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鈴木孝幸、アジアパラ水泳50m自由形S4で金メダル 浜松市出身、聖隷クリストファー高OBの39歳

鈴木孝幸、アジアパラ水泳50m自由形S4で金メダル 浜松市出身、聖隷クリストファー高OBの39歳

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

第5回アジアパラ競技大会(2026/愛知・名古屋)の競泳男子50メートル自由形(運動機能障害S4)決勝が10月19日に名古屋市で行われ、鈴木孝幸(39)=ゴールドウイン=が38秒17で優勝した。浜松市出身で、母校は聖隷クリストファー高等学校。地元・静岡県の報道では、今大会の静岡県勢で最初の金メダルとなった。大会前に帯状疱疹を患い、調整が遅れる中でのレースだった。

スタート直後に先頭へ、後続を大きく引き離した38秒17

会場は名古屋市南区の名古屋市総合体育館(NGKスポーツプラザ)にあるレインボープール。大会の競泳は10月19日から23日までの5日間の日程で、鈴木の50メートル自由形は初日の決勝種目に組まれていた。

いつもは後半に追い上げるレースが多い鈴木だが、この日はスタート直後から抜け出し、そのまま先頭を守った。2位の選手とは5秒以上の差がついたと報じられている。50メートルのレースで5秒差は、ほぼ独走だった。

タイムの38秒17は、鈴木が2024年パリ・パラリンピックのこの種目で出した自己ベストでアジア記録の36秒85には届かなかった。それでも、体調が万全ではない状態で臨んだ大会の初戦でアジアの頂点に立った。

鈴木はアジアパラ競技大会の出場が今回で5大会目となる。2018年のジャカルタ大会、2022年の杭州大会(2023年に開催)でもこの種目を制しており、50メートル自由形はこれで3大会続けての金メダルとなった。

アジアパラでの歩みを並べると、勝ち続けてきた年月が見える。初出場の2010年広州大会では100メートル自由形と200メートル自由形で優勝し、2014年の仁川大会は50メートル平泳ぎで金。2018年のジャカルタ大会では50メートル自由形、50メートル平泳ぎ、100メートル自由形、200メートル自由形、混合4×50メートルメドレーリレーの5種目すべてで頂点に立った。杭州大会でも50メートルと100メートルの自由形を制している。

地元で「静岡県勢第1号」と報道、競泳の日本勢は初日に金3個

アジアパラは10月18日に開幕し、過去最多となる45の国・地域が参加している。翌19日から各競技が本格的に始まり、その初日に鈴木が金メダルを手にした。静岡県内の報道は、この金メダルを「静岡県勢第1号」と伝えている。

同じ19日の競泳には、沼津市出身の芹沢美希香も女子200メートル自由形(知的障害)に出場したが、予選で敗退した。自転車トラックでは、掛川市出身の杉浦佳子が女子3000メートル個人追い抜き(運動機能障害C1~3)で銀メダルを獲得した。

競泳の日本勢は大会初日から勢いに乗った。女子100メートル自由形の辻内彩野、女子200メートル自由形(知的障害)の木下あいらも優勝し、競泳の日本勢は初日だけで金メダル3個を手にした。木下は前回大会に続く連覇。同じ19日には柔道でも日本勢の金メダルが生まれた。

関連記事:半谷静香、アジアパラ柔道女子52キロ級で逆転優勝 福島県いわき市出身、日本勢金メダル第1号

浜松市で育ち、聖隷クリストファー高1年で競泳を再び始める

鈴木は1987年1月23日生まれ、静岡県浜松市の出身。生まれつき右腕は肘から先がなく、両脚もない。クラス分けは自由形などがS4、平泳ぎがSB3だ。運動機能障害の自由形はS1からS10に分かれ、数字が小さいほど障害が重いクラスになる。

水泳との出会いは6歳だった。小学校に上がるとプールが大きくなり、足が底に着かなくなる。そうなっても慌てず、ほかの子どもたちと同じ水泳の授業を受けられるようにと、障害のある子どもも受け入れるスイミングスクールに通い始めた。小学校では金管バンド部と掛け持ちで水泳部に入り、中学では吹奏楽部に所属して、水泳は授業で泳ぐ程度だったという。

転機は高校1年。学校法人聖隷学園が運営する聖隷クリストファー高等学校(浜松市中央区三方原町)の進学コースで授業の多い日々を送るうち、体を動かしたくなり、最初に通ったスイミングスクールへ戻った。そこから競泳の大会に出るようになり、17歳で2004年のアテネ・パラリンピック代表に選ばれる。競技を本格的に始めてから、世界の舞台まで2年ほどだった。

競泳を始めた理由について、鈴木本人はあまり覚えていないという。家族によると、当時は「有名になりたい」と話しており、水泳ならチャンスがあると考えたらしい。高校生の思いつきに近い動機が、20年以上続く競技人生の出発点になった。

高校卒業後は早稲田大学教育学部に進み、2009年に卒業した。現在はスポーツ用品メーカーのゴールドウインに所属する。

パラリンピック6大会で金3個、メダルは通算14個

アテネから2024年のパリまで、鈴木はパラリンピックに6大会続けて出場してきた。最初の金メダルは2008年の北京大会、21歳で制した50メートル平泳ぎ(SB3)だった。

2016年のリオデジャネイロ大会はメダルに届かず、その後は自由形にも力を入れる。2021年に開かれた東京大会では100メートル自由形(S4)で2個目の金メダルを手にした。37歳で迎えた2024年のパリ大会では、50メートル平泳ぎ(SB3)で、北京大会で出した自身の記録を0秒45更新する自己ベストの48秒04で優勝。50メートル自由形と100メートル自由形で銀、200メートル自由形で銅も加え、パラリンピックのメダルは通算14個になった。

パリの50メートル自由形決勝では、自己ベストを0秒62縮める36秒85のアジア新記録で銀メダル。レース後には「レースの前にコーチにも、36秒台を出したいと目標設定をして取り組んできたので、達成できたのはうれしいなと思います」と喜んだ。東京大会に続き、出場した個人種目すべてでメダルを手にした大会でもあった。

帯状疱疹を明かしてから1週間、残る種目へ

万全の状態でつかんだ金メダルではなかった。10月12日に東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで行われた日本代表の練習公開で、鈴木は1週間ほど前に帯状疱疹にかかったと明かしていた。その場では「(19日の)レースまでには泳ぎ始められると思う。できる限りのことをやる」と話している。

その言葉どおり初戦のレースに間に合わせ、結果は金メダル。鈴木は100メートル自由形(S4)などにもエントリーしている。競泳は10月23日まで続く。2027年1月に40歳を迎えるベテランにとって、2010年に始まったアジアパラが日本で開かれるのは今回が初めてで、地元・静岡県の隣の愛知県で残る種目に挑む。

[文/構成 by スポーツライター 南條楓]

寄稿者

南條楓
学生時代に陸上の中距離を続けていたこともあり、記録で勝負が決まる競技に惹かれてスポーツを書くWebライターに。執筆歴は8年。陸上や水泳、体操、フィギュアスケートなど、記録と採点が結果を左右する競技を中心に、国際大会の速報から選手の歩みをたどる記事まで担当してきた。タイムや得点の意味、予選から決勝までの流れを、初めて観る人にも伝わる言葉で書くことを大切にしている。

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