浅野翔吾、巨人から自由契約 育成打診の見込み、香川県立高松商業高等学校からドラフト1位の経歴

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
巨人は10月25日、浅野翔吾外野手(21)ら6選手を自由契約にすると発表した。報道によると、球団は6人に育成選手契約を打診する見込みだ。浅野は香川県立高松商業高等学校で高校通算68本塁打を放ち、2022年のドラフト会議で阪神との抽選の末に巨人が1位で交渉権を得た。プロ4年目の今季は8月に右膝の手術を受け、リハビリを続けている。
巨人が10月25日に発表、浅野翔吾ら6選手を自由契約
巨人が10月25日に自由契約を通知したと発表したのは、浅野のほか、北浦竜次投手、宇都宮葵星内野手、鈴木大和外野手、知念大成外野手、三塚琉生外野手の計6人だった。同じ日、湯浅大内野手には来季の契約を結ばないと伝えている。
ここで分けておきたいのが言葉の違いだ。湯浅に告げられたのは来季の契約を結ばない、いわゆる戦力外通告。浅野ら6人は自由契約で、球団は育成選手契約を打診するとみられる。育成契約の打診は球団の発表文にある事項ではなく、複数の報道が伝えた見込みである。
支配下選手が育成選手として契約を結び直すときは、いったん自由契約になってから育成契約を交わす。自由契約の発表がそのまま退団の確定を意味するわけではない。浅野が育成契約に応じて巨人に残るのかは、10月26日時点でまだ分かっていない。
6人のうち三塚は、浅野と同じ2022年のドラフトで指名された同期だ。三塚は育成6位で入団し、2025年6月に支配下登録をつかんでいた。同じドラフトで2位指名を受けた萩尾匡也外野手も、10月5日に自由契約が発表されている。
関連記事:三塚琉生、巨人から自由契約 育成契約打診の見込み、桐生第一高等学校時代に通算31本塁打
香川県立高松商業高等学校で高校通算68本塁打、甲子園は打率.700
浅野は2004年11月24日生まれ、香川県高松市の出身だ。高松市の屋島で育ち、小学3年で地元の少年野球チームに入った。高松市立屋島中学校では軟式野球部に所属し、3年時に県大会と四国大会を制して全日本少年軟式野球大会で8強入り。侍ジャパンU-15代表にも選ばれ、BFAアジア選手権の優勝を経験している。
進んだのは、夏の甲子園に20回以上出場してきた香川県立高松商業高等学校だった。1年夏から中軸を打ち、2年夏の甲子園で敗れた直後に新チームの主将を任される。3年夏は香川大会で打率.571、3本塁打と打ちまくり、決勝の英明戦では3ランを含む3安打。高松商は2年連続22回目の夏の甲子園出場を決めた。
甲子園では、さらに勢いが増した。2022年8月11日の2回戦、佐久長聖戦で2打席連続本塁打を放ち、高松商は14-4で大勝する。1本目の65号でPL学園時代の清原和博の64本を超え、2本目で66号に伸ばした。3回戦で九州国際大付を下すと、8月18日の準々決勝では近江のエース山田陽翔から同点2ランを放ったが、チームは6-7で敗れた。3試合で10打数7安打、打率.700、3本塁打、6打点。高松商にとって52年ぶりの夏8強だった。
「後悔はないです」。敗戦後、浅野は短くそう答え、プロ入りへの思いを口にした。秋には18歳以下の野球ワールドカップに日本代表として出場し、高校通算本塁打は68本まで伸びた。
この夏、エースとしてマウンドを守ったのが同級生の渡辺和大だ。渡辺は慶應義塾大学へ進み、2026年10月22日のドラフト会議でソフトバンクから3位指名を受けた。会見では浅野の名前を挙げ、プロでの対戦を望んでいる。
関連記事:渡辺和大、慶大からソフトバンク3位指名 高松商の同期で巨人の浅野翔吾とプロでの対戦を望む
地元とのつながりは、プロに入ってからも続いた。2025年1月11日には高松市のレクザムスタジアムで単独の自主トレーニングを行い、高松商で一緒に甲子園を戦った同級生たちが、球拾いや道具運びを手伝った。「プロに対しても厳しく言ってくれるので自分としてもありがたい」と、浅野は仲間への感謝を語った。
