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ドンマイ川端が欠場、冨澤大智の相手をRIZINが探す 眼窩底骨折で超RIZIN.5のプロMMA初陣が中止

ドンマイ川端が欠場、冨澤大智の相手をRIZINが探す 眼窩底骨折で超RIZIN.5のプロMMA初陣が中止

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

RIZINは8月29日、9月10日の「超RIZIN.5 浪速の超復活祭り」(京セラドーム大阪)に出場予定だったドンマイ川端の欠場を発表した。左眼窩底骨折で全治2〜3カ月。冨澤大智とのプロMMAデビュー戦は本番12日前に消え、榊原信行CEOは冨澤の新たな相手を探すと明かした。

練習後に呼び込まれた2人、榊原CEOが告げた全治2〜3カ月

29日午後4時半、東京都内で超RIZIN.5の合同公開練習が始まった。事前に告知された登壇予定は朝倉未来や青木真也ら10人で、その中にドンマイ川端(36)=JAPAN TOP TEAM=の名前はない(うち平本蓮は肩の検査のため当日欠席した)。すべての練習が終わったところで、榊原信行CEOが川端と冨澤大智(28)=FIGHTER’S FLOW=を呼び込んだ。

榊原CEOはまず、この一戦に懸けていた思いを口にする。「この試合は朝倉未来vs.青木真也や、シェイドゥラエフvs.AJ・マッキーとはぜんぜん違う形の勝負論のある、お互いに人生をかけて戦う試合をみんなに提供できたらと思いましたけど、ドンマイ川端は左目眼窩底骨折で全治2〜3ヶ月です」。そのうえで「この状態で試合をさせるわけにいかないし、冨澤にも失礼なので、試合をキャンセルさせていただきます」と中止を告げた。

マイクを受け取った川端は「お時間を取っていただきありがとうございます」と切り出した。対戦相手の冨澤、RIZIN関係者、試合を楽しみにしていたファンに向けて「本当に申し訳ございません」と頭を下げる。そして声を絞り出した。「自分の名前に忠実すぎるというか、このような結果になってしまいましたが……」。目には涙が浮かんでいた。

眼窩底骨折は、眼球を下から支える薄い骨が強い打撃で折れる怪我だ。物が二重に見えたり、眼球の動きが制限されたりすることがあり、視野に関わるため回復するまで試合には出られない。RIZINでは昨年の大みそかに朝倉未来が同じ診断を受けている。

関連記事:朝倉未来”眼窩底骨折”も現役続行「また頑張ります」インスタ更新にファン「無事でよかった」「安心した」

中止となったのは、RIZIN MMAルール5分3回戦、契約体重59.0キロの一戦。7月20日に都内で開かれた対戦カード発表会見でお披露目された顔合わせだった。

柔道で全国タイトル、日雇い労働からYouTubeへ

川端の本名は川端龍。1989年11月29日に大阪府で生まれ、5歳で柔道を始めた。競技歴は31年に及ぶ。国士舘大在学中の2009年に全日本学生柔道体重別選手権を制し、大学4年の11年には講道館杯全日本柔道体重別選手権で、当時高校3年だった後の東京五輪金メダリスト・髙藤直寿を小内刈で破って優勝した。13年の全日本選抜柔道体重別選手権では60キロ級を制した。

全日本強化選手として6〜7年を過ごし、毎年のように国際大会へ出た。それでも五輪には届かない。オリコンの取材には「自分は日本の中で3〜4番手ぐらいで、オリンピックに出られるのは本当の1番の選手なんですけど、その差はすごく大きかったです」と明かしている。

30歳を前に成績が落ち、所属していた企業との契約も切れた。柔道を続けるために選んだのが日雇い労働だった。ガラと呼ばれる重い石をひたすら運んで日当1万円。「めっちゃキツくて怒られたりして」という日々の中で、練習時間を確保する手段としてYouTubeに手を伸ばす。

2019年に始めたチャンネルは、最初の1カ月こそ収入がゼロだった。それが4カ月目には22万円まで伸びる。石を運ぶ仕事を辞め、柔道YouTuberとして生きる道を選んだ。野村忠宏ら柔道界の大御所とも関係を築き、コラボをきっかけに朝倉海との交流も始まる。

リングネームの由来も本人が明かしている。10年ほど前、合コンで名乗り始めた呼び名だった。「人生が何もうまくいかなくて不幸すぎる人間で、ドンマイすぎるやろって思って自分で言い出しました」。YouTubeを始めるときにそのまま使い、いつしか定着する。

2023年5月21日、東京・プリズムホールで開かれたBreakingDown8でMMAルールのリングに立つ。相手は朝倉未来の教え子ヒロヤだった。1分1ラウンドの本戦はドローとなり、延長でも打ち合ったが、ショートの右をアゴに受けてダウン。すぐ立ち上がって打ち返したものの、判定0-5で敗れた。打撃を習い始めて1カ月半での実戦であり、5分3回戦のプロMMAとは別物だった。

朝倉海と二人三脚の数カ月、「勝ち以外は終わり」

MMAへ本格的に踏み出したのは2026年に入ってから。親交のあった朝倉海に誘われ、朝倉兄弟が所属するJAPAN TOP TEAMで練習を始めた。当初は大みそかのデビューを描いていたが、9月大会の話が舞い込む。「寝る直前に連絡をもらったんですけど、すぐに起きてシャドーを始めましたよ」と話していた。

