井たくまとは何者か 本名・井拓磨、佐賀大学医学部卒の33歳「ニート医師」 医師のアルバイトを続けて芸人に、「全国井さん祭り」に特別ゲストで登場

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
医師で芸人の井たくま(33)が11月3日、熊本県阿蘇郡産山村で開かれた「全国井さん祭り」に特別ゲストとして招かれた。本名は井拓磨で、佐賀大学医学部の出身。医師免許を持ちながら「ニート医師」を名乗り、医師のアルバイトを続けて芸人の活動を支える。経歴と、医師と芸人をどう両立しているのかを追った。
本名・年齢・出身は?井たくまのプロフィール
産山村は「井(い)」の名字が多い村で、祭りには100人以上が集まった。井たくまの父親は産山村の出身。東京から招かれ、トークショーに立った。
会場では1文字の名字ならではの苦労を明かした。「電話での予約が取りづらい」。名乗っても「えっ?」と聞き返されるため、「斉藤です」と別の名前で予約を取ったという。
活動名はひらがなの「たくま」だが、本名は井拓磨。M-1グランプリ公式サイトのコンビ情報にも「井拓磨(イタクマ)」と載っている。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 井拓磨 |
| 生年月日 | 1993年5月27日 |
| 年齢 | 33歳 |
| 出身 | 熊本県 |
| 出身大学 | 佐賀大学医学部 |
| 肩書 | 医師・ |
| 所属 | フリー |
名字の「井」は全国に約2900人とされ、本名だと公表している。10月3日には本人のXで、名字が1文字だと飛行機に乗れないため「イイタクマ」で予約したと明かした。チケットに印字された「II TAKUMA」がローマ数字の「Ⅱ」に見えるとして「ツータクマじゃん」とつづった。
佐賀大学医学部へ進んだきっかけと研修医時代
医師を志した理由は、強い使命感ではなかった。2025年9月のインタビューで、仲の良い友人の多くが医者を目指していたことを挙げている。
転機は浪人時代に訪れる。受験生のころ付き合っていた女性とは最終的に別れ、彼女は医学部へ進み、本人は浪人が決まった。その後、彼女が大学に入ってから医学部の学生と付き合い始めたと人づてに聞き、「絶対に医学部に行ってやる」と奮い立ったという。
進んだ先が佐賀大学医学部だった。大学ではジャズ研究会でコントラバスを弾き、部長も務めた。ジャズ喫茶で演奏した経験もあり、この趣味は後の活動にもつながっていく。
卒業後は佐賀県で2年間の初期研修に入った。比較的ゆったりした病院だったが、それでもかなりきつかったと語る。将来が見通せてしまう閉塞感もあった。
「もう死んだのと一緒だな」。研修医時代の心境を、本人はそう表現している。
「俺じゃなくても、他の人がやっても一緒だな」と感じる一方、「お笑い芸人ならワンチャンいけるんじゃねえか!?」と思い立つ。2年間の初期研修を終え、2021年4月に上京して、太田プロダクションの養成所であるエンターテインメントカレッジの芸人コースに入った。2022年にコンビを解散し、ピン芸人として再出発している。
勤務先の病院はどこ?医師と芸人の両立
「ニート医師」という呼び名は、専業で医師を務める人との違いを示すための謙遜だ。2025年9月のインタビューでは「ちゃんと医学部を卒業して医師免許も持っていますよ!」と強調していた。
本職はフリーランスのピン芸人で、医師の仕事はアルバイトとして続ける。当時は週に3〜4回ほど医師として勤務し、芸人を続けるために医師の仕事をしている面が大きいと説明した。専門領域は持っていないという。2026年6月には、美容外科医の高須幹弥氏のYouTube動画に出演し、現在は週2日ほど、健康診断や脱毛、AGA、性病科などのアルバイトをしていると話した。
勤務先の病院名は公表されていない。養成所を出て間もない2022年のインタビュー記事では、都内のクリニックに勤めていると紹介され、本人は「勤務先の人にはお笑いのこと言ってないんです」と明かしていた。
医師の収入は、芸人仲間とのつきあいにも表れる。「正直ある程度のお金もある」として、多くの芸人仲間にお金を貸していると明かした。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2021年 | 研修を終えて上京、 |
| 2022年 | コンビ解散、 |
| 2024年8月 | サンナンズ小菅とユニット「医者と研修医」 |
| 2025年5月 | 「バキバキの〜 |
| 2025年7月 | 太田プロダクションを退所しフリーに |
1000万回再生も 「本音しか言わない医者」のネタ
人気を押し上げたのは、SNSに投稿するシリーズ「バキバキの〇〇VS本音しか言わない医者」だった。ある物を盲目的に信じる男性と、それを論破する医師を一人二役で演じる。
2025年5月末に投稿した「バキバキの味の素否定派VS本音しか言わない医者」をきっかけに再生数が伸び、1000万回を超える動画も生まれた。2025年9月のインタビューによると、YouTubeの登録者数は、5月時点で目標にしていた3万人を大きく超えて17万人に届いた。Instagramのフォロワーも約4万人から28万人超へ増え、生配信の同時接続は約100人から約500人に膨らんだという。
医師の知識を生かした豆知識や病院あるあるの動画でも知られ、日清食品グループの公式チャンネルには、完全メシの「本音しか言わない医師 篇」に「ニート医師 井たくま」として出演した動画がある。
ジャズの縁も生きた。ミュージシャンのマコトコンドウとのポッドキャスト「すべての道はジャズに通ず。」は、2026年3月の「第7回 JAPAN PODCAST AWARDS」で一般クリエイター部門のパーソナリティ賞に選ばれた。マコトコンドウの楽曲「ヤなやつ(feat. 井たくま)」では作詞にも名を連ねる。
太田プロ退所の理由と、これからの目標
バズの最中だった2025年7月、太田プロダクションを離れた。理由について本人は「自分が強みとしていきたいことと、既に業界で地位を確立している大手お笑い事務所である太田プロの目指すところが、必ずしも一致しなかった」と説明している。
ところが、決断の裏には不安もあった。「もしかしたら今後もう二度とバズらないかも」という危機感があったと打ち明け、「事務所に所属していないことによる自由はありますが、同時に後ろ盾もありません」とも語る。「まだテレビに出たいという気持ちも残っている」という。
賞レースではR-1グランプリに毎年挑んでおり、2025年9月のインタビューでは「毎回2回戦敗退」だとして「今度こそ次のステージに進みたい」と話し、オールナイトニッポンのパーソナリティを務めること、タモリとジャズの話をすることを夢に挙げる。
上京して間もない2022年、本人は「とにかく40歳になるまでは、なんとかして売れたいです。」と期限を口にしていた。33歳の今、医師のアルバイトで足場を固めながら、父の故郷の祭りに特別ゲストとして招かれた。
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[文/構成 by ライター 小川 そら]








































































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