抽選で巨人へ、プロ4年間で一軍102試合
2022年10月20日のドラフト会議で、巨人と阪神が1位で浅野を指名した。抽選で当たりくじを引いたのは原辰徳監督(当時)で、巨人が交渉権を手にする。その日、浅野は「伝統のある読売ジャイアンツに1位指名されて、とてもホッとしている」と話し、「僕は体が小さいんですけれど、それを言い訳することなく、身長が小さい選手に夢を与えられる選手になりたい」と続けた。身長172cmの右打ちの外野手だ。
1年目の2023年は、8月18日の広島戦でプロ初本塁打となる2ランを放った。高卒ルーキーの1年目の本塁打は球団史上7人目で、ヒーローインタビューでは「まさかホームランを打てると思っていなかった」と喜んだ。
ピークは2年目の2024年にやってくる。開幕一軍をつかみながら4月に二軍へ落ちたが、8月中旬に再昇格すると、8月14日の阪神戦でプロ初の満塁本塁打。10代での満塁弾は、巨人では坂本勇人以来2人目だった。8月24日の中日戦からは2番に抜てきされ、右翼の定位置をつかみかける。この年は一軍40試合で打率.240、3本塁打、18打点を記録し、チームのリーグ優勝に加わった。
だが、3年目は思うように進まなかった。2025年は春先から打撃不振に陥り、6月5日の試合で右手首に死球を受けて不全骨折と診断される。一軍出場は29試合、打率.187にとどまった。
プロ4年間の成績
| 年度 | 一軍成績 | 二軍成績 |
|---|---|---|
| 2023年 | 24試合、打率.250、1本塁打、2打点 | 77試合、打率.262、7本塁打、27打点 |
| 2024年 | 40試合、打率.240、3本塁打、18打点 | 74試合、打率.255、8本塁打、34打点 |
| 2025年 | 29試合、打率.187、2本塁打、8打点 | 46試合、打率.205、2本塁打、19打点 |
| 2026年 | 9試合、打率.185、1本塁打、1打点 | 62試合、打率.322、6本塁打、33打点 |
数字は日本野球機構(NPB)の公式記録で、一軍通算は102試合、打率.222、7本塁打、29打点となる。二軍は2025年までがイースタン・リーグ、2026年はファーム・リーグ中地区の成績だ。
今季は右ふくらはぎと右膝のけが、8月に半月板の手術
4年目の2026年は、けがに始まりけがで終わる1年になった。2月6日、春季キャンプ中に右ふくらはぎを肉離れし、開幕は二軍で迎える。5月23日に今季初めて一軍に上がったが、3試合で10打数1安打に終わり、5月28日に登録を外れた。
二軍では打撃が上向いていた。6月20日に再び一軍へ呼ばれると、東京ドームの中日戦に「8番・左翼」で先発し、第1打席で大野雄大から先制本塁打を放つ。ただ、その後は当たりが続かず、7月上旬に二軍へ戻った。今季の一軍成績は9試合、27打数5安打、1本塁打、1打点だった。
二軍では62試合で打率.322、6本塁打、33打点。4年間で最も高い打率を残していた。その矢先、8月4日のファームの試合で右膝に痛みを訴えて途中交代する。8月下旬に右膝内側半月板の縫合手術を受け、10月25日時点でもリハビリを続けている。
来季はプロ5年目、育成から支配下復帰を目指すか
育成契約を結べば、背番号51は3桁の番号に変わる。支配下に戻るには、二軍や三軍で結果を残し、もう一度支配下登録を勝ち取る必要がある。まずは右膝の回復が先になる。
来季はプロ5年目で、11月24日には22歳になる。二軍で打率3割を超えた打撃と、2024年の夏に見せた勝負強さを、再び一軍の打席で出せるか。高松商の同級生がプロの世界に入ってくる来季、浅野は出直しの1年を迎える。育成契約の正式な締結は、今後の球団発表を待つことになる。
[文/構成 by スポーツ担当ライター TAKU]









































































コメントはこちら