豊昇龍、九州場所へ「出るつもりでやっている」 平戸海と2日で62番の稽古、出場は師匠と相談

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3場所連続で休場している横綱・豊昇龍(27)=立浪部屋=が、11月2日と3日の2日間、幕内・平戸海(境川部屋)と計62番の稽古を行った。2日は境川部屋に出向いて34番、3日は福岡県糸島市の立浪部屋で28番取り、3日は20勝8敗だった。九州場所(11月8日初日、福岡国際センター)の出場については「出るつもりでやっている」としながらも、明言を避けた。
2日で62番、3日は平戸海に20勝8敗
最初の34番は11月2日。豊昇龍が自ら境川部屋へ出向き、平戸海と胸を合わせた。この日の勝敗は報じられていない。
翌3日は立場が入れ替わる。今度は平戸海が糸島市の立浪部屋へ出稽古に訪れ、豊昇龍は28番を続けて取って20勝8敗だった。2日間の合計は62番に上る。九州場所の初日まで1週間を切った時期に、同じ相手と連日これだけの番数を重ねた。
序盤は平戸海に押し込まれる場面が目立った。しかし中盤から自分で攻める相撲が増え、報道によると終盤は6連勝で締めくくったという。7月下旬に手術した右ひざにはサポーターを着けていたものの、ぶちかましやのど輪など多彩な攻めを見せ、ひざを気にする様子は見られなかった。スタミナでも相手を上回り、息が乱れなかったとも伝えられている。
| 日付 | 場所 | 相手 | 番数 | 豊昇龍の成績 |
|---|---|---|---|---|
| 11月2日 | 境川部屋 | 平戸海 | 34番 | 報道なし |
| 11月3日 | 立浪部屋 | 平戸海 | 28番 | 20勝8敗 |
平戸海は長崎県平戸市出身の幕内力士で、九州場所は地元・九州での本場所になる。その平戸海が、横綱の稽古相手を2日続けて務めた。
「出るつもり」と、まだ下さない決断
稽古後、九州場所の出場可否を問われた豊昇龍は「出るつもりでやっている」と答えた。ただ、その先は言い切らなかった。報道によると、まだ決めていない、師匠の立浪親方(元小結旭豊)とはまだ話していない、師匠と話してから決める、という趣旨の言葉が続き、最終判断は持ち越した。報道によって後半の言い回しは異なるが、出場を前提に準備しつつ結論は師匠との相談を経て出す、という点はどの報道でも共通している。
体については前向きだ。報道によると、体の状態は「日に日に良くなっている」と話している。右ひざについても「大丈夫」と答えた。
稽古の手応えを聞かれると、受け止めてから取る相撲なども試したと説明し、「悪くはない」と語った。
62番という番数には理由がある。10月の秋巡業中、京都で八角理事長(元横綱・北勝海)から番数を取るように言われた。その助言を守り、場所前の稽古でも番数を重視している。
関連記事:豊昇龍、九州場所へ「出るつもり」 右ひざ手術後の朝稽古で幕下以下と15番13勝2敗
10月27日から変わったこと、変わらないこと
言葉を並べてみる。10月27日、福岡入り後初めて相撲を取る稽古で幕下以下の力士と15番取って13勝2敗だった日、豊昇龍は「出るつもり」と話し、最終判断は「ぎりぎりまで分からない」として師匠と話して決める考えを示していた。11月3日の言葉も「出るつもりでやっている」で始まり、決定は師匠との相談に委ねている。
出場を前提に準備し、決めるのは師匠と話してから。この順番は、1週間たっても変わっていない。
変わったのは稽古の中身だ。10月27日の相手は部屋の幕下以下の若い衆だった。その後、10月29日に境川部屋で平戸海と29番、30日に福岡市中央区の高砂部屋で幕内・朝白龍と15番取って12勝3敗。手術後、連日の出稽古はこれが初めてで、30日は「いい感じ。今日は当たりが良かった」と話した。右ひざは「腫れもない」という。31日も福岡市の追手風部屋で大栄翔と16番取って14勝2敗で、出稽古は3日続いた。
そして11月2日と3日、平戸海と2日で62番。相手は幕下以下の若い衆から関取へ、番数は15番から1日30番前後へと増えた。
右ひざ手術から九州場所まで
けがの経緯を整理する。5月の夏場所は右太もも裏を痛めて2日目から休場し、7月の名古屋場所では古傷の右ひざを悪化させて14日目から休場した。7月下旬に右ひざの内側側副靱帯の手術を受け、9月の秋場所は初日から全休。夏場所から3場所続けて15日間を取り切れていない。
手術を本人が明かしたのは、8月19日に両国国技館で行われた健康診断の場だった。以前から痛めていたものの、ここまで悪いとは思っていなかったと打ち明け、医師から手術をしなければ回復に1年かかると告げられたことが決め手になったと説明している。約1週間入院し、夏巡業は休場した。
2026年の本場所の成績は次のとおりだ。
| 場所 | 地位 | 成績 |
|---|---|---|
| 初場所 | 東横綱 | 10勝5敗 |
| 春場所 | 東横綱 | 11勝4敗 |
| 夏場所 | 東横綱 | 0勝2敗13休 |
| 名古屋場所 | 東横綱 | 7勝7敗1休 |
| 秋場所 | 西横綱 | 0勝0敗15休 |
秋場所の休場が決まった9月、立浪親方は次に出る場所が進退にかかわるとの考えを示していた。秋場所前の9月4日の稽古総見でも、四股やぶつかり稽古で胸を出す動きにとどまり、相撲を取る稽古はできていなかった。秋場所前と比べれば、今の豊昇龍は相撲を取る稽古を連日こなしている。
流れが変わるのは10月の秋巡業だ。10月10日の長野県松本市から途中参加し、14日の岐阜県高山市で相撲を取る稽古を再開。16日の京都では大の里らと19番取って8勝11敗と負け越し、このとき八角理事長から番数を重ねるよう指示を受けた。巡業は25日の山口県宇部市まで帯同している。
その間の10月20日、立浪親方は巡業から参加していることを挙げ、九州場所に出場させる方針を示した。
関連記事:豊昇龍、九州場所出場へ 師匠・立浪親方が方針示す 右膝手術を経て2場所ぶりの本場所
判断は取組編成会議の11月6日までに
最終判断の期限は近い。報道によると、豊昇龍は九州場所の初日と2日目の取組を決める取組編成会議が開かれる11月6日までに出場の可否を決める方針で、ぎりぎりまで右ひざの状態を見極める。立浪親方は、賜杯争いに絡める状態にあるかどうかを復帰の基準に挙げているという。
九州場所は11月8日に福岡国際センターで初日を迎え、22日まで15日間行われる。番付では西の横綱に座り、東の横綱は秋場所で6度目の優勝を果たした大の里だ。
豊昇龍はモンゴル・ウランバートル出身で、叔父は元横綱・朝青龍。2025年初場所後に第74代横綱へ昇進したが、横綱としての優勝はまだない。福岡の土俵との相性は悪くない。2024年の九州場所は西大関として13勝2敗で千秋楽まで優勝を争い、横綱で臨んだ2025年の九州場所も12勝3敗で、優勝決定戦で安青錦に敗れて賜杯を逃した。
出場すれば、7月の名古屋場所以来となる本場所の土俵。11月3日の稽古を終えた時点で、その答えはまだ出ていない。
[文/構成 by スポーツ担当ライター 疾風(HAYATE)]








































































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