山崎武司への中日打撃コーチ要請、工藤新監督が「要請はしております」と認める 愛知工業大学名電高校の先輩・後輩

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
中日の工藤公康新監督(63)が10月24日、TBS系の日本シリーズ中継の解説を終えたあと、球団OBの山崎武司(57)に来季の打撃コーチを要請したことを「要請はしております」と認めた。山崎も同じ日、東海テレビの番組に生出演し「やることに決めました」と受諾を明かしている。2人は愛知工業大学名電高等学校の5学年違いの先輩と後輩だ。
日本シリーズの中継後に「要請はしております」
工藤監督が山崎への要請を口にしたのは、10月24日に横浜スタジアムで行われたSMBC日本シリーズ第1戦のテレビ中継だった。DeNAとソフトバンクの一戦は延長11回までもつれ、ソフトバンクが3-1で先勝している。
この試合で工藤監督はTBS系の中継に解説者として出演した。試合後、TBSのスタジオで報道番組に備えていた安住紳一郎アナウンサーと、横浜スタジアムの解説席が中継でつながる。安住アナが来季の組閣について質問し、山崎の打撃コーチ就任が本決まりになったという話題を向けると、工藤監督は「だいたい決まってくると思いますよ」と答えた。
安住アナはその言葉の真意をさらに尋ねた。工藤監督の答えはこうだ。
「要請はしております。僕の(出身高校の)後輩になりますけど、教え方とか、理論とか、考え方とかが素晴らしいという話を聞いていたので。ドラゴンズというところもありますし、僕自身も名古屋出身の人間なので、彼はどうかなというふうに思っていました」
中日スポーツが伝えたこのやりとりで、新監督本人が要請の事実と、山崎を選んだ理由を自ら語った。
中日が山崎を打撃コーチとして招く方針は、10月17日に共同通信や中日スポーツが報じていた。ただ、10月25日時点で、球団からコーチ陣の正式な発表は出ていない。
東海テレビの生出演で明かした「いきなり電話」
要請を受けた側の山崎も、同じ24日に経緯を明かしている。出演したのは東海テレビの「東海テレビ1チャンまつり ドラHOT+ ドラフト拡大スペシャル」で、生放送だった。
司会の小田島卓生アナウンサーから、工藤監督から打撃コーチのオファーがあったと聞いていると振られると、山崎は「はい、ありました」と即答した。続けて、電話を受けた場面をこう語っている。
「愛工大名電の偉大なる先輩でございますから。『どうなんや?』っていきなり電話がありまして。ぼんやり言われたんですよね、最初は」
すぐに返事をしたわけではない。小田島アナに「随分悩んだそうですね?」と問われると、「やっぱり1週間、10日は悩みまして、隣にいる(山本)昌さんにも相談して、いろんな人に相談したんですけども」と打ち明けた。そのうえで「やることに決めました」と結論を口にしている。
番組で隣に座っていたのは、中日で長く投手として活躍した山本昌だった。2人は2026年2月、日本ハムの新庄剛志監督に招かれ、そろって春季キャンプの臨時コーチも務めている。
愛知工業大学名電高等学校の5学年違いの先輩・後輩
工藤監督が「後輩」と呼び、山崎が「偉大なる先輩」と呼んだ2人の接点は、名古屋市千種区にある愛知工業大学名電高等学校にある。中日スポーツによると、山崎は工藤監督の5学年下の後輩にあたる。
同校は1983年に高等学校の校名を今の名前に改めた。工藤監督が在籍したのはそれより前で、当時の校名は名古屋電気高校だった。
工藤監督は名古屋電気高校3年夏に甲子園でノーヒットノーラン
名古屋市出身の工藤監督は、名古屋電気高校3年の1981年夏の甲子園で、長崎西高校を相手にノーヒットノーランを達成した。16三振を奪う投球で、チームは4強まで勝ち進んでいる。
その年のドラフトで西武から6位指名を受けてプロ入り。現役時代は通算224勝を挙げ、監督としてはソフトバンクを7年率いて5度の日本一に導いた。中日は10月15日に工藤監督の就任を発表し、名古屋市内のホテルで就任会見が開かれている。
山崎は強打の捕手から1986年ドラフト2位で地元・中日へ
愛知県出身の山崎は、愛工大名電で強打の捕手として鳴らした。1986年のドラフト会議で地元の中日から2位指名を受け、プロの世界へ進んでいる。
地元の高校から地元の球団へ。同じ学校の先輩と後輩が、およそ40年の時を経て中日の監督とコーチとして同じユニホームを着ることになる。
通算403本塁打、野村克也の下で変わった打撃
山崎は入団から2年間、1軍出場がなかった。その後少しずつ出場機会を増やし、1996年に39本塁打を放ってセ・リーグの本塁打王に輝いている。この年、巨人の松井秀喜は38本で、わずか1本差の争いだった。
2002年オフにオリックスへ移籍したが、2004年に戦力外通告を受ける。転機は新球団の楽天だった。
楽天では野村克也監督のもとで打撃が大きく変わる。2007年は43本塁打、108打点で本塁打王と打点王の2冠を手にした。両リーグで本塁打王になったのは史上3人目だ。2012年に古巣の中日へ戻り、翌2013年に現役を退いた。プロ生活は27年、通算403本塁打を記録している。
工藤監督が挙げた「教え方とか、理論とか、考え方」は、山崎が楽天時代に野村監督のもとで身につけた打撃の考え方とも重なる。
得点力アップへ「頭で考えることを」
山崎に期待されるのは、中日の得点力を上げることだ。中日は今季、ホームランウイングを新設した効果もあり、チーム本塁打が前年より38本多い121本となった。巨人の103本を上回ったものの、チーム総得点はリーグ4位にとどまっている。
山崎は24日、目指す指導について「頭で考えることをとにかく重要視していきたい」と話した。打席に入る前に打者がどう準備するかを重く見る考えで、その土台には野村監督の教えがあるという。中日スポーツは、細川成也や石川昂弥、鵜飼航丞ら長距離打者の成長に期待を寄せている。
巨人の新監督に松井秀喜が就いたことにも触れた。1996年に本塁打王を争った相手だ。「絶対負けたくないね。松井になったからって、びびる必要はない」と語り、「球界を代表するスーパースターが帰ってくる。一緒に戦った年代のメンバーとまた(指導者として)戦えるのは非常にいいこと」と続けている。
愛知工業大学名電高等学校の先輩と後輩が、地元の名古屋で中日の立て直しに挑む。球団の正式発表が出れば、工藤体制の打撃部門の顔ぶれが固まる。
[文/構成 by スポーツライター 高瀬翔吾]








































































コメントはこちら