小野禎一、『情熱大陸』で密着 すきやばし次郎・小野二郎の長男、67歳の歩み

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
東京・銀座の鮨店「すきやばし次郎」で板場に立つ小野禎一(67)が、11月1日放送のMBS/TBS系『情熱大陸』で密着取材を受けた。「鮨の神様」と呼ばれる父・小野二郎(101)の長男で、24歳で父の店に入ってから40年以上、父を師として鮨を握ってきた職人だ。番組は「自分の鮨」を探した時期を経て父の型へ立ち戻った禎一の歩みを追った。
11月1日の『情熱大陸』が追った「神様の子」
放送は11月1日(日)の第1426回。番組公式サイトは禎一を「鮨職人『すきやばし次郎』」として紹介し、副題に「父は『鮨の神様』と呼ばれた。その影で生きた男の矜持。」と掲げた。ナレーションは窪田等が担当している。
舞台は銀座4丁目のビルの地下にある、10席だけのカウンターだ。一品料理やつまみを出さず、季節の握りを20貫ほど続けて出す「おまかせ」の形を確立したのが二郎で、番組はその板場を継いで今日も握り続ける長男の日常にカメラを向けた。
番組の紹介文によると、禎一はかつて「自分の鮨」を求めて試行錯誤を重ねた時期があった。葛藤の末にたどり着いた答えは「やはり父の鮨が一番美味しい」というもの。父が築いた仕込みと技に立ち戻り、その道を歩むと決めたという。
型を崩さないまま、素材の状態や時代の変化に合わせて細かな工夫を毎日重ねる。酢飯の温度の管理、仕込みへの妥協のなさ、一貫を握るときの集中。紹介文はそうした日々の仕事を挙げ、追いついたと思うとまた引き離される父の背中を禎一が追い続けていると伝えた。
かつて息子の鮨を口にすることがなかった二郎が、今は禎一の握る一貫を食べる。その父が何を思うのかも、番組の見どころの一つとして示された。
カーレーサーの夢から赤坂の日本料理店へ
番組公式のプロフィールでは、禎一は1959年7月31日に大阪で生まれた。11月1日の放送日時点で67歳となる計算だ。
店の公式サイトの年表によると、父の二郎は1954年、修業先だった東京・京橋の「与志乃」の親方の指名で大阪の「みどり鮨」へ親方として派遣されている。二郎が独立して銀座に「すきやばし次郎」を開いたのは1965年で、禎一が6歳のころにあたる。
高校時代の禎一には別の夢があった。「カーレーサーになりたい」と父に打ち明けたものの、返ってきたのは「そんなもので食えるわけがない」という一言だった。高校を卒業すると東京・赤坂の日本料理店で5年間修業し、24歳で「すきやばし次郎」に入る。鮨の修業はそこから一から始まった。
以来、父を師と仰ぎ、鮨に向き合う日々が続く。座右の銘は「継続は力なり」。2019年には、禎一や二郎への取材をもとに店の職人論と親子の継承を描いた『「すきやばし次郎」 小野禎一 父と私の60年』(根津孝子著、CCCメディアハウス)も出版されている。
2025年10月の報道では、禎一は銀座の本店で料理長を務めていると伝えられた。2026年6月に小学館から出た二郎の自叙伝の紹介では、二郎は「前店主」と記されている。店の公式サイトに載る「本店のご予約について」の告知は「すきやばし次郎 店主」の名で出ており、個人名は記されていない。
101歳の父・二郎の現在
父の二郎は1925年10月27日、静岡県天竜市(現在の浜松市天竜区)で生まれた。7歳で地元の割烹旅館「福田屋」に奉公に出たのが料理人としての出発点だった。2005年に厚生労働省の「現代の名工」に選ばれ、2014年には黄綬褒章を受けている。
2025年10月27日に100歳を迎え、2026年10月27日で101歳となった。100歳を迎えた際の報道によると、二郎は毎日は店に来られなくなったと認めつつ、できる限り働こうとしていると語り、健康の秘訣を問われると「仕事」と答えた。手が以前のように動かないため、現在は特別な客にだけ握っているという。あと5年ほどは続けるつもりだとも話していた。
好きなネタを問われると、マグロ、コハダ、アナゴを挙げた。禎一によると、二郎は日本の男性最高齢者が113歳で亡くなったというテレビのニュースを見て、あと13年はいけそうだと話したという。
2019年には93歳128日で、ミシュランの三つ星レストランの最高齢の料理長としてギネス世界記録に認定された。小学館からは、100歳を記念した自叙伝『すきやばし次郎 百歳「鮨がたり」』も出ている。
三つ星から掲載対象外へ、予約の決まり
すきやばし次郎は2007年11月に発表された初めての『ミシュランガイド東京』で三つ星に選ばれ、12年続けてその評価を保った。店の公式サイトの年表には、1973年に日本橋高島屋へ支店を出したこと、1994年に海外紙が選ぶ世界のレストランで6位に入ったことも記されている。転機は2019年11月に発表された2020年版だった。
店が一般の客からの予約を受け付けていないことを理由に、ミシュランは掲載の対象から外した。ミシュランは、誰もが食べに行けるレストランを紹介するのがガイドの方針だと説明した。報道では、当時は常連客や一流ホテルを通じた予約しか受けていなかったと伝えられている。
では、現在はどうなのか。
店の公式サイトの告知によると、本店の予約は現在、電話で受け付けている。営業時間外に電話するよう求めており、海外からの客は宿泊先ホテルのコンシェルジュを通した予約に限る。転売目的の代理予約が増えたため、代理人による予約は受けず、来店時には顔写真付きの身分証明書の提示を求めている。確認できない場合は入店を断ることがあるとも明記した。
二郎の名を世界に広めたのが、米国のデヴィッド・ゲルブ監督によるドキュメンタリー映画『二郎は鮨の夢を見る』だ。2011年に米国で製作され、日本では2013年2月に公開された。二郎とともに禎一、次男の小野隆士も出演している。2014年4月には、来日した当時のバラク・オバマ米大統領を安倍晋三首相(当時)が本店でもてなしている。100歳を迎えた際の報道によると、二郎は当初、予約で満席だったため政府からの依頼を断り、夜遅めの時間に来てもらうことで受け入れたと明かした。禎一は、中トロを口にしたオバマ氏が笑顔でウインクしたと振り返っている。
六本木の弟と、銀座を継ぐ兄
次男の隆士は2003年に独立し、六本木ヒルズに「すきやばし次郎 六本木ヒルズ店」を開いた。店の公式サイトは本店と並べて六本木ヒルズ店を案内しており、兄弟がそれぞれの店で父の鮨を握る構図が20年以上続く。
二郎が銀座の地下に店を開いてから61年。父が板場に立てる日が減るなか、カウンターの内側で握る役目は長男の禎一が担う。番組が映したのは、偉大な型を守りながら自分の仕事を一日ずつ積み上げる職人の姿だった。
[文/構成 by Webライター 真柴 ことね]








































































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