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池田耀平、アムステルダムマラソン2時間5分16秒で9位 MGC出場権獲得、花王所属の経歴

池田耀平、アムステルダムマラソン2時間5分16秒で9位 MGC出場権獲得、花王所属の経歴

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

男子マラソンの池田耀平(28)=花王=が、10月18日(現地時間)にオランダで行われたTCSアムステルダムマラソンに出場し、2時間5分16秒で9位に入った。日本陸連が定めるMGC参加標準記録の2時間6分30秒を上回り、2028年ロサンゼルス五輪の代表選考会となるMGC(2027年10月3日、名古屋)の出場権を手にした。記録は自己2番目で、自己ベストとの差はわずか4秒だった。

雨のアムステルダムで9位、30kmまで先頭集団

レースは10月18日午前9時(現地時間、日本時間同日午後4時)にスタートした。会場はオリンピックスタジアム発着のコースで、世界陸連の最上位格付け「プラチナラベル」を持つ高速レースとして知られる。この日は雨が降るあいにくのコンディションだった。

池田は序盤から先頭集団に入った。5kmを15分4秒、10kmを29分42秒で通過し、ハーフは1時間2分26秒。ペースメーカーが引く大集団がハーフを1時間2分24秒で通過しており、そのわずか2秒後ろにつけていた計算になる。30kmも1時間28分51秒で、ここまで優勝争いの集団から大きく離れずに進んだ。

勝負が動いたのは30km以降だ。ペースメーカーが外れると先頭が一気にペースを上げ、池田は集団から少しずつ離れていく。35km通過は1時間43分37秒で、トップから十数秒差の13位付近。そこから先は1kmあたり3分を超えるペースに落ちたものの、前から落ちてくる選手を一人ずつ拾い、順位を押し上げた。40kmを1時間58分41秒で通過し、最後は2時間5分16秒でフィニッシュ。10位のイフニリン・アダネ(エチオピア)と同タイムながら、先着して9位を確保した。

前半のハーフ1時間2分26秒に対し、後半は1時間2分50秒。後半の落ち込みは24秒にとどまる。雨の中で世界のトップと30km過ぎまで並走し、それでも大崩れしなかった内容は、数字にもはっきり表れている。

優勝はベルハヌ、11人が2時間6分を切る高速レース

優勝はレミ・ベルハヌ(エチオピア)で、記録は2時間3分33秒。前年にジェフリー・キプチュンバ(ケニア)が出した大会記録2時間3分30秒にあと3秒と迫る自己ベストだった。残り数キロのフォンデル公園付近でニコラス・キプコリル(ケニア)と競り合い、40km過ぎに抜け出して6秒差で逃げ切った。2位のキプコリルが2時間3分39秒、3位のパトリック・モシン(ケニア)が2時間3分58秒で、表彰台の3人がそろって2時間4分を切ったのは大会史上初めてとなった。

上位の結果は次のとおり。

順位選手(国・地域)記録
1位レミ・ベルハヌ(エチオピア)2時間3分33秒
2位ニコラス・キプコリル(ケニア)2時間3分39秒
3位パトリック・モシン(ケニア)2時間3分58秒
4位カリプス・ロムワイ(ケニア)2時間4分9秒
5位シラ・キプトー(ケニア)2時間4分13秒
6位ジャスタス・カンゴゴ(ケニア)2時間4分24秒
7位ジョナサン・コリル(ケニア)2時間4分53秒
8位イサイア・ラソイ(ケニア)2時間4分57秒
9位池田耀平(日本)2時間5分16秒
10位イフニリン・アダネ(エチオピア)2時間5分16秒

2時間6分を切ったのは11位のビクター・キプチルチル(ケニア、2時間5分40秒)までの11人。上位8人はケニアとエチオピアの選手が占め、その次に入ったのが池田だった。男子の招待選手で日本から出場したのは池田1人で、女子の招待選手にも日本選手はいなかった。女子はブゼ・ディリバ(エチオピア)が大会新記録の2時間16分12秒で制している。

自己ベストまで4秒、日本歴代との比較

池田の自己ベストは、2024年9月のベルリンマラソンで6位に入ったときの2時間5分12秒。当時は鈴木健吾の日本記録2時間4分56秒に次ぐ日本歴代2位だった。その後、2025年12月のバレンシアマラソンで大迫傑が2時間4分55秒の日本新記録を樹立したため、池田のベルリンの記録は現在、日本歴代3位にあたる。

