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すみれ、父・石田純一への怒りを手放せたのは20代 小1の不倫騒動から17歳での再会、東尾理子を「お姉ちゃんのよう」と語る今の関係

すみれ、父・石田純一への怒りを手放せたのは20代 小1の不倫騒動から17歳での再会、東尾理子を「お姉ちゃんのよう」と語る今の関係

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

モデルで俳優のすみれ(36)が11月1日に配信されたインタビューで、父・石田純一への思いの移り変わりを語った。小学1年生で父の不倫騒動を経験し、怒りを抱えたままハワイへ渡ったが、気持ちが変わったのは20代になってからだという。父を許せるようになり、「すごく気持ちがラクになりました」とも振り返った。今は父の妻・東尾理子を「お姉ちゃんのように思っています」と話している。

小学1年生で味わった父への怒り

すみれは1990年、俳優の石田純一と女優の松原千明さんの長女として生まれた。インタビューでまず明かしたのは、両親の離婚につながった父の騒動の記憶だった。

「父の不倫騒動がマスコミで取り上げられたとき、私は小学校1年生でした」。学校では「文化の子」と言われ、いじめを受けたという。当時、父の発言はスポーツ紙やワイドショーで「不倫は文化」という短い言葉に縮められて広まり、石田本人は後に、その言葉そのものは口にしていないと説明している。

幼いすみれの胸にあったのは、「パパが悪いんだ」という強い怒りだった。いじめのつらさより大きかったのは「ママを守りたい」という気持ちで、母が苦しむ姿を見て「私が母の味方にならなければ」と思っていたと語る。

母の松原さんは、ふだんから「すみれは私の宝物」「私の大事な子」と言葉をかけてくれる人だった。ただ、すみれはいじめのことを母にあまり話さなかったという。支えになったのはそばにいてくれる友だちで、いじめた相手を見返そうと勉強や習い事に打ち込んだと語る。

ハワイ移住、母の姓に変えて「もうパパとは話さない」

1997年、7歳のすみれは母とともにハワイへ移り住み、両親は1999年に離婚した。新しい土地では母に加え、友人や地域の人たちにも助けられたと振り返る。

それでも、父への怒りはすぐには消えなかった。

「ハワイに行ってからもしばらくは、父のことは怒っていました」。苗字も母の姓に変え、「もうパパとは話さない」と口にしていた時期もあったと明かしている。

17歳で自ら書いた手紙、10年ぶりの再会

距離が縮まるきっかけを作ったのは、すみれ自身だった。17歳になった2007年、父に「会いたい」と手紙を書き、ハワイで約10年ぶりの再会を果たす。母娘でテレビ番組に出演した2012年当時の報道で伝えられた経緯だ。

2016年の雑誌のインタビューでは、手紙を送った理由について「大学の学費の相談もしたくて、私から手紙を送ったんです」と説明していた。久しぶりに会った父の第一印象は「いい人だなと思ったけど、チャラチャラしていて(笑)」。再会の場面を笑いを交えて話せるほどには、わだかまりがほどけ始めていたことになる。

「パパも人間なんだな」20代で変わった見方

再会しても、気持ちが一度に切り替わったわけではない。11月1日配信のインタビューで、すみれは「気持ちが変わってきたのは、20代になってからですね」と語った。

転機は、父を一人の人間として見られるようになったことだった。「パパも人間なんだな」と思えるようになり、父自身も自分の行動が原因で仕事も含めていろいろなものを失ってきたと受け止めるようになる。「父がいなければ、私も生まれてこなかったわけですし」とも話し、何事も「ま、いいか」と思えるところは父によく似ているという。

父の行動をすべて肯定するわけではない。それでも、怒り続けなくていいと思えるようになった。「やっぱり家族は家族なんです」。

許したことで楽になったのは、むしろ自分のほうだったという。

「人を許すことって、相手のためじゃなくて、きっと自分のためなんだと思います」。母については「母は強い人だったからこそ、父を許せるようになるまでもっと時間がかかりましたが、最終的には穏やかな気持ちになれたんじゃないかな……」と思いをはせた。その母・松原さんは2022年10月8日、ハワイの自宅で64歳で亡くなっている。

東尾理子は「お姉ちゃん」、いしだ壱成は「お兄ちゃん」

いま、すみれが語る石田家の関係は穏やかだ。父の妻でプロゴルファーの東尾理子については「理子ちゃんのことは、お姉ちゃんのように思っています」と話す。すみれによると、東尾は大学時代に心理学を専攻しており、メンタルヘルスに関心のあるすみれとは話していて楽しいという。

異母兄で俳優のいしだ壱成とは、父と東尾が結婚してから顔を合わせるようになった。「今ではお兄ちゃんであり、尊敬できる先輩のような存在です」と、兄への信頼を言葉にしている。

すみれの目には、父は年齢を重ねるほど家族思いになっているように見えるという。石田と東尾の長男・理汰郎くんの野球の試合や練習には「どんなに忙しくても行っているみたい」と明かした。

「家族は多ければ多いほどハッピーだと思っていますし、わだかまりを感じたことはありません」。複雑な事情を抱えた家族が、ここまでいい関係を築けたのは「本当に奇跡的なこと」とし、石田家を「マジックファミリー」と呼んだ。

2026年7月には、いしだが父とすみれとの3ショットを公開し、すみれの誕生日を3人で祝ったことを報告している。インタビューで語られた関係は、こうした場面にも表れている。

父との歩みを年表で整理

時期出来事
1988年石田純一と松原千明さんが結婚
1990年すみれが誕生
小学1年生のころ父の不倫騒動が報じられ、学校で「文化の子」と言われる
1997年7歳で母とハワイへ移住。その後、苗字を母の姓に変える
1999年両親が離婚
2007年17歳で父に手紙を書き、ハワイで約10年ぶりに再会
20代「パパも人間なんだな」と思えるようになり、怒りを手放す
2021年11月一般男性との結婚を発表
2022年4月第1子の長男が誕生
2022年10月母・松原千明さんがハワイの自宅で死去
2026年7月いしだ壱成が父・すみれとの3ショットで誕生日を祝福

母になったすみれが感じる「普通の毎日」

すみれは2021年11月に一般男性との結婚を発表し、2022年4月に長男を出産した。4歳になった息子を育てるなかで、言葉やハグで愛情を伝えてくれた母に、自分が大切に育てられたと感じているという。

幸せの形を尋ねられると、答えはごく身近なところにあった。「今の私にとって一番の幸せは、家族でたわいのない話をしているとき、寝る前に息子をギュッと抱きしめるとき、朝かわいい寝顔を見られるときですね」。

小学1年生で父に向けた怒りは、20代で手放され、30代の今は大きな家族とのつながりに変わった。インタビューには後編もあり、ハワイと日本の良さを取り入れた4歳の息子の子育てについて語っている。

[文/構成 by ライター 小川 そら]

寄稿者

小川 そら
人物ニュース・芸能・スポーツ・社会の話題を担当しています。記事を書くときに決めているのは、確認できていないことを書かないことと、報道の表現をそのまま強めないこと。経歴や活動歴は時系列で整理し、「いつ・何があったか」がすぐ追える形にまとめています。休日はドラマの一気見と、近所の喫茶店めぐりで過ごすことが多いです。

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