川本翔大、アジアパラ競技大会で2大会連続の金メダル 自転車3000m個人パシュートを制す

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
パラサイクリングの川本翔大(30)=大和産業=が10月19日、愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会の自転車トラック男子C1-2 3000m個人パシュートで金メダルを手にした。会場は静岡県伊豆市の伊豆ベロドローム。2023年の杭州大会に続く2大会連続の優勝で、今大会の日本自転車勢では最初の金メダルとなった。
予選は全体トップ、決勝は21秒以上の差
予選では全体トップの3分34秒104をマークし、大会新記録と報じられた。決勝では中国の梁偉聡(31)を下した。
レース前、川本は「敵は自分自身。自分に負けないように頑張る」と話していた。相手を意識するより、自分の走りを出し切ることに集中する。その言葉どおりの2本だった。
予選を全体トップのタイムで通過すると、決勝では中国の梁偉聡と1対1で争った。川本は決勝でも力の差を見せ、21秒以上の差をつけてフィニッシュラインを越える。この1勝で、杭州大会から守ってきたアジア王者の座を譲らなかった。
19日はパラサイクリングの競技初日。日本パラサイクリング連盟が「日本のパラサイクリング界をけん引する存在」と紹介するエースが、地元開催の大会で、日本の自転車勢に最初の金メダルをもたらした。
個人パシュートはどんな種目か
個人パシュートは、屋内の自転車専用走路(ベロドローム)で行う種目だ。2人の選手がホームストレートとバックストレート、つまり走路の正反対の位置から同時にスタートし、決められた距離を走る。途中で相手に追いついた時点で勝ちが決まり、追いつかなかった場合は完走タイムの速い方が勝つ。
男子C1-2は、運動機能障がいのクラスのうちC1とC2の選手が同じレースで争う区分だ。川本は日本パラサイクリング連盟の登録でMC2クラスにあたる。
今大会のパラサイクリングは、トラック種目が10月19日と20日に伊豆ベロドロームで、ロード種目が21日から23日まで同じ伊豆市内の日本サイクルスポーツセンター5kmサーキットで行われる。伊豆は川本にとって縁の深い土地でもある。
杭州に続く連覇、パラリンピックは2大会続けて4位
前回、2023年に開かれた杭州大会(杭州2022アジアパラ競技大会)でも、川本は男子C2の個人3kmパーシュートで金メダルを取っていた。同じ大会では1000mタイムトライアルとロードのタイムトライアルで銅メダルを加え、3つのメダルを持ち帰っている。2度目のアジアパラだった杭州では「自分のレベルは1回目よりはるかに上がっていると思うが、周りも上がっている。それに負けじと思って走った」と話していた。
それから3年。アジアの頂点を守った意味は小さくない。
パラリンピックには2016年リオデジャネイロ、2021年の東京2020、2024年パリと3大会続けて出場した。東京大会の個人3000mパシュートでは一時世界記録をマークし、日本記録を更新して4位に入賞。パリ大会でも同じ種目で4位に入った。2大会続けて、あと一歩で表彰台に届かなかった。
世界選手権では結果を残し続けている。トラック世界選手権の3km個人追い抜きでは、2022年のフランス大会で2位、2023年のグラスゴー大会と2024年のリオデジャネイロ大会で3位に入った。2026年3月にフィリピン・タガイタイであったトラックのアジア選手権では、個人追い抜きを含む5種目(MC2)で優勝している。
広島県三次市出身、愛知を拠点に地元開催へ
川本は1996年8月19日、広島県三次市三和町の出身だ。三次市によると、三次市立十日市小学校、三次市立十日市中学校、広島県立上下高等学校を卒業した。
悪性腫瘍のため、生後2か月で左足を切断した。高校までは野球に打ち込み、障がい者野球の日本代表に入る。高校3年だった2014年11月には、兵庫県であった「第3回WBC世界身体障害者野球日本大会」に出場した。その後、障害者野球の先輩の助言を受けて自転車競技に転じ、トレーニングの拠点を静岡県伊豆市に移した。競技を始めてわずか8か月でリオデジャネイロパラリンピックの日本代表候補に内定したことが、三次市の公式プロフィールに記されている。
三次市は2024年6月、川本に三次市スポーツ顕彰を贈っている。ふるさとの市が公式サイトにプロフィールのページを設け、パラリンピックの成績を一つずつ載せてきた選手だ。
東京大会の後、川本は拠点を愛知へ移した。大会前のインタビューでは「東京大会の後に愛知へ拠点を移し、豊かな自然のなかで毎日気持ちよくトレーニングができています」と話し、伊豆の会場については「元々拠点にしていた慣れ親しんだコースでもあるので、リラックスして自分の百パーセントの力を出し切りたいです」と語っていた。愛知県のスポーツ情報サイトは川本を、普段は碧南市を拠点に活動する選手として紹介している。2025年6月5日に名古屋市のサカエチカで開かれた大会500日前イベントでは、大村秀章知事、広沢一郎市長とともにカウントダウンボードを除幕し、トークショーにも登場した。広沢市長はこの日、川本を地元ゆかりの選手の一人に挙げている。その場で川本は「地元開催のアジアパラ競技大会ではしっかりと結果が出せるように頑張ります」と約束していた。
地元・愛知で開く大会で、慣れ親しんだ伊豆のバンクを走り、約束を果たした。
右脚だけでこぐ走りを支える道具
川本は右脚だけでペダルを回す。その走りを支えるのが、左脚の付け根を受け止めるカーボン製のサドルカップだ。水戸市の義肢装具士、斎藤拓(43)と二人三脚で作り上げてきた特注品で、川本は「ずれないと分かっているから、思い切ってバランスを取れる」と信頼を寄せる。
体と自転車を一体にする道具が、全力でこぎ続ける3000mを支えている。
日本勢のメダルと大会の行方
10月19日のパラサイクリング・トラック競技で、日本勢は金1、銀2、銅1の計4個のメダルを手にした。女子C1-3 3000m個人パシュートで55歳の杉浦佳子が銀メダル、男子B 4000m個人パシュートで木村和平と三浦生誠の組が銀メダル、女子1000mタイムトライアルで小釜莉代が銅メダルを取った。小釜のメダルは、今大会の日本選手団にとって最初のメダルになった。
同じ19日には、柔道女子52キロ級(全盲)で半谷静香が金メダルを手にし、競泳の男子50m自由形では鈴木孝幸が優勝するなど、日本勢の金メダルが相次いだ。
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大会は10月24日まで続き、パラサイクリングは21日からロード種目に舞台を移す。リオから3大会続けてパラリンピックを走り、東京とパリでは4位。メダルにあと一歩だった30歳が、地元開催のアジアの舞台で表彰台の真ん中に立った。
[文/構成 by スポーツライター 南條楓]









































































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