現UFCファイターの朝倉海は、ほぼ毎日一緒に汗を流した。練習が終われば食事をしながら映像を見て、良かった点と悪かった点を洗い出す。ミット持ちも買って出た。「海がミット持ってるのに、打ってるヤツの打撃がヘタで」と川端は笑う。年齢は川端が4つ上でも、教わるときだけは敬語を使ったという。

冨澤への対策は徹底していた。「あの人のことを考えない日はないですし、冨澤選手に縛られてるって感じもありますね」。柔道の大会では初戦の相手しか決まらず、特定の選手を研究する習慣がなかった。それが今回は違う。「街で金髪の人とすれ違うとドキッとします」とも打ち明けていた。

RIZINルールでは道着の着用が認められる。柔道着を着てリングに上がるかどうかも、川端は直前まで詰めていた。「道着ありと道着なしの両方を練習していて、道着ありのメリットもデメリットもあります」と説明し、こう続けた。「道着で入場すると思いますけど、脱ぐのか脱がないのか、ゴングが鳴る瞬間まで楽しみにしていてください」

覚悟の言葉も残していた。「とにかく試合に絶対に勝つこと、勝ち以外は終わりだと思っています。自分はデビュー戦だと思っていなくて、勝たないと先がないんです」。武尊が34歳で引退したことに触れ、36歳の自分に後はないと言い切った。朝倉海とも「いきなり背水の陣だ」と話し合っていたという。

その一戦が、リングに上がる前に消えた。

「これは貸し1つ」 冨澤大智は出場に意欲

対戦相手を失った冨澤は、栃木県宇都宮市出身のサウスポーだ。6歳から18歳まで野球を続け、格闘技を始めたのは21歳と遅かった。K-1のアマチュアトーナメントを制してプロへ進み、2022年からBreakingDownに出場する。左ヒザを武器に名前を売った。

RIZIN初登場は2023年大みそかのRIZIN.45。篠塚辰樹とキックボクシングルールで戦い、判定0-3で完敗する。雪辱を期した24年大みそかのRIZIN DECADEでは、タックルに来た三浦孝太に左ヒザを直撃させ、そこから左ストレートを連発して1回1分53秒でKO。RIZIN初のMMA戦を鮮やかな白星で飾ったのだ。

昨年3月のBreakingDown15ではジョリーの顔面にヒザを一撃で突き刺し、相手を担架送りにした。5月の東京ドーム大会では山本アーセンにリアネイキッドチョークで一本を取られたが、9月のRIZIN.51では平本丈に判定2-1で競り勝つ。昨年の大みそかは篠塚との再戦でパウンドを浴びてTKO負け、今年6月のRIZIN LANDMARK 14では加藤瑠偉をTKOで下している。RIZINのリングに限れば、MMA戦績は3勝2敗となる。大みそかや大型興行の常連として、フライ級周辺で戦ってきた。

川端の欠場を聞いた冨澤の言葉は淡々としていた。「格闘技でケガはつきものなのでしょうがないですけど、これは貸し1つなので」。会場へ足を運ぶつもりだったファンにも「すいません」と謝り、川端が戻ってきたときに再び向き合うと約束した。

榊原CEOは欠場を告げたあの場面で、川端本人にも言葉を向けていた。全治2〜3カ月を伝えた直後に「ほんとにドンマイは、えらいことやらかしちゃったな。お前な」とあきれ半分の口調で語りかけ、そのまま「内緒にして試合に出ようと思っていたくらい、これだけ爆上げしといて、多分一番ショックを受けてるのはドンマイだと思います」と続けている。川端は負傷したままの出場を望んでいた。

そのうえで冨澤は9月10日への出場に意欲を見せる。「俺もケガしてますけど、相手を準備してくれたらやりますから」

残り10日余りで相手探し、川端の復帰は秋以降に

榊原CEOは冨澤の新しい相手について「相手を精いっぱい探します。残り10日ちょっとありますから、ギリギリまで探します」と応じた。「意義のあるカードを組みます」とも言い添えている。

30日時点で、代わりの相手は発表されていない。RIZIN公式サイトの対戦カード紹介ページにも、冨澤vs.ドンマイ川端の表記が残ったままだ。京セラドーム大阪での興行はRIZINとして初めてで、しかも木曜という平日開催。榊原CEOは4万5000人の動員を掲げてきた。その大舞台まで、残り時間はわずかしかない。

負傷した経緯について、RIZINも川端本人も明らかにしていない。全治2〜3カ月なら、リングに戻れる目安は10月末から11月ごろになる。デビュー戦は消えても、この顔合わせが白紙に戻ったわけではない。冨澤は川端の復帰後に改めて拳を交えると明言している。

公開練習の場で川端が口にしたのは、恨み言ではなかった。「許されるのであれば、1度も立っていないけど、リングに立ちたいです」

柔道で全国タイトルを重ね、日雇いの現場を経てYouTubeで生活を立て直し、36歳でMMAに人生を賭けた。その男は京セラドーム大阪のリングに、あと一歩届かなかった。デビュー戦の相手は、貸し1つを抱えたまま待っている。

[文/構成 by スポーツライター 久遠(KUON)]

寄稿者

久遠(KUON)
WEBライター(主にスポーツ記事)経験7年。スポーツ、格闘技が好きで、ボクシング世界チャンピオンが主宰するジムに4年間在籍。自分でも練習を重ね、”3分”の過酷さと濃さを体で知る。観戦もライフワークで、会場には年4回ほど足を運ぶ。選手目線の実感とファン目線の熱量、その両方を武器に、試合の見どころやリングのリアルをライター経験を活かしてわかりやすく伝えます。

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