半谷静香、アジアパラ柔道女子52キロ級で逆転優勝 福島県いわき市出身、日本勢金メダル第1号

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
第5回アジアパラ競技大会(2026/愛知・名古屋)の第2日にあたる10月19日、柔道女子J1(全盲)52キロ級で福島県いわき市出身の半谷静香(38)=トヨタループス=が優勝した。決勝では先にポイントを奪われながら、投げ技の技ありで逆転。今大会の日本勢で最初の金メダルとなった。
先に有効を許した決勝、2分34秒の技ありで逆転
会場は名古屋市の愛知県武道館。決勝の相手はモンゴルのトグトフバヤル・スブドエルデネ(24)。14歳下の相手との一戦だった。
試合は追う展開から始まる。開始58秒に有効を奪われ、さらに指導も受け、ポイントでも反則の数でも後手に回った。それでも半谷は、組んだ手から相手を揺さぶり続けた。
パラ柔道は一般の柔道と同じ試合場を使い、ルールもほぼ同じだ。主審が両選手に道着の同じ位置を持たせ、公平な組み手を確かめてから試合を始める。途中で両手が離れたり場外に出たりすれば、中央に戻って組み直す。離れて間合いを取る戦い方ができない分、組んだ手から伝わる重心の変化に、選手の感覚が問われる。種目は全盲のJ1と弱視のJ2というクラスに、体重別の階級を組み合わせて分かれており、女子52キロ級もJ1とJ2で別々に優勝者が決まる。
流れが変わったのは2分34秒。相手の体がわずかに浮いた一瞬に懐へ潜り込み、投げ技で技ありを奪って逆転した。終盤には相手の巴投げを受けたが、これをしのいで4分間を戦い終え、優勢勝ちで頂点に立った。優勢勝ちは、試合時間内に一本が出なかったとき、技ありなどのポイントで上回った側に勝ちが与えられる決着だ。先に失ったポイントを、一つの技で上書きした。
試合後、半谷はこの場面について、バスケットボールのドリブルでボールが上がってくる瞬間に、その下へ入るような感覚だったと説明した。思い描いていた通りの一瞬だったという。
決勝までの勝ち上がりも力強かった。午前10時過ぎの準々決勝は押さえ込みで一本勝ち。約40分後の準決勝ではウズベキスタンの選手を相手に、残り21秒で投げ技の技ありを奪って決勝へ進んだ。そして決勝の終了の合図を聞いた瞬間、半谷は笑顔を見せ、歓声が届く観客席の方へ体を向けた。
競技本格化の日に日本勢の金メダル第1号
大会は10月18日から24日までの7日間。アジアの44の国と地域から約2,700人の選手が集まり、愛知県を中心とした会場で18競技が行われている。競技が本格的に始まった19日、日本勢として最初に金メダルを手にしたのが半谷だった。この日は9競技でメダルをかけた試合があった。国際パラリンピック委員会(IPC)も公式サイトで、半谷の優勝を開催国日本にとって大会最初の金メダルとして伝えている。日本選手のメダル第1号は、同じ日に自転車の女子1000メートルタイムトライアル(運動機能障害C5)で銅メダルを獲得した小釜莉代だった。
この日の日本勢はメダルが相次いだ。陸上の男子200メートル(義足T64)では大島健吾が優勝し、井谷俊介が銀、田巻佑真が銅と日本勢が表彰台を独占。競泳の男子50メートル自由形(運動機能障害S4)を制した鈴木孝幸をはじめ、辻内彩野、木下あいら、陸上の唐沢剣也、兎沢朋美、自転車の川本翔大も金メダルを獲得している。
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生まれつきの弱視、兄の影響で始めた柔道
半谷は1988年7月生まれ。先天性の網膜色素変性症で生まれつき弱視があり、30歳のころにはほとんど見えなくなった。今は光を感じられる程度だという。
柔道との出会いは中学生のころで、兄の影響だった。大学時代に視覚障害者柔道へ移り、国際舞台へ進んでいく。
パラリンピックには2012年のロンドン大会から4大会連続で出場している。ロンドンは52キロ級で7位、2016年のリオデジャネイロ大会は48キロ級で5位だった。全盲のJ1と弱視のJ2にクラスが分けられた2024年のパリ大会では、J1の48キロ級で準々決勝のアルゼンチン、準決勝のトルコの選手を破って決勝へ進出。ウクライナの選手に敗れたものの銀メダルを手にし、4度目の舞台で初めて表彰台に上がった。
アジアパラでは、2023年10月23日に行われた杭州大会(第4回)の女子J1-48キロ級で、2回戦でキルギス、準決勝でウズベキスタンの選手に勝って決勝へ進んだ。だが、決勝でキルギスの選手に敗れて銀メダル。アジアパラでの最高成績は、これまで銀だった。
パリでも杭州でも、最後の1試合で頂点を逃してきた。杭州大会からおよそ3年。パリから階級を52キロ級に移して臨んだ日本開催の大会で、2大会連続の表彰台を金メダルで飾った。
「私の柔道を証明する」金、目指すのは美しい柔道
試合後の半谷は、支えてくれた人たちが喜んでくれたことに触れ、「練習が無駄じゃなかった」と話した。続けて、この金メダルを「私の柔道を証明する」ものだと表現している。
金メダルを手にしても、目指す場所はまだ先にある。
「柔道を完成させたい」。半谷はそう語り、もっと格好よく、美しい柔道を追い求めたいと続けた。美しい柔道を目指していれば体も壊れず、勝ちにもつながるのではないか、という考えだ。勝ち負けの先にある理想を、38歳のベテランは言葉にした。
いわき市から見守る地元、大会は24日まで
半谷はいわき市の出身。東京パラリンピックを控えた2020年には、福島県が制作した応援動画「2020へ ふくしま!」に、県ゆかりの代表選手として登場している。
決勝で半谷の名前がコールされると、愛知県武道館には大きな声援が響いた。いわき市出身の選手が日本勢最初の金メダルをつかんだ知らせは、福島県内の地元紙も速報で伝えた。同じ19日には、福島市に本店を置く東邦銀行所属の佐々木真菜(29)も陸上女子1500メートル(視覚障害T12、13)で銅メダルを手にしており、福島ゆかりの選手が並んで表彰台に上がる一日となった。
愛知とのつながりもある。所属先のトヨタループスは、愛知県豊田市トヨタ町に本社を置き、障がいのある人の雇用を広げることを掲げて2008年に設立された会社だ。福島県いわき市で生まれ、愛知の会社に籍を置く半谷にとって、二つの土地がつながる大会でつかんだ金メダルとなった。
愛知・名古屋アジアパラは10月24日まで続き、日本勢のメダル争いはこれから後半へ向かう。杭州で銀、パリで銀と、あと一歩で届かなかった頂点に、半谷は日本開催の大会でようやく手をかけた。
[文/構成 by スポーツライター 疾風(HAYATE)]









































































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