アムステルダムの2時間5分16秒は、吉田祐也が2024年12月の福岡国際マラソンで出した2時間5分16秒と同じタイム。日本記録とは21秒差で、自己ベストにはあと4秒届かなかった。2026年は、3月の東京マラソンで大迫が日本人トップの2時間5分59秒、10月11日のシカゴマラソンで赤﨑暁が日本歴代6位の2時間5分48秒をマークしており、池田の記録はそれぞれを43秒、32秒上回る。

ベルリン以降のマラソンは順調だったわけではない。2025年3月の東京マラソンは世界選手権代表を狙って第2集団で攻めたものの、2時間6分48秒の14位(日本人4番手)。レース後には「プレッシャーのかかる中で力を出せなかったのは今の僕の力」と語っていた。同年10月には出場予定だった東京レガシーハーフマラソンを故障で欠場している。

立て直しのきっかけは、この秋のハーフマラソンだった。2026年9月13日にイギリス・ニューカッスルで行われたグレートノースラン(片道コースのため記録は非公認)で1時間0分40秒をマークし、日本人トップの3位に入った。2022年に出した自己記録1時間0分59秒を19秒上回る走りで、そこから約1カ月後のアムステルダムにつなげた。

野球部のエースから箱根2区、花王のエースへ

池田は1998年6月22日生まれ。中学時代は野球部のエースだったが、静岡県の島田高校に進むと、先生に誘われて陸上を始めた。高校3年時にはインターハイの1500mで5位に入っている。

日本体育大学に進学後は、1年目に故障が続いて箱根駅伝を走れなかった。それでも徐々に力をつけ、4年時の2021年第97回箱根駅伝では各校のエースが集まる2区で区間3位、日本人トップの快走を見せた。

2021年に花王(Kao)へ入社。2023年の大阪マラソンで初マラソンに挑み、2時間6分53秒で7位に入ると、同年秋の杭州アジア大会ではマラソンで6位だった。駅伝ではニューイヤー駅伝の最長区間・2区を任され、2025年大会では1時間1分48秒で区間賞を取っている。チームのサイトでは、走りのセールスポイントに「積極性と粘り」を挙げる。アムステルダムでも、前半から先頭集団に入る積極性と、終盤に順位を上げた粘りの両方が出た。

MGC出場権の条件と、名古屋への道

MGCに進む方法は、日本陸連の規定で五つある。MGCシリーズ加盟大会で決められた日本人順位と記録を満たす方法、日本代表として派遣された大会で一定の成績を残す方法、参加標準記録を突破する方法、MGCシリーズで8位以内に入る方法、ワイルドカードの5通りだ。

池田が使ったのは三つ目の参加標準記録。男子は2時間6分30秒以内で、MGCシリーズ加盟大会のほか、ワールドマラソンメジャーズや世界陸連プラチナラベルのレースも対象に含まれる。アムステルダムはプラチナラベルの大会にあたり、2時間5分16秒は標準を1分14秒上回った。

日本代表として派遣された大会での成績もMGCにつながる道の一つで、2026年の愛知・名古屋アジア大会ではマラソン3位以内が条件とされていた。

関連記事:山下一貴、アジア大会男子マラソンで金メダル 2時間10分49秒、日本勢は2018年の井上大仁以来8年ぶり、三菱重工所属の経歴を整理

MGCは2027年10月3日に名古屋で開かれる。ロサンゼルス五輪の男子マラソン代表を決める選考会で、日本記録保持者の大迫もバレンシアの結果で出場権を得ている。故障に苦しんだ時期を越え、池田はまず1年後のスタートラインに立つ権利をつかんだ。花王のサイトに記された2026年度の目標は「準備をしてマラソンのスタートラインに立つこと」。その目標の先にあった一歩を、雨のアムステルダムで刻んだ。

[文/構成 by スポーツライター 南條楓]

寄稿者

南條楓
学生時代に陸上の中距離を続けていたこともあり、記録で勝負が決まる競技に惹かれてスポーツを書くWebライターに。執筆歴は8年。陸上や水泳、体操、フィギュアスケートなど、記録と採点が結果を左右する競技を中心に、国際大会の速報から選手の歩みをたどる記事まで担当してきた。タイムや得点の意味、予選から決勝までの流れを、初めて観る人にも伝わる言葉で書くことを大切にしている。

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