yahyel篠田ミルさん死去 死因は公表されず…3月ツアー中止から2か月後の訃報 音の場をつくり続けたその経歴を辿る

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東京発のオルタナティブR&Bバンド・yahyelのメンバーで、サンプリングとコーラスを担った篠田ミルさんが、2026年4月14日に亡くなった。2015年の結成初期から音楽的な核を担い、2025年10月には初のソロEP『Pressure Field』もリリース。音楽で社会へ働きかける姿勢でも知られる人物だ。
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yahyelが伝えた訃報、2か月の沈黙
yahyelの公式SNSが篠田ミルさんの死去を発表したのは、2026年6月20日のことだった。「2026年4月14日に永眠いたしました」とのグループ名義の声明で、メンバーやスタッフは「今はまだこの現実を受け入れられない日々を過ごしています」とつづっている。
死亡から報告まで約2か月。この間、バンドは公の発表を控え、近親者のみで葬儀を執り行った。声明では「皆様におかれましても静かに篠田ミルを見送っていただけると幸いです」と、ファンへも静かな見送りを呼びかけている。死因は公表されていない。
2026年3月に予定されていたyahyelのツアーは、篠田さんの体調不良で中止になった。当時は詳しい事情が明かされず、ファンは回復を待っていた。その沈黙の先に重い状況があったことは、4月14日の逝去と6月の発表で明らかになった。
篠田ミルさんは1992年生まれ。バンドの結成当初からサンプリングとコーラスを担い、yahyelのサウンドを内側から形作った人物だ。
2015年、Bandcampから始まった東京発の音楽
yahyelは2015年春に東京で生まれたバンドだ。池貝峻(ボーカル)、杉本亘(シンセサイザー・コーラス)、篠田ミルの3人が中心となり、自主制作EPをBandcampで公開するところから活動がスタートする。
バンド名「yahyel」は、ニューエイジ系の言葉で「2015年以降に人類が初めて接触する異星人」を意味するとされている。「日本的ギミックなしで世界に音楽を発信する自分たちを皮肉って宇宙人と自称している」という自己紹介は、出発から国内外を視野に入れた姿勢を表す。
ジェイムス・ブレイクやザ・ウィークエンドを参照点とするポスト・ダブステップとオルタナティブR&Bのサウンドは、日本のインディーシーンで新しい地図を引いた。2015年秋にはドラマーの大井一彌と映像作家の山田健人が加わり、バンドとしての輪郭が定まっていく。
デビューから「Loves & Cults」まで、積み重ねた10年
2016年11月、初アルバム『Flesh and Blood』をリリース。フジロックフェスティバルのRookie A Go Goステージへの出演も経験し、バンドとしての存在を広く知らしめた一作となった。
2018年の2ndアルバム『Human』、2023年の3rdアルバム『Loves & Cults』と積み重ねながら、yahyelはアルバムごとに音の風景を更新し続ける。国内だけでなく海外のリスナーにも届くバンドとして、評価も積み上がっていく。
その間も、篠田ミルさんはサンプリングとコーラスでサウンドの骨格を内から支えていた人物だ。音楽と社会問題を結びつけた活動にも積極的に関わり、それはバンドの外でも続く仕事に広がっていく。
〈ecp〉設立、そして最後のソロEP
2024年、篠田ミルさんは音楽家の松永拓馬とともに音楽プラットフォーム〈ecp〉を設立した。アーティストが新しい形で作品を発表できる場所を目指したプロジェクトだ。
2025年10月22日、初のソロEP『Pressure Field』を〈ecp〉からリリースする。全6曲。「圧力変化の個人的な備忘録であり、その音響的な軌跡」と説明されたこの作品には、気候変動、新自由主義、福島の原発問題といった社会的テーマへの鋭い感受性が織り込まれている。ポップな感覚とアヴァンギャルドな質感が交差する。
「Good Morning Mr.Kishida」「Power Plant – Fukushima 250117」。収録曲のタイトルだけでも、篠田ミルさんが世界に向き合い続けていたことが伝わってくる。
残された言葉と音楽
「今はまだこの現実を受け入れられない日々を過ごしています」。バンドの言葉は短く、それでも正直だった。
yahyelは現在4名の体制で活動を続けている。篠田ミルさんが残した音楽——yahyelでのサウンドのひとつひとつも、〈ecp〉から届けた最後のソロEPも——確かにここに残っている。
[文/構成 by 小川 そら]






























































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