロワーにはさらに「マジよ。明後日くらいに、その話を」と返し、翌19日に長文の投稿で詳しく書いた。「明後日くらい」という予告より、1日早い公開だった。
同じ18日、真栄田は前日に沖縄で開かれた中学の同窓会に、同じクラスだった漫画家の島袋光年が来ていたことも報告し、反響を集めていた。地元・沖縄の同級生や先輩後輩をめぐる話が、2日続けてXをにぎわせた。
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なぜ「沖縄の野茂英雄」なのか
真栄田は投稿の終盤で、安室を野茂に重ねた。「沖縄の人も内地で活躍出来ると思わせてくれた安室奈美恵さんは沖縄の野茂英雄さんですね」。
野茂は近鉄のエースだったが、任意引退の手続きを経て海を渡り、1995年にドジャースへ入団した。当時は「メジャーでは通用しない」と批判も受けたが、1年目に13勝、リーグ最多の236奪三振を挙げて新人王に選ばれる。同じ1995年7月には、日本選手として初めてメジャーのオールスターゲームのマウンドに立った。大谷翔平や山本由伸へと続く、日本人選手がメジャーで活躍する道を切り開いた投手だ。
野茂が日本の野球選手にとっての「無理だ」を覆したように、安室は沖縄の若者にとっての「内地では無理だ」を覆した。真栄田のたとえは、その重なりを指している。2人がほぼ同じ時期、1990年代半ばに大きく羽ばたいた点も共通する。
締めくくりは真栄田らしかった。「いつか安室さんにトルネード投法で始球式やってほしい」。トルネード投法は、体を大きくひねって投げる野茂の代名詞だ。最後の1行は「バッターは小室さんかな」。1990年代に安室の楽曲を数多く手がけた音楽プロデューサーと同じ名字を挙げ、笑いで投稿を閉じた。
安室奈美恵の歩み、2018年9月16日に引退
安室は1977年、沖縄県生まれ。沖縄アクターズスクールで歌とダンスを学び、1992年9月16日にSUPER MONKEY’Sのメンバーとしてデビューした。その後ソロで活動し、1990年代半ばには髪形や服装をまねる若い女性が「アムラー」と呼ばれ、社会現象になった。
デビュー25周年の2017年9月16、17日には沖縄でライブを開き、2日間で約5万2000人を集めた。その直後の9月20日、40歳の誕生日に公式サイトで引退を表明する。2018年5月23日には沖縄県庁で県民栄誉賞を受け、6例目の受賞者となった。当時の翁長雄志知事は、安室を沖縄出身の歌手やタレントの草分けと評した。
引退はデビューからちょうど26年となる2018年9月16日。前日の15日には沖縄コンベンションセンターで前夜祭があり、16日には宜野湾トロピカルビーチで1万2000発の花火が打ち上げられた。真栄田が地元の新聞からコメントを求められ、謝罪文を書いたのは、安室が引退する時だったという。
真栄田の投稿は、高校時代の記憶と引退時のコメントを語ったもので、安室の現在には触れていない。
スリムクラブ真栄田と沖縄、投稿への反響
真栄田は1976年3月生まれ、那覇市出身。沖縄県立首里高等学校でラグビーを始め、琉球大学教育学部に進んだ。相方の内間政成と組むスリムクラブは、2010年のM-1グランプリで準優勝し、ゆっくりとした独特の間の漫才で全国区になった。
自分も沖縄から内地へ出て、芸人として名を上げた1人だ。だからこそ、高校時代の「絶対に売れない」という思い込みを、真栄田は笑い話にしながらも本気で反省している。投稿の言葉には、先に道を開いた同郷の歌手への敬意がにじむ。
投稿は大きく広がった。10月20日7時51分時点で、いいねは2030件、リポストは101件、表示回数は8万回を超える。返信欄には、安室の始球式の場面を想像して楽しむ書き込みもあった。スポーツ紙なども相次いでこの投稿を取り上げている。
バス停で見かけた少女を「売れない」と決めつけた高校生は、その少女の引退に際して「私が愚かでした」と地元紙へのコメントで頭を下げた。安室の引退から8年。真栄田はその謝罪を、野茂のトルネードと小室さんの打席という冗談で包み、明るい思い出話として届けた。
[文/構成 by エンタメライター 真柴 ことね]









